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正義の使者〈1〉
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俺は手帳をめくりながら、寒々とした気持ちになる。
おそらく鳥宮優一朗は、家族の中で孤立していた。鳥宮家にとって長男の変死は体裁の悪いできごとにほかならず、亡くなった原因にも無関心のようだ。
他人には窺い知れない家の事情というものがあるだろう。それにしても、独りで死んだ息子に対して、この両親の態度は無責任かつ冷淡である。
死者に同情を覚えつつ、捜査メモを追う。
鳥宮優一朗の部屋は簡素で、家具も少ない。それだけに、捜査員の目に留まるものが二点ほどあった。
まずは、貧乏暮らしには不釣り合いな、新品の大型スマートテレビ。購入したばかりと見えて、梱包用の段ボールが部屋の隅に畳んであった。発送伝票を見ると、最近の日付である。
そして、ひと際異彩を放っているのが、本棚の上に並ぶ『人形』だ。
サブカルに詳しい捜査員が言うには、それらはただの人形ではなく、ゲームや漫画の登場人物を立体化した、『フィギュア』とのこと。
全部で七体。
大きさは様々だが、どれも同じキャラクターをデザインしたもののようだ。
先の捜査員が調査したところ、フィギュアのモデルは、二年前に大ヒットしたアニメ『ホワイトドラゴン☆ダンジョン』の『エリナ』と判明。
当該アニメはいまだに熱烈なファンを持ち、特にヒロインの『エリナ』は人気が高く、関連グッズが高値で取引されるという。
鳥宮のコレクションの中に、その高値が付くレア物が二体確認された。また、コンビニのくじ引きで当たるという復刻フィギュアも見られる。それは現在発売中のものだ(いずれも、入手するのにかなりつぎ込んだと推測される)
鳥宮優一朗は、いわゆるオタクのようだ。
フィギュアだけでなく、本棚もオタク色が強い。アニメや漫画、ゲーム関連の本が並び、やはり『ホワイトドラゴン☆ダンジョン』のタイトルが目立つ。
新品の大型テレビと、高価なフィギュア。
質素な空間において、この二点が異物のように、捜査員の目には映った。
大家によると、鳥宮優一朗は入居以来家賃を滞納したことは一度もない。
鳥宮のかばんから出てきた通帳を確認すると、なるほど毎月きちんと、一カ月四万七千円の家賃と共益費三千円が引き落とされている。
毎月ぎりぎりではあるが、生活費は工面できているようだ。しかし、贅沢するような余力はない。例えば光熱費の数字を見れば、普段節約しているのがわかる。
そして鳥宮はスマートフォンではなく二つ折りの携帯電話を使っていた。
電話帳に登録された番号は数えるほど。端末は主に派遣会社との連絡に利用されていたようで、通話履歴に残る個人名は一人だけだった。母親に確かめると、
「前田栄二? ああ、中学時代の友達ですよ。まだ付き合いがあったのかしら」
息子の交友関係など知らぬという顔だ。
捜査員はそれ以上訊かず、黙って前田栄二の名前と電話番号を控えた。
「通帳を見ても、臨時収入があったという形跡がない。テレビとフィギュアを買うカネは、どこから出たのかな」
「部屋の中にも余分な現金は見当たりません。借金を示す書類やカードもなかったです」
「不思議だなあ」
カネ絡みのトラブルだろうか。捜査員の頭に、自殺以外の線が浮かんだ。
そういえば、遺書が見つかっていない。彼は本当に、死ぬ気があったのだろうか。
テレビを買ったのは何のためだ。スマートテレビということはネットにつなげて、アニメでも楽しむつもりだったんじゃないのか。死んでどうするのだ。フィギュアにしたって、無駄になるだろう。
「あの、刑事さん……」
フィギュアを眺めていた母親が口を開いた。どこか緊張した様子に見える。
「なんでしょう」
「お隣に、どんな方が住んでいらっしゃるのか、ご存じですか」
「隣、ですか?」
妙なことを訊くと思った。捜査員が黙っていると、母親は手を振り、
「いえいえ、変な意味ではありません。ただ、息子のせいで不快な思いをされたのではと、心配になって。後ほどお詫びに伺おうと思いましてね」
「はあ……隣の方にですか?」
おそらく鳥宮優一朗は、家族の中で孤立していた。鳥宮家にとって長男の変死は体裁の悪いできごとにほかならず、亡くなった原因にも無関心のようだ。
他人には窺い知れない家の事情というものがあるだろう。それにしても、独りで死んだ息子に対して、この両親の態度は無責任かつ冷淡である。
死者に同情を覚えつつ、捜査メモを追う。
鳥宮優一朗の部屋は簡素で、家具も少ない。それだけに、捜査員の目に留まるものが二点ほどあった。
まずは、貧乏暮らしには不釣り合いな、新品の大型スマートテレビ。購入したばかりと見えて、梱包用の段ボールが部屋の隅に畳んであった。発送伝票を見ると、最近の日付である。
そして、ひと際異彩を放っているのが、本棚の上に並ぶ『人形』だ。
サブカルに詳しい捜査員が言うには、それらはただの人形ではなく、ゲームや漫画の登場人物を立体化した、『フィギュア』とのこと。
全部で七体。
大きさは様々だが、どれも同じキャラクターをデザインしたもののようだ。
先の捜査員が調査したところ、フィギュアのモデルは、二年前に大ヒットしたアニメ『ホワイトドラゴン☆ダンジョン』の『エリナ』と判明。
当該アニメはいまだに熱烈なファンを持ち、特にヒロインの『エリナ』は人気が高く、関連グッズが高値で取引されるという。
鳥宮のコレクションの中に、その高値が付くレア物が二体確認された。また、コンビニのくじ引きで当たるという復刻フィギュアも見られる。それは現在発売中のものだ(いずれも、入手するのにかなりつぎ込んだと推測される)
鳥宮優一朗は、いわゆるオタクのようだ。
フィギュアだけでなく、本棚もオタク色が強い。アニメや漫画、ゲーム関連の本が並び、やはり『ホワイトドラゴン☆ダンジョン』のタイトルが目立つ。
新品の大型テレビと、高価なフィギュア。
質素な空間において、この二点が異物のように、捜査員の目には映った。
大家によると、鳥宮優一朗は入居以来家賃を滞納したことは一度もない。
鳥宮のかばんから出てきた通帳を確認すると、なるほど毎月きちんと、一カ月四万七千円の家賃と共益費三千円が引き落とされている。
毎月ぎりぎりではあるが、生活費は工面できているようだ。しかし、贅沢するような余力はない。例えば光熱費の数字を見れば、普段節約しているのがわかる。
そして鳥宮はスマートフォンではなく二つ折りの携帯電話を使っていた。
電話帳に登録された番号は数えるほど。端末は主に派遣会社との連絡に利用されていたようで、通話履歴に残る個人名は一人だけだった。母親に確かめると、
「前田栄二? ああ、中学時代の友達ですよ。まだ付き合いがあったのかしら」
息子の交友関係など知らぬという顔だ。
捜査員はそれ以上訊かず、黙って前田栄二の名前と電話番号を控えた。
「通帳を見ても、臨時収入があったという形跡がない。テレビとフィギュアを買うカネは、どこから出たのかな」
「部屋の中にも余分な現金は見当たりません。借金を示す書類やカードもなかったです」
「不思議だなあ」
カネ絡みのトラブルだろうか。捜査員の頭に、自殺以外の線が浮かんだ。
そういえば、遺書が見つかっていない。彼は本当に、死ぬ気があったのだろうか。
テレビを買ったのは何のためだ。スマートテレビということはネットにつなげて、アニメでも楽しむつもりだったんじゃないのか。死んでどうするのだ。フィギュアにしたって、無駄になるだろう。
「あの、刑事さん……」
フィギュアを眺めていた母親が口を開いた。どこか緊張した様子に見える。
「なんでしょう」
「お隣に、どんな方が住んでいらっしゃるのか、ご存じですか」
「隣、ですか?」
妙なことを訊くと思った。捜査員が黙っていると、母親は手を振り、
「いえいえ、変な意味ではありません。ただ、息子のせいで不快な思いをされたのではと、心配になって。後ほどお詫びに伺おうと思いましてね」
「はあ……隣の方にですか?」
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