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カメラ
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「どうってことありません。智哉さんなら元カノの一人や二人いたっておかしくないですから」
「まあ、確かに。では古池からすると、元カノをネタに一条さんに絡んでもあまり効果がなかったわけですね」
「……ええ」
本当は、元カノがどんな女性なのか気になったけれど、ここは黙っておく。瀬戸さんはお見通しだろうが、ちっぽけでも、私にもプライドがあった。
「他に何か言われませんでしたか? 例えば、水樹さんの悪口など」
「悪口、ですか?」
瀬戸さんが私の目をじっと見てくる。聴取するときの東松さんと同じ強い眼差しだ。
刑事は時々、既に得ている情報に基づいてあらためて質問し、証言の裏を取る。ということは、総務部員が智哉さんを悪く言ったのだろうか。
まさかと思いながら、店長に言われたことを思い出す。具体的な悪口ではなかったけれど……
「高崎でいろいろあった。彼は過去の話を絶対にしないだろうと、思わせぶりなことを言われました」
瀬戸さんの長い睫毛が微かに震えた。やはり、この人は何かを知っている。
「あの……総務の方は、店長に何を教えたんでしょう?」
高崎でいろいろあった――店長が私の関心を引くために出まかせを言った可能性もあるが、もしかしたら本当に、いろいろあったのかもしれない。
「申しわけありませんが、たとえ知っていたとしてもお答えできません」
瀬戸さんのきっぱりとした返事に、私は脱力する。
しかしそれは当たり前のことだ。警察官は、職務上知り得た情報を慎重に扱わなければならない。
私だって、ペラペラしゃべるような人は警察官としてどうかと思う。ましてや私は、智哉さんにとって身内同然の人間なのだ。
「あ、でも……情報提供者がドゥマンの総務部員というのは、私に話してもよかったんですか?」
気になって訊くと、瀬戸さんは「はい」とうなずく。
「水樹さんにもそのことは伝えます。情報提供者も了承済みなのでご心配なく」
「そ、そうですよね」
余計なことを訊いてしまった。やはり私は、どこまでいっても素人なのだと思い知らされる。
「というわけで、今からその辺りを水樹さんに聴取します。事件とは関係ないと思いますが、念のためにってことで。お仕事の前に引き留めてしまって、すみませんでした」
「いえ、彼に会うことを前もって教えてくださり、ありがとうございます」
私はお礼を言って、瀬戸さんと一緒に車を降りた。
「私はもう一人の刑事と待ち合わせて行くので、しばらく駐車場にいます」
「そうなんですね。では、ここで失礼します」
会釈して歩きかけると、瀬戸さんが「一条さん」と後ろから呼んだ。誰もいない駐車場に響く大きな声に、驚いて振り向く。
瀬戸さんは近づいてきて、少し迷ってから口を切った。
「一条さん。人は誰もが、何かしら抱えている。この仕事をしていると、よく分かります」
「……」
智哉さんのことだ。
瀬戸さんは今、刑事ではなく一人の女性として私と向き合っている。先ほどまでと異なる、やわらかな眼差しで分かった。
「私もそう思います。いくら親しくなっても踏み込んではいけない領域がある。だから、智哉さんの過去は気になるけど、話してくれるまで待とうと思います」
「そうね」
瀬戸さんが笑みを浮かべる。どこかほっとした様子に見えた。
「東松の言うとおり、あなたは強い人だわ」
「強い?」
「ええ、強い女性です」
さっきも東松さんに強いと言われた。自分自身、弱々しいタイプとは思っていないが、ちょっと複雑な気分だ。
智哉さんはあんなに心配して、守ろうとしてくれるのに。
「水樹さんと、ご結婚されるんですか」
「はい、たぶん」
瀬戸さんが笑みを浮かべたまま、片眉をピクリと動かすのが分かった。
「それは素敵ですね。参考までに、一つ聞かせてもらえます?」
「えっ、何をですか?」
「捜査に関係のない質問だけど」
一体、何を訊くつもりだろう。半歩近づいてきた彼女に対し、私はちょっとだけ身構える。
「いいですよ、どうぞ」
「結婚の決め手は?」
「?」
思わぬ質問だった。でも、瀬戸さんはふざけた様子ではなく、ふざけてそんなことを訊く人でもない。
私は真面目に答えた。
「決め手は、思いやりの心です。彼は私をすごく大事にしてくれる。守ろうとしてくれるんです。見返りを求めない愛情というのか……一緒にいると、とても安心できる人だから」
ノロケに聞こえたかしら。だけど、これが嘘偽りのない答えだった。
瀬戸さんは、ほうっとため息をつく。
「見返りを求めない愛情……うらやましいですねえ。あーあ、私も早く結婚したいなあ」
「えっ」
ということは、瀬戸さんはまだ独身なのだ。これほどの人がなぜ? と、不思議に感じてしまう。
「瀬戸さんなら、お相手はよりどりみどりでは?」
「それが、片思いなのよね」
「片思い?」
「まあ、確かに。では古池からすると、元カノをネタに一条さんに絡んでもあまり効果がなかったわけですね」
「……ええ」
本当は、元カノがどんな女性なのか気になったけれど、ここは黙っておく。瀬戸さんはお見通しだろうが、ちっぽけでも、私にもプライドがあった。
「他に何か言われませんでしたか? 例えば、水樹さんの悪口など」
「悪口、ですか?」
瀬戸さんが私の目をじっと見てくる。聴取するときの東松さんと同じ強い眼差しだ。
刑事は時々、既に得ている情報に基づいてあらためて質問し、証言の裏を取る。ということは、総務部員が智哉さんを悪く言ったのだろうか。
まさかと思いながら、店長に言われたことを思い出す。具体的な悪口ではなかったけれど……
「高崎でいろいろあった。彼は過去の話を絶対にしないだろうと、思わせぶりなことを言われました」
瀬戸さんの長い睫毛が微かに震えた。やはり、この人は何かを知っている。
「あの……総務の方は、店長に何を教えたんでしょう?」
高崎でいろいろあった――店長が私の関心を引くために出まかせを言った可能性もあるが、もしかしたら本当に、いろいろあったのかもしれない。
「申しわけありませんが、たとえ知っていたとしてもお答えできません」
瀬戸さんのきっぱりとした返事に、私は脱力する。
しかしそれは当たり前のことだ。警察官は、職務上知り得た情報を慎重に扱わなければならない。
私だって、ペラペラしゃべるような人は警察官としてどうかと思う。ましてや私は、智哉さんにとって身内同然の人間なのだ。
「あ、でも……情報提供者がドゥマンの総務部員というのは、私に話してもよかったんですか?」
気になって訊くと、瀬戸さんは「はい」とうなずく。
「水樹さんにもそのことは伝えます。情報提供者も了承済みなのでご心配なく」
「そ、そうですよね」
余計なことを訊いてしまった。やはり私は、どこまでいっても素人なのだと思い知らされる。
「というわけで、今からその辺りを水樹さんに聴取します。事件とは関係ないと思いますが、念のためにってことで。お仕事の前に引き留めてしまって、すみませんでした」
「いえ、彼に会うことを前もって教えてくださり、ありがとうございます」
私はお礼を言って、瀬戸さんと一緒に車を降りた。
「私はもう一人の刑事と待ち合わせて行くので、しばらく駐車場にいます」
「そうなんですね。では、ここで失礼します」
会釈して歩きかけると、瀬戸さんが「一条さん」と後ろから呼んだ。誰もいない駐車場に響く大きな声に、驚いて振り向く。
瀬戸さんは近づいてきて、少し迷ってから口を切った。
「一条さん。人は誰もが、何かしら抱えている。この仕事をしていると、よく分かります」
「……」
智哉さんのことだ。
瀬戸さんは今、刑事ではなく一人の女性として私と向き合っている。先ほどまでと異なる、やわらかな眼差しで分かった。
「私もそう思います。いくら親しくなっても踏み込んではいけない領域がある。だから、智哉さんの過去は気になるけど、話してくれるまで待とうと思います」
「そうね」
瀬戸さんが笑みを浮かべる。どこかほっとした様子に見えた。
「東松の言うとおり、あなたは強い人だわ」
「強い?」
「ええ、強い女性です」
さっきも東松さんに強いと言われた。自分自身、弱々しいタイプとは思っていないが、ちょっと複雑な気分だ。
智哉さんはあんなに心配して、守ろうとしてくれるのに。
「水樹さんと、ご結婚されるんですか」
「はい、たぶん」
瀬戸さんが笑みを浮かべたまま、片眉をピクリと動かすのが分かった。
「それは素敵ですね。参考までに、一つ聞かせてもらえます?」
「えっ、何をですか?」
「捜査に関係のない質問だけど」
一体、何を訊くつもりだろう。半歩近づいてきた彼女に対し、私はちょっとだけ身構える。
「いいですよ、どうぞ」
「結婚の決め手は?」
「?」
思わぬ質問だった。でも、瀬戸さんはふざけた様子ではなく、ふざけてそんなことを訊く人でもない。
私は真面目に答えた。
「決め手は、思いやりの心です。彼は私をすごく大事にしてくれる。守ろうとしてくれるんです。見返りを求めない愛情というのか……一緒にいると、とても安心できる人だから」
ノロケに聞こえたかしら。だけど、これが嘘偽りのない答えだった。
瀬戸さんは、ほうっとため息をつく。
「見返りを求めない愛情……うらやましいですねえ。あーあ、私も早く結婚したいなあ」
「えっ」
ということは、瀬戸さんはまだ独身なのだ。これほどの人がなぜ? と、不思議に感じてしまう。
「瀬戸さんなら、お相手はよりどりみどりでは?」
「それが、片思いなのよね」
「片思い?」
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