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空中格闘を制するもの プレセア暦三〇四八年 ローゼンタール王都学院
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空中のショートトラックを旋回する九つの影。最後尾のオスカーが、前を行く八人の様子を窺った。うち四人は味方。自分の追い抜きをアシストする役。残り四人が追い抜き対象。ひとり抜くごとに一点が加算される。
すぐ前に追い抜き対象のジェシカがいた。
ジェシカはわざわざオスカーの前に姿を現したのだった。
オスカーの力量を自分の目で確かめるためにわざわざオーバーテイカーの練習に加わったことは明らかだった。
「おお、ジェシカ。君のスピードなら前を飛び続けるだけで誰にも抜かれないだろうに、ひとり僕を除いて……」フランツの声がロアルドの耳についた。
ロアルドはその場を離れたかったが、空中から目を離せなかったのでその場に立ち続けた。
ジェシカはオスカーの前で左右に揺れながら飛んでいる。明らかに追い抜きを阻止する飛び方だ。
一対一でジェシカを抜くのは難しい。ジェシカのステッキの尾部に体当たりをくらわす選択肢もあるが、その程度ではジェシカの体は揺るぎもしないだろう。
こうした場合、得点にはならないが一旦トラックの外へはみ出て大回りでジェシカを抜き、他の三人で追い抜きによる得点を狙う手もあり、オスカーの加速能力ならそれも可能だとロアルドは思った。しかしオスカーはそれをしなかった。あくまでもジェシカを追い抜き対象と考えているようだ。
そこへアーサーが加わった。
アーサーがジェシカに並ぶ。高速で飛びながらジェシカの外側から中へと体をぶつけてきた。
アーサーは一年生だが体つきは三年生以上だ。体格ではジェシカの方が劣る。
それでもアーサーの寄りに対してジェシカは負けていなかった。アーサーにぶつけられて体が中へと揺れることがなかった。アーサーがぶつけてくるタイミングで、自らもアーサーに向けて体当たりをくらわし、二人の体は内外どちらにも弾けることがなかった。
こうして二人が密着するようなかたちで飛んでいたために外側にわずかな隙間ができた。その隙間を直線コースになった瞬間にオスカーが猛烈に加速して抜いた。
オスカーの前に別のブロッカーがふさがるように現れたが、オスカーは瞬時に判断してその下を掻い潜って行った。
これで二点獲得した。オスカーの動きは良い。しかしそれをアシストしたアーサーの貢献度も高かった。
しかしその後まもなくタイムアップしたため、攻守交替となった。この回は二点どまりだった。
「僕の出番だね」
フランツがジャマ―として再びトラックに飛び、オスカーが戻ってきた。
「君の姉君、体育会系だね」オスカーが悠然と言った。
「まだまだあんなものじゃないけどね」ロアルドは答えた。
ジェシカはトラックに残ったままだった。フランツの追い抜きをアシストしている。
無双するフランツはあっという間に四人抜きを達成し、再度最後尾についてさらなる得点を狙った。制限時間内であれば何度でも追い抜きによる得点が加算される。
こうして防御が拙いチームは大量失点するのだ。残念なことにロアルドのチーム(ロアルドはメンバーではないからアーサー、オスカーのチームというべきか)は大量失点する典型的なチームだった。
攻守交替の時間となり、再度オスカーが飛び立った。しかしそこへフランツは戻ってこなかった。フランツがブロッカーとして残ったようだ。
「君の相手は僕だよ」フランツはアーサーにマンツーマンでついた。
「のぞむところだ!」アーサーには先輩を立てる気持ちは微塵もないようだ。
そしてフランツが口だけの男でないことがよくわかった。
フランツとアーサーが力任せの接触を繰り返す。互いにトラックの枠外へ押し出そうと衝突を繰り返す。力技の応酬だ。
オスカーがその二人をどこから抜くかゆっくり窺っている余裕はなかった。
オスカーにはジェシカが張りついていた。しかもそのジェシカも力技でオスカーをトラックの枠外へ押し出そうとしていた。抜き去ろうにも前方にフランツとアーサーが接触しながら飛んでいるのだ。
オスカーはジェシカとフランツを追い抜き対象から外し、トラック枠外に外れて、この二人を抜き去って前を行く別の対象を抜く選択肢を選んだ。
しかしそれをジェシカが許すはずもない。枠から外れたオスカーが再びトラック内に戻ろうとするのを体をぶつけて阻止した。
抜くこともトラック内に戻ることもできず、トラックの少し外でオスカーはジェシカのブロックにあいながら飛び続けるしかなかった。
そしてタイムアップを迎え、この回の攻撃は無得点に終わった。
終わってみればロアルドのチームの大敗だった。
「ちくしょう、あの三年生、思ったより固かった」アーサーは悔しがった。
「いや、あと二年もしないうちに君の方が大きくなるし、強くなるよ」オスカーが他人事のように言った。「力比べで君に勝てる者はいなくなるだろう」
「俺は今勝ちたいよ」と言ったアーサーの姿は眩しかった。
一方、フランツはジェシカのご機嫌取りに忙しそうだった。いかに自分がこのチームに貢献しているか熱弁している。
ジェシカが困り果てた顔で相手をしているのが可笑しかった。
ほんとうにこの男が監視対象なのか、とロアルドは思った。
すぐ前に追い抜き対象のジェシカがいた。
ジェシカはわざわざオスカーの前に姿を現したのだった。
オスカーの力量を自分の目で確かめるためにわざわざオーバーテイカーの練習に加わったことは明らかだった。
「おお、ジェシカ。君のスピードなら前を飛び続けるだけで誰にも抜かれないだろうに、ひとり僕を除いて……」フランツの声がロアルドの耳についた。
ロアルドはその場を離れたかったが、空中から目を離せなかったのでその場に立ち続けた。
ジェシカはオスカーの前で左右に揺れながら飛んでいる。明らかに追い抜きを阻止する飛び方だ。
一対一でジェシカを抜くのは難しい。ジェシカのステッキの尾部に体当たりをくらわす選択肢もあるが、その程度ではジェシカの体は揺るぎもしないだろう。
こうした場合、得点にはならないが一旦トラックの外へはみ出て大回りでジェシカを抜き、他の三人で追い抜きによる得点を狙う手もあり、オスカーの加速能力ならそれも可能だとロアルドは思った。しかしオスカーはそれをしなかった。あくまでもジェシカを追い抜き対象と考えているようだ。
そこへアーサーが加わった。
アーサーがジェシカに並ぶ。高速で飛びながらジェシカの外側から中へと体をぶつけてきた。
アーサーは一年生だが体つきは三年生以上だ。体格ではジェシカの方が劣る。
それでもアーサーの寄りに対してジェシカは負けていなかった。アーサーにぶつけられて体が中へと揺れることがなかった。アーサーがぶつけてくるタイミングで、自らもアーサーに向けて体当たりをくらわし、二人の体は内外どちらにも弾けることがなかった。
こうして二人が密着するようなかたちで飛んでいたために外側にわずかな隙間ができた。その隙間を直線コースになった瞬間にオスカーが猛烈に加速して抜いた。
オスカーの前に別のブロッカーがふさがるように現れたが、オスカーは瞬時に判断してその下を掻い潜って行った。
これで二点獲得した。オスカーの動きは良い。しかしそれをアシストしたアーサーの貢献度も高かった。
しかしその後まもなくタイムアップしたため、攻守交替となった。この回は二点どまりだった。
「僕の出番だね」
フランツがジャマ―として再びトラックに飛び、オスカーが戻ってきた。
「君の姉君、体育会系だね」オスカーが悠然と言った。
「まだまだあんなものじゃないけどね」ロアルドは答えた。
ジェシカはトラックに残ったままだった。フランツの追い抜きをアシストしている。
無双するフランツはあっという間に四人抜きを達成し、再度最後尾についてさらなる得点を狙った。制限時間内であれば何度でも追い抜きによる得点が加算される。
こうして防御が拙いチームは大量失点するのだ。残念なことにロアルドのチーム(ロアルドはメンバーではないからアーサー、オスカーのチームというべきか)は大量失点する典型的なチームだった。
攻守交替の時間となり、再度オスカーが飛び立った。しかしそこへフランツは戻ってこなかった。フランツがブロッカーとして残ったようだ。
「君の相手は僕だよ」フランツはアーサーにマンツーマンでついた。
「のぞむところだ!」アーサーには先輩を立てる気持ちは微塵もないようだ。
そしてフランツが口だけの男でないことがよくわかった。
フランツとアーサーが力任せの接触を繰り返す。互いにトラックの枠外へ押し出そうと衝突を繰り返す。力技の応酬だ。
オスカーがその二人をどこから抜くかゆっくり窺っている余裕はなかった。
オスカーにはジェシカが張りついていた。しかもそのジェシカも力技でオスカーをトラックの枠外へ押し出そうとしていた。抜き去ろうにも前方にフランツとアーサーが接触しながら飛んでいるのだ。
オスカーはジェシカとフランツを追い抜き対象から外し、トラック枠外に外れて、この二人を抜き去って前を行く別の対象を抜く選択肢を選んだ。
しかしそれをジェシカが許すはずもない。枠から外れたオスカーが再びトラック内に戻ろうとするのを体をぶつけて阻止した。
抜くこともトラック内に戻ることもできず、トラックの少し外でオスカーはジェシカのブロックにあいながら飛び続けるしかなかった。
そしてタイムアップを迎え、この回の攻撃は無得点に終わった。
終わってみればロアルドのチームの大敗だった。
「ちくしょう、あの三年生、思ったより固かった」アーサーは悔しがった。
「いや、あと二年もしないうちに君の方が大きくなるし、強くなるよ」オスカーが他人事のように言った。「力比べで君に勝てる者はいなくなるだろう」
「俺は今勝ちたいよ」と言ったアーサーの姿は眩しかった。
一方、フランツはジェシカのご機嫌取りに忙しそうだった。いかに自分がこのチームに貢献しているか熱弁している。
ジェシカが困り果てた顔で相手をしているのが可笑しかった。
ほんとうにこの男が監視対象なのか、とロアルドは思った。
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