課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁

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金目鯛の煮つけ

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しばらく行くと、赤いお堂にたどりついた。

愛染あいぜん明王が祀られていると、課長が教えた。


「愛敬の佛さま。密教の明王ですね。愛染堂は、縁結びで有名なパワースポットです」

「縁結び……」


二人はそっと手を離し、お参りした。

冬美には、課長が何を願っているのか分かる気がした。



「では、そろそろ下りましょうか。電車の時間にちょうどいい」

「あ、はい」


二人は再び手を取り合い、ロープウェイ乗り場へと戻る。ナチュラルに繋がれたのは手だけではない。

冬美の体は、ぽかぽかした空気に包まれていた。





伊豆急下田駅17時21分発の電車に乗った。

二人掛けの席に並んで座ると、課長が到着までのルート案内をする。


「熱海で新幹線に乗り換えましょう。東京着は午後8時20分くらいですよ」

「はあ」


東京に着いたらお別れ。そう思うと冬美のテンションは下がり、がっかり感が声に表れてしまった。すると、


「よかったら、熱海で夕飯をたべましょうか。いい店を知っています」

「わっ、嬉しいです。ぜひぜひ!」


課長の提案に、声も表情もパッと明るくなる。

分かりやすいこの反応。冬美の心情はストレートに伝わっただろう。

彼の温もりが冬美の手を大らかに包み込み、思いを打ち明けられる。


「僕は、野口さんを好きになりました」

「……!」


ありえないほどドキドキする。このときめきは冬美の気持ちそのものだ。


「間宮さんからきみの話を聞いて以来、気になる女性ではありましたが、今日初めて直に話をして、強く惹かれました。きみにとっての幸せ。おそらくそれは、僕と同じ価値観だ。きみのことをもっと知りたい、話がしたい。そして今、ますます望みが深まっていく」


望み――


なんだかどきどきしてきた。冬美は彼が言わんとすることを、感覚で理解できる。


「野口冬美さん。僕と付き合ってくれませんか」


素直にうなずいた。なんの抵抗もない、自然なこたえ。


(私と課長の、ご縁……)


きちんと言葉にして伝えたい。

このときめきを。


「私も、あなたを好きになりました……大好きです!」





そして5か月後。

二人は結ばれ、夫婦になったのである――

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