上 下
27 / 59
ヴェルメリオ編

27、始まりの場所

しおりを挟む
 俺は久しぶりに、ルシフェルに出会った『フェリガの泉』に来ていた。調印式で来たついでにと、ノエルに我儘を言って一時間だけ貸切にしてもらったのだ。

「今から一時間、それより前に出てきて下さいね」

「うん、ありがとう」

 エレナはそう言って、鍵を渡してくれた。扉を開けて中にはいり、しっかりと鍵をかける。

 ちなみにベルゼブブはノエルの屋敷で、お留守番してもらってる。今頃ミラージュ家の、特製いちごタルトを食べているだろう。

 俺にとっては、ここが始まりの場所だった。あの時、ここに来ていなかったら、俺もノエルも生き残れていたかわからない。
 始まりは俺とノエルが十二歳の時だった。



     ***



 俺たちは八歳の時に両親を流行病で亡くして、それからずっとふたりで肩を寄せ合って生きていた。
 治療費とか薬代とかで財産は残ってなかったけど、家だけはなんとか残ったのでツイてたと思う。

 ずっと日銭を稼いで食いつないでいたけど、体も大きくなってきたので、仕事の幅が増えていた。
 俺はノエルに少しでもいい暮らしをさせたくて、ある貴族の屋敷で働くことにした。ただの雑用だったけど、給料が良かったから即決だった。

 給料は一ヶ月後だと言うので、俺は一生懸命働いた。どんなに叱られても、怒鳴られても黙々と働いた。
 そして給料日がやってきた。


「……ただいま」

「レオン! おかえり! お給料たくさんもらえた?」

「あー……ごめん、もらって来たけど、これだけなんだ」

 俺がもらってきた給料は、銀貨が五枚だけだった。ノエルの稼ぎも足せば、二人で一ヶ月間食べていけるくらいにはなる。

「えっ、契約書には銀貨十五枚って書いてたのに」

「うん、そこから食事とか衣装とか、失敗した時の弁償代とか引かれて、これだけになった。明日からは来なくていいって……ごめん」

「ふーん……そう。レオンが行ったのはスコレット伯爵の屋敷だよね?」

「そうだけど……ノエル?」

 ノエルの雰囲気がいつもと違っていて、俺はビックリしたけど、すぐにいつものニコニコした笑顔になった。

「じゃぁ、今日だけ贅沢して、明日からはいつも通りだね! レオン、一ヶ月お疲れさま!」

「うん、じゃぁ、今日だけ贅沢な!」

 それから一週間後、置き手紙と金貨十枚、銀貨七枚を残してノエルはいなくなった。置き手紙には、信じられない内容が書かれていた。


 レオンへ

 実はスコレット伯爵のところに、レオンのお給料の話をしにいったんだ。そうしたら間違いがあって、正しい給料が支払われなかったみたい。
 その時に伯爵様に気に入られて、今度は僕がお屋敷で働くことになったんだ。住み込みだから家には帰れないけど、その代わりに契約金として、たくさん金貨をもらったんだよ。

 お給料の差額と金貨は置いていくから、レオンが使ってね。僕は住み込みで、お金かからないから必要ないんだ。
 じゃぁ、元気でね。

              ノエル


 こんなの、嘘だ!! 伯爵のヤツは、本当は俺たちみたいな子供が好きな変態なんだ。俺は伯爵から逃げ出したから、クビになったのに!
 しかも、金髪碧眼の男子が一番好きなんだって、使用人仲間が話していたの聞いたことあるんだ!
 ノエルのヤツ……無茶してまで、俺の給料取り返しに……絶対、絶対に、ノエルは俺が守る!!

 ノエルがあの変態伯爵に傷つけられると思ったら、もうダメだった。
 その時だ、俺が初めてぶっ壊れたのは。スッーっと頭が冷えて、俺たちの敵を倒すことしか考えられなかった。
 だけど、なんの力もないガキだったから、どうやったら力が手に入れられるか考えた。

 ひとつ思い当たるところがある。超実力主義の組織、アルブス。そこにある特別な泉で天使の加護を受けられれば、悪魔族と戦えるくらいの力が手に入る。

 その力があれば、変態伯爵を地獄の底まで叩き落とせる。



     ***



 アルブスの本部で受付をして、泉への通行許可証を出してもらった。受付の人はビックリしてたけど「まぁ、年齢制限ないしね」といって、通してくれた。

 フェリガの泉、ここが天使の加護を受けられる、特別な泉だ。建物の中から地下に降りて、さらに洞窟のような道を進んでいった。やがて、七色に光る泉の前に出た。

 ここの泉にむかって祈ればいいって言ってたっけ。
 どうか天使さま、俺に加護をください。ノエルを助けたいんです、お願いします——


『祈りを捧げたのは、あなたね?』

 気づいたら、目の前の泉の上にめちゃくちゃキレイな天使がいた。早く力を手に入れて、ノエルを助けに行かないと!

「そうだけど、アンタ天使さまで一番強い?」

『え? 一番ではないけど……大天使ラファエルって言ったらわかる?』

「一番じゃないならいい。一番強い人にチェンジして」

『……へ? チ、チェンジ?』

「一番強い天使さまじゃないとダメなんだ。呼んできてくれない?」

『そんなっ……何で私じゃダメなのよー! うわ——ん』

 とてもナイーブな天使さまだったみたいで、泣きながらどこかに消えていった。
 そのまま待っていると、次に現れたのは金髪に翡翠色の瞳をした天使さまだった。さっきと違って黒い翼が六枚もついている。


『呼び出したのはお前か。名を名乗れ』

「レオンだ。レオン・グライス」

『何のために力を欲する?』

「ノエルを……弟を守るためだ!」

『それならオレでなくても問題ないだろう?』

「いや、一番攻撃が強くなくちゃダメだ!」

『何故だ?』

 この質問いつまで続くんだよ! いい加減にしてくんないかな。間に合わなかったらどうするんだよ!?

「俺は! たった一人の弟を守るって、自分に誓ったからだ! 最強じゃないと全部守れない!」

『それならば、何故、盾よりも剣を選ぶ?』

「だってさ、最強の攻撃力で倒さないと、また襲ってくるかもしれないだろ? 動かなくなるまで、やっつけないと安心できないじゃん」

 あーもう、ほんとウザい! この天使さま一番かもしんないけど、話し長すぎる!!

「なぁ、力を貸してくれんの? くれないの? 俺、今すごい急いでんだよ。無理なら他当たるから、早く決めてくれよ」

『お前、オレが天使の中で一番強い大天使だって、わかって言ってるのか?』

「いくら強くても、オレの力にならないなら、どうでもいいよ。で、どっちなの?」

 ちょっとビックリしてたみたいだ。でもダメならすぐに次に行かないと、ノエルを助けられないから、早く決めてくれ!

『レオン、お前に大天使ルシフェルの加護を与える。存分に力を使え』


 ルシフェルが眩しくて見えないくらい光ったと思ったら、もう消えていた。そして、背中にある六枚の黒い翼に気がつく。あの大天使と同じだった。

 やった! 成功した! これでノエルを助けられる!!

 俺はそのまま空中に浮いて、飛んでいくことにする。最初はうまくいかなくてフラフラしたけど、すぐに慣れた。
 受付の人にものすごく驚かれて、ルシフェルの加護をもらったと言ったら、なんか周りが大騒ぎしてた。

 とにかく俺は一刻も早く、ノエルの元に行きたかった。いろいろ聞かれたりしたけど、ぜんぶ無視して黒い翼で羽ばたいた。一瞬でアルブスの本部から遠ざかる。

 置き去りにした隊員たちは、呆然と空を見上げていた。
しおりを挟む

処理中です...