七日目のはるか

藤谷 郁

文字の大きさ
上 下
7 / 24

7.私、あなたと付き合いたい!

しおりを挟む
 その居酒屋は通りに面した場所にあった。
 中に入ると酔客の賑やかな声が聞こえてきた。奥へと続く廊下の両側に個室が設けられ、店員が忙しそうに出入りしている。

「ええ~と、杉下と志村で予約してある部屋に行きたいのですが」
 真崎が店員にそう告げるのを聞いて、春花はぎくりとする。
(今、シムラって聞こえたような……?)
「こちらでございまーす」
 はきはきした店員が、笑顔で案内する。
 春花は回れ右をして帰りたくなった。
 昨日、志村梨乃は理系大学の男と合コンすると言っていた。真崎は工科大の教授だ。そして今は午後6時。ちょうど合コン開始の時間である。

「こんばんは、おじゃましますよ」
 真崎が襖を開けると、はたして中には志村といつものメンバーの顔が並んでいた。その向かい側には同じ人数の男子学生が緊張の面持ちで正座している。
(あ~あ~、もう……)
 春花は心の中で絶望のため息をついた。こんな偶然ってあるだろうか。
「はいはい、もっと詰めてくださいよ。男性側に二名加わりますからね」
 春花の気も知らず、真崎はニコニコとご機嫌である。

 志村達がこちらに視線を向けてきた。
 どうにでもなれ――と、春花はテーブルの端に胡坐をかいた。
 知った顔の女達が自分を射るように見詰めている。さすがに冷や汗が出てきたが、こうなったら"男"を通すしかあるまい。
 春花は彼女らに、にっこりと微笑んでみせた。

「あら、どこかでお会いしたような気が……?」
 志村が甘ったるい声で聞いてきた。
(お会いしてますよ。嫌になるほど、しょっちゅうね)
 曖昧に首を振る春花を見て、真崎が楽しそうに笑っている。もしかしてこのシチュエーションを承知していたのかもしれない。
 まったく、趣味が悪すぎる!!
 春花は帰りたくなったが、何とかぐっとこらえた。とりあえず今は、真崎に頼るほかないのである。

「ホント、見たことのあるお顔だわあ」
 女達が春花にばかり注目するので、相手方の幹事がわざとらしく咳払いをした。
「え~と、では自己紹介から始めましょう。僕らは○○工科大の3年生で応用生物学部の学生です。こちらにおられる真崎先生の研究室に、全員在籍しております。ちなみに僕は幹事の杉下。どうぞよろしく」
 パチパチパチと拍手が鳴り、自己紹介が続いた。
 初めから部屋にいたメンバーすべての紹介が終わると、皆の視線は真崎と春花に集中する。特に女達は遠慮なくガン見してきた。

「あのう、先生……そちらの方は一体?」
 幹事の杉下が、あまり気乗りしない風に春花のことを訊ねた。
「ああ、君達も彼とは初めてだったね。え~と、まず私は真崎陽平、41歳独身です。大学で教授やってます。どうぞよろしく。それで、こっちは僕の……甥っ子ですね、はい。名前は真崎……春彦といって、皆と同じ21歳。暇そうだったんで連れて来たわけです。ねっ、春彦君!」
「へっ? あ、はあ」

 真崎が適当なことを言って春花を紹介し、肘で突っついてくる。春花は仕方なく調子を合わせた。
「とっ、飛び入りで失礼します。あの、よろしくお願いします!」
 こんな茶番を、しかも合コンなんぞで演じることになろうとは……春花は悔しいような恥ずかしいような、いたたまれない気持ちになる。

「まあっ、先生の甥ごさん。春彦君、どちらの大学に通っていらっしゃるの?」
 以前、二股三股を自慢していた女が春花に質問してきた。彼女が大学のレベルで男を選別するタイプなのを春花は知っている。
「……名も無い大学です。聞いても知らないと思いますよ」
 部屋は一瞬シンとなり、次にどっと笑いが起きた。

「まっさか~。おじ様が有名大学の教授なのに、ジョーダンばっかり」
「そうだよ。君、謙遜もそこまでいくと嫌味だよ」
 やれやれ、この軽いノリに付いて行けないというのだ。
 春花は隣の真崎を恨めしげに睨むが、彼はとぼけた顔でよそを向いている。
「失礼しまあす。ご注文をお伺いいたしまあす」
 店員が来たので、皆の興味が逸れた。春花はホッとし、額の汗をこっそりと拭った。



 男性陣はアルコールが入ったとたん元気になり、座はかなりくだけた雰囲気となった。真崎まで加わって、皆で盛り上がっている。
(困った先生だねえ、まったく)
 春花だけはその場にいるどの男女にも興味が持てず、白けた顔で"合コン"を眺めていた。仲間に入る気など毛頭ないが、何となく面白くない。
 一人でビールをグイグイ飲んでいると、隣に女が来て座った。春花はその顔を見てぎょっとする。
 志村梨乃だ。
 とろんとした目つきで、春花を見上げている。

「あの。な……何か?」
「どうしてずっと黙ってるの? こういう席は初めてなのかな?」
「う、うん。実はそうなんだ。はは……」
  春花は女言葉が出ないよう、慎重に返事をした。志村はしげしげと眺め回してくる。
「う~ん、ホント見たことある顔だわ、あなた」
「そ、そう? よくある顔だからね」
「ううん、そうじゃなくて」

 ぴたりと身体をくっつけてくる志村に対し、春花は身を引き気味にした。今朝の夕子の時みたいになったら、どうすればいいのか分からない。
 春花はドキドキしてきた。
 そう、今の自分は完全に男性体だ。絶対に正体がバレるはずがない。だが、相手が志村となると、万が一を考えてしまうのだ。
 この女なら、勘付くのではないかと――

「あ~、やっぱ見たことある。なんか思い出してきた。そうそう、やだ……どうしよ。あなたって、もしかして……」
「え……」
 もう生きた心地がしない。
 たまらずに志村から顔を逸らすと、いつの間にか席に戻っていた真崎と目が合った。一応こちらを見守っているが、助け舟を出す気はないだろう。彼は好奇心にあふれた瞳を輝かせている。

 春花は頭がくらくらしてきた。速いピッチで飲んだアルコールが、急激に回ってきたようだ。
「ねえ、春彦君」
「はっ、はい」
 何を言われても動揺しないこと。すっとぼけるんだ。とぼけてしまえばいい。
 春花は自分に言い聞かせると、志村を見つめ返した。彼女はそのとたん、ぽっと頬を染めて――

「私、あなたと付き合いたい」
「……?」
 今、何と言われたのか理解できない。
 あまりにも予想外の言葉だったので、脳が正しく処理できないのだろう。
 ぽかんとしたまま、春花は固まった。
「ちょっとお、嘘でしょ? 梨乃から告白!?」
 女達の声が弾け、春花は我に返る。

(告白……今のって、告白だったの?)

「ねっ、お願い春彦君。今度私とデートして下さい。お願いします!」
 
 女から告白された。
 しかも、相手は志村梨乃。
 一番遠ざけたいと思っている女である。
 その女から、付き合いたいと言われた。
 女から……女から……

 酔いと一緒に衝撃がグルグルと頭の中を駆けめぐる。春花は返事をすることもできず、その場にばったりと倒れた。

しおりを挟む