恋の記録

藤谷 郁

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幸せの部屋

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山賀さんはバッグからスマートフォンを取り出すと、写真アプリを操作する。そして、思い切ったように画面を見せた。


「えっ、これって」

「土屋さんのあとをつけて、撮りました」


一組の男女がホテルに入っていく写真だ。遠くからの撮影だが、拡大すれば土屋さんと店長であるのが、はっきり確認できる。


「店長と同じシフトの夜に、彼女、デートしてました。私、土屋さんが本当に不倫してるのかどうか、確かめたかったんです」

「わかった。山賀さん、土屋さんとはもう……」

「ええ、バイトを辞めたら、縁を切ります」 


山賀さんのまっすぐな意思に感動するとともに、理不尽な思いに駆られる。なぜこの子が辞めなければならないのか。

だけど、引き留めたとしても決意を変えないだろう。山賀さんは、私と似たところがある。


「私、そろそろ失礼します。長々とおじゃましてしまって、すみませんでした」

「そんな、わざわざ来てくれてありがとう。こちらこそ助かりました」


山賀さんを見送ろうとして椅子を立つと、スマートフォンが鳴った。智哉さんからの電話だ。


「あ、ごめん。ちょっと待ってて」

「彼氏さんですか?」


冷やかす彼女に頷き、少し照れながら応答した。


「もしもし」

『僕だ。予定より早く会議が終わって、本町駅に戻ってきたところだよ。ハルもそろそろ退勤時刻だろ? ちょうどいい時間だし、今夜は外で食べないか』


電話の背後から駅のざわめきが聞こえる。夕方のラッシュの時間だ。


「実は今、城田町のアパートにいるの。今日はいろいろあって、早退することになってね」

『そうなのか?』


詳しいことは会ってから話そう。私は彼の提案に賛成すると、本町駅で待ち合わせる約束をした。


「うん、わかった。じゃあ、またあとで」


電話を切ると、山賀さんがじっと見つめてくる。興味津々の顔つきだ。


「これからデートですか? そういえば、ずいぶんお洒落してますね」


水色のワンピースを指差す彼女に、私は手をひらひらと振った。


「違う、違う。出張から早く帰ってきたから、ついでにご飯を食べようって話になっただけ。別にそんな、デートだなんて」

「いいなあ。私も彼氏がほしいです~」


何を言っても冷やかしの種だ。私は言いわけをやめて話を変えた。


「山賀さんの家って、ここから近いんだよね?」

「歩いて七分くらいです。ていうか、私も駅に戻りますよ。友達と約束があって、本町の駅前広場で待ち合わせなんです」

「なんだ。それなら一緒に行きましょうか」


私と山賀さんは連れ立ってアパートを出た。



智哉さんと外食するので、スーパーに寄るのはナシ。荷物を運ぶのもやめておいた。ぱんぱんにふくらんだバッグを持ち歩くのは、ちょっとかっこ悪い。

何のかんの言っても、彼と二人で食事するのは、やっぱりデートだから。


この時間、電車は通勤客や学生でこみ合っている。私達はドアの横に立ち、外を眺めた。太陽が建物の向こうに沈み、車窓の景色がみるみるうちに暗くなっていく。


「お引っ越しはいつですか」

「まだ決めてないけど、できるだけ早めにと思ってる」

「そうですか。せっかく家が近くなのに、寂しいですね」


素直にがっかりするところが可愛い。まだ学生なんだなあと、山賀さんのすべすべの肌を見ながら思った。


「本町だって近いわよ。いつでも会えるって!」

「そっか、たったの三駅ですもんね」


世間話をするうちに、本町駅に着いた。開く扉から一斉に降りる人々の流れに乗り、私と山賀さんも改札口へと歩く。


「あっ、智哉さん」


改札を出てすぐの場所に、スーツ姿の智哉さんがいた。柱の前に立ち、私に気付くと片手を上げて合図する。


「えっ、あの人が彼氏さんですか!?」

「うん」


山賀さんが小さく「きゃー」と叫んだ。


「めちゃくちゃイケメンじゃないですか。ますます羨ましい~」

「そ、そう?」


彼女の弾んだ声が、耳に心地よい。智哉さんが恋人であることに、誇らしさを感じる。と同時に、浮き足立ってしまうけれど。


「では、私はここで失礼します。デート、楽しんでくださいね」

「えっ、待って。今、智哉さんに紹介を……」


私が引き留めると、山賀さんはぷるぷると顔を振り、


「デートのおじゃまはいたしません。それに、紹介なんてされたら、イケメンすぎて緊張しちゃいますよ。また今度、おノロケを聞かせてくださいね」

「あ、ちょっと」


小走りで先に行ってしまった。智哉さんの横を通りすぎる時に頭を下げたので、彼も会釈を返す。


「もう、気を遣わなくていいのに」


私は苦笑して、山賀さんのことを不思議そうに見送る智哉さんに近付いた。


「お帰りなさい。お仕事、お疲れ様でした」

「ああ、ハルもお疲れ」


こちらを向いて、にこりと微笑む。確かに、この人はイケメンだ。

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