一億円の花嫁

藤谷 郁

文字の大きさ
31 / 198
花ちゃんと私

しおりを挟む
「台所で茶を入れてくる。寒かったら暖房をつけても良いぞ」
「うん、ありがとう」


 しばらくすると花ちゃんが戻ってきて、煎茶とお菓子を出してくれた。
 小さなちゃぶ台を挟み、二人が向き合う。

「あっ、三日月堂のどらやきだ」
「この季節になると、ばあ様が買ってくるのだ。奈々子の好物であったな」
「そうそう。特に紅あんがおいしいのよね。いただきまあす」
「……」

 もぐもぐと口を動かす私を、花ちゃんがじっと見てきた。黒目がちの丸い目に、戸惑う私が映っている。

「ばあ様が、奈々子の母君から聞いたそうだが……そなた、見合いをするのか」
「ウッ」

 どら焼きが喉に詰まり、けほけほとむせた。

「落ち着け」

 花ちゃんがティッシュの箱を寄越す。
 私は口元を拭ってから、お茶を一口飲んだ。どら焼きが喉を下りて、ほっとする。

「その狼狽ぶり。まことのようだな」
「う、うん。実は、お父さんが勝手に話を進めてしまって」
「かなり年上の、中年男だとか。父君のことだ。どうせ、金儲けのために受けた話だろう」
「……そのとおりです」

 さすが花ちゃん。父の性格も、家族の中で私がどんな立場なのかも、よく知っている。

「此度の旅行は、独身最後の憂さ晴らしといったところか。つまり、父君の命に従い、結婚するつもりなのだな」
「……だって、逆らえないもの」

 力なく答えると、花ちゃんは苛立った様子になり、どら焼きをむしゃむしゃと食べた。

「だがしかし……もぐもぐ……旅を終えたというのに、おぬしはもぐもぐ……まっすぐ家に帰ろうとせん。それはもぐ……覚悟が揺らいでおる証拠よ」
「えっ……」

 花ちゃんはどら焼きを飲み込むと、ズバリと指摘した。

「旅先で何かあったのだろう。正直に申してみよ」

 

 旅で起きたことを、花ちゃんに話した。
 最初から最後まで、全部。由比さんとキスをしたことまで打ち明けた。

 かなり恥ずかしかったけれど、花ちゃんは真面目に聞いてくれた。
 たぶん私が、真面目だったから。

「なるほど。そなたにしては、ずいぶんと過激な経験をしたものよ。予想をはるかに上回る告白であったわ」

 花ちゃんはお茶を飲み切ると、しばし黙考した。静かな部屋に、エアコンの音だけが微かに聞こえる。

「つまり奈々子は、惚れたのだな。その、由比という男に」
「えっ?」

 はっきりと言われて、ドキッとする。

「それこそが、迷いの原因であろう」
「う、うん」

 由比さんについて話すうちに、実感がわいてきた。私は彼を忘れられない。二度と会えない、手の届かない人なのに。

 花ちゃんの言うとおり、私は彼に、恋をしてしまったのだ。旅先で出会い、たった一度デートしただけの王子様に。

「でも、そもそもあれは、デートというより……」

 彼の親切心からくる、接待だった。

「よく分からないけど、なぜか由比さんには、私の願望がバレてたの。だから彼は、それを叶えてくれただけで……それでも、思い出すだけでドキドキして、たまらない。望みどおり、一生の思い出ができたのだから十分なはずなのに、好きな気持ちがふくらんで、切なくて……」
「のう、奈々子」

 花ちゃんが居住まいを正し、私をまっすぐに見つめた。

「わしは、そなたの親友じゃ。家族と同じくらい大切に思うておる。だからこそ、あえて厳しいことを言わせてもらうが」
「な、何?」

 私も釣られて、姿勢を正す。花ちゃんの態度は、これ以上ないくらい真剣だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

工場夜景

藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。

美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長 『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。 ノースサイド出身のセレブリティ × ☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員 名取フラワーズの社員だが、理由があって 伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。 恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が 花屋の女性の夢を応援し始めた。 最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

東野君の特別

藤谷 郁
恋愛
大学受験のため名古屋の叔母宅を訪れた佐奈(さな)は、ご近所の喫茶店『東野珈琲店』で、爽やかで優しい東野(あずまの)君に出会う。 「春になったらまたおいで。キャンパスを案内する」 約束してくれた彼は、佐奈の志望するA大の学生だった。初めてづくしの大学生活に戸惑いながらも、少しずつ成長していく佐奈。 大好きな東野君に導かれて…… ※過去作を全年齢向けに改稿済 ※エブリスタさまにも投稿します

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...