夫のつとめ

藤谷 郁

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あきらめない男

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 希美はいつしか目を閉じていた。
 胸の鼓動が聞こえてしまいそうなほど、部屋は静かだ。

「ついにあなたが、僕を捕まえに来てくれた。天にも昇る気持ちでしたが、焦りは禁物だと自分に言い聞かせて、作戦を実行したんです」

 壮二の口調は落ち着いたもの。
 だけど、希美の肩を抱く腕には力がこもり、その時の感動を伝えている。

「希美さんは負けず嫌いだと、武子さんから聞いていました。だから、引いたら押してくれると思って、最初にわざと断ったんです」

 希美は思い出す。当然OKをもらえるはずの相手にプロポーズを断られ、負けん気に火が点いたことを。

「内心ハラハラしましたが、あなたはますます強引になって、デートの約束を無理やり取り付けてくれた。そして、初めての夜に繋がったんです……」

 ああ、何てことだろう。
 地味で目立たぬ、冴えない営業マンだと思っていたら、こんな策士だったとは。

「……私は、壮二の作戦にまんまと乗せられたってわけね」
「ええ。つまり僕は、あなたを嵌めたんです。殴ってもいいですよ」
「……壮二」

 希美は拳を握りしめた。瞼を開き、これ以上ないほど真摯な眼差しを注ぐ男を見返す。

「覚悟してね。私、結構パワーあるわよ」
「はい」

 壮二が目を閉じて、制裁を待つ。
 その無防備な姿は、初めて希美に抱かれた時の彼を彷彿とさせた。

(壮二……)

 希美の胸に、出会ってからこれまでの、様々な出来事が一気に蘇る。
 彼の意外性に何度も驚かされた。笑ったり、怒ったり、感激したり……終いには焼きもちまでやいたりして。
 誰にも渡さない。壮二は私のものよ!
 一人の男に執着し、独占欲を燃やすなんて初めてのこと。

(そんなふうに私を変えたのは、あなたの想いだったのね。私のために、ハイスペックの道を捨てて、尋常でない努力をして……まったくもう)

 涙が出そうになる。壮二にかかると、希美は感情を揺さぶられ、素のままになってしまう。

「こんなに私を翻弄して、夢中にさせて、どう責任とってくれるの? 最後まで愛してくれなきゃ、許さないんだから!!」

 希美は両手を振り上げると、そのまま壮二に抱き付いた。
 力強い腕がすぐに細い腰に回り、もう離さないと言わんばかりに、しっかりと拘束する。

「すべて、あなたを手に入れるためでした。僕は何が何でも、あなたを抱きたかったんです」

 初めての夜の、必死さ。希美のために作り込んだ身体で、猛攻撃してきた。童貞なのに、全力で愛してくれた。
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