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ブルトカール編

36、王者の苦悩

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 ノエルたちはブルトカールの首都、メイリルにある宿屋を拠点として行動していた。常に防音と防視の結界をはって、気配感知も怠らない。こうして情報を集めて三日が経っていた。

「ノエル様、これがテオたちの報告をまとめたものですわ」

「うん。……やっぱりな、腐った貴族が多いね」

「ええ、高位の貴族ほど、奴隷を囲い込んでいるようですわ。しかも、あまり待遇がよろしくありません」

「わかった。……ルディ、城の様子は?」

 ノエルは視線も向けずに、空間移動であらわれたばかりのルディに声をかける。気配感知で、全員の動きが手に取るようにわかるのだ。

「はい、レオン様たちが独房に移るように誘導してきました」

「うん、よくやったね。国王は?」

「やはり、奴隷売買には手をこまねいているようです。貴族を取り締まるのが難しいのと、証拠を掴めないようです」

「国王の影響力はわかった?」

「あまり、強くはないようです。即位して二年ですし、奴隷を廃止にしたことで、古参の貴族からの反発が強いです」

「なるほどね……僕たちにとっては、やりやすい状況だね」

 フフフッと笑うノエルに、敵にしたら絶対にダメな人だとルディは思ったのだった。


 最新の報告と集めた情報をもとに、ノエルは戦略を立ててゆく。ブルトカールの現状と国王の欲しいもの、こちらの要求と用意できるもの。
 ついでに今後の国交まで考えて、ひとつのプランが決まった。

 いいね、これなら、全てこちらの思い通りに行きそうだ。


「さて、そろそろ次の手に移るよ」

「ルディ、サリー、伝令と使いを頼む」

「「はいっ!」」

「まずはサリー、これを国王と大聖者に持っていって。必ずその場で返事をもらってきて。ルディはテオとレイシーのところに行って、隊服を用意させて」

 そう言って、サリーに水色と黄色の封筒を渡す。本人しか開けられないように、魔術が組み込まれた手紙だ。これを見れば、僕からとわかるから無視などできるはずがない。

「エレナとアリシアは招待状の作成して。文面はこれで。ベルゼブブたちは街の悪魔族に、このメモの内容の噂を流させて」

 指示を出しながら、サラサラと紙にペンを走らせてゆく。それぞれ、エレナとベルゼブブに渡した。


「それじゃぁ、僕も準備しよう。ちょっと家に荷物取りに行ってくるね。すぐ戻るから、留守番よろしく」

 そう言ったと思ったら、ノエルは転移魔術陣ごと消えていた。



     ***



 ブルトカールの国王、クリストファー・ウルネ・ブルトカールはゴールドブラウンの肩までの髪に、猫のような丸みのある獣耳がついている。琥珀色の瞳が鋭いライオン種の大男だ。

 だがここ最近、頭痛に悩まされていた。
 二年経っても遅々として進まない奴隷廃止のことや、自分に反感を持った貴族たちの片付けもできないでいたからだ。
 

「陛下、少し休まれてはいかがですか?」

「そうだな……今日は特にひどい。悪いがもう休むとしよう」

 腹心の部下、宰相のエンリッチ公爵の進言に素直に従った。エンリッチは、クリストファーを生涯ただ一人の主人と認めて契約をした、信頼できる人物だ。黒ヒョウ種で黒髪に淡いグリーンの瞳をしている。彼が言うのなら、よっぽどなのだろう。

 私室に戻ると、王妃のチェリーが優しく出迎えてくれた。

「まぁ、今日はずいぶん早いのね! ……あら? もしかして具合が悪いのかしら?」

「ああ、せっかくチェリーが出迎えてくれたのに、すまないな……うぅ」

「今、薬と水を持ってくるわ、ここに座っていて」

 頭痛薬は私室の隣にある、夫婦の寝所においてある。いつでも飲めるように水差しも用意されているので、侍女を呼ぶより取りに行った方が早かった。

「はぁ…………」

 ギリギリと頭を締め付けるような痛みを、ソファーに座ってやり過ごす。
 父が病で急に逝去して、地盤固めもままならない状態で王位についた。こんな私に即位と同時に、チェリーは嫁いできてくれた。至らない私を支えてくれる彼女を、今では深く愛している。

 少ししてカチャリと音がする。チェリーかと思い目をむけると、純白の翼をもつ白い軍服を着た者がふたり、部屋の中にいた。

 瞬時に警戒体制をとり、王者としての覇気をはなって威嚇する。不審者の侵入に驚きつつも、暗殺者とは違う気配に戸惑った。
 侵入者は膝をつき、最上の敬意を払うように頭を下げた。

「大変無礼な振る舞い、お許し願います。わたくしはヴェルメリオ王国のアルブス四番隊隊長、テオ・ロード、隣は副隊長のレイシー・ローゼスでございます」


「アルブス……たしか祓魔師エクソシストの組織だったか」

「はい、ご存知でしたか。さすがブルトカール国王陛下でございます」

 東方の島国はずっと悪魔族から侵攻を受けていて、対抗手段としてアルブスという戦闘組織があると以前学んだことがある。

 これが祓魔師エクソシストか……まるで天使のような翼が美しいな。それに、敵意はないようだ。

 そこへチェリーが薬と水差しを持って扉を開けた。気配を感知したレイシーが、そっと王妃の口をふさぐ。

「お待た……ひゃっ、侵にゅ、フグッ!」

 テオとレイシーにしてみれば、いま騒がれて近衛騎士に見つかるわけにはいかなかった。

「レイシーと言ったか……私の妃に触るな」

 思わず、怒気を向けてしまった。レイシーはビクリと肩を震わせ、一歩離れて膝をつく。敵意がないのはわかっているが、チェリーに関しては別だ。

「失礼いたしました……」

 少し声が震えている。私の怒気のこもった敵意を向けられて、この程度で落ち着いているとは、かなり腕が立つようだ。チェリーも状況を察して、すでに心を落ち着かせていた。

「クリス……この方たちは……?」

「ヴェルメリオのアルブス、四番隊の隊長と副隊長だ」

 チェリーも純白の翼に目を奪われたようで、その姿をジッと見つめている。私の後ろにチェリーを座らせて、本題に入った。



「それで、このような無礼を働いてまでの用件とはなんだ?」

「はい、我が総帥、ノエル・ミラージュがでこちらに入国しております。ブルトカール陛下に内密にお話がございまして、お約束をいただきたく使者として参った次第です」

「内密な話とは?」

「……奴隷と盾についてと聞いております」

 奴隷だと……? 私の現状を調べて、食いつきそうなネタを仕込んできたのか……。盾とは、どのような意味なのか、それによるな。ふむ、よかろう。どちらにしても、聞いてみようではないか。

「明日の夜、日付けが変わる頃に、この部屋に来いと伝えてもらえるか?」

 部下たちが、城の警備をかわして、結界さえもなんなく通過したのだ。総帥であれば、問題ないであろう。

「はい、しかとお伝えいたします。では」


 そう言ったテオとレイシーは一瞬で姿を消した。その素早さと垣間みえた実力に、部下に欲しいと思ってしまう。

「クリス、大丈夫なの?」

「あぁ、大丈夫だ。彼らはまったく敵意がなかった。でも、念のため明日は正妃の寝所のほうで休んでくれないか?」

「それは構わないわ。でも、ふふ、『私の妃に触るな』って格好よかったわ」

「……からかうな」

 すっかり頭痛など吹き飛んでいた国王であった。
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