スナッチ ボクに魔力はありません 王都学院の異端児

hakusuya

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教会の神官来訪 プレセア暦三〇四六年 コーネル辺境伯邸

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 商いの街広場で紙芝居の男女が神官たちと大立ち回りを演じた日から三日後だった。
 邸でロアルド、妹ロージー、姉ジェシカの三人はのんびりと過ごしていた。
 とはいっても外は真夏の暑さだ。邸は窓を開け放って空気の入れ替えを行っていた。
 日当たりの良い丘のいただきやしきがあったものだから、日照りが強いと外に出るのも億劫になる。
 あまり暑いとジェシカが冷気を起こす魔法を使うこともあるが、少しずつ魔力を消費するためにジェシカは魔法を使うことを渋った。それをケチだと言う権利はロアルドにはない。
 風通しの良い一階の居間に三人でいたところ、給仕のマーサが姿を現した。
「お客様がお見えです」
「今はお父さまもお母さまもお姉さまも留守よ」ジェシカが答えた。
 邸の主人が不在で、三女のジェシカが最年長にあたるために給仕のマーサはジェシカにお伺いをたてたのだ。
「それが……教会の神官とおっしゃられて……」
「はあ……例の件なのね」ジェシカがため息をついた。「お通しして」
 ジェシカが相手にすることになった。
 教会の神官と名乗る男たちが三人客間に通された。彼らはそろって灰色の神官服を纏っていた。
 この暑い日の下、彼らは馬車にも乗らず、おそらくは魔法を使って高速歩行して来たのだろう。暑さを感じないのは何らかの冷却魔法も使っていたのかもしれない。
 ロアルドは単純にその能力が羨ましかった。
 神官たちは、三日前に商いの街広場で紙芝居を見た親子の家を順番に回っていると言った。その紙芝居を観た親子たちひとりひとりに面会しているらしい。
 そして最後にこのコーネル辺境伯邸を訪れたのだった。
 はじめはジェシカが一人で相手をする予定だったが、神官たちが強く要望を出したためにロアルドとロージーも客間に同席することになった。
 神官たちは、あの場にいた大道芸人や商人たちから事情聴取していくつかの事実をつきとめていた。
 そのような権限が彼らにあるのかロアルドは疑問に思ったが、プレセア正教会のすることに異議を申し立てるとなるといろいろと厄介な手続きを踏まなければならないとわかっていたので、黙って聞いていた。
 おそらくジェシカも同じだっただろう。
 紙芝居の男女と出店の商人たちはある種の契約を交わしていたようだ。紙芝居の男女が精神支配系の魔法を使い、飲み物や食べ物を摂取したいという欲求を観衆に思い起こさせ、出店に買いに行かせるという段取りだった。それはロアルドが見抜いた通りだった。
「その件についてはお咎めなしとした」コーネル領教会の神官のひとりがそう言った。
 真ん中にいたその神官がこの中で最も地位が高いようだ。
「それよりも紙芝居の中身が問題なのだ」
「ああ」とジェシカはあっさりと核心を突くようなことを言った。「聖王の寝首を掻いた奴がプレセアだった、とかいう話ね」
「神を冒涜する話だ」
「そんな荒唐無稽な作り話、誰も信じないでしょう? わざわざ教会が一軒一軒家を回るほどのことかしら?」ジェシカは十二歳の小娘の態度ではない。まさにコーネル辺境伯の代理のように振る舞った。
「ある程度物心がついた子供なら問題にもならない。しかしあの場には幼い子供もいた。その子たちに間違ったことを脳裡に焼きつけさせることはあってはならないのだ」
「それで一軒一軒回っているわけ?」
「こちらにも十歳以下の者がいるであろう」そう言って神官はロアルドとロージーを見た。
 ロージーは思わずロアルドに身を寄せた。二人は長椅子に一緒に腰掛けていた。
「それで何をするって言うの?」
「あの日見聞きした記憶の一部を削除願いたい」
「記憶を消すってこと?」
「ひとつの単語を消すだけだ」
 どうも「プレセア」という一語を消すだけだと言っているようだ。
「この二人に精神支配系魔法をかけると言うのね?」ジェシカの片眉がつり上がった。
「単語をひとつ消すだけだ。簡単な魔法だ」
「『プレセア』を消すのね? そんなことが許されているの? それこそ神を冒涜する行為ではないの?」
「記憶の辞書の中から『プレセア』を全て消すわけではない。あの紙芝居の女が語った最後の言葉から『プレセア』を消すだけだ」
「そんなに何度も『プレセア』と言ったら、消えるものも消えなくなるでしょう? 何か代わりの単語で置き換えるのじゃないの? たとえば『マグナワルダ』とか」
 いやそれはおかしいだろう。あの話の聖王がおそらくマグナワルダなのだ。マグナワルダの寝首を掻いたのがマグナワルダだなんておかしすぎる。ロアルドはそう思ったが、ジェシカが女王のような偉そうな態度で神官たちを相手にしているので何も言えなかった。
「何をどうするか説明する義務はない。とにかくそちらの二人と精神感応する了解をとりたいのだ」
「今は父も母も不在です。私の一存では許可は出せないわ。主がいる時に再度お越しください」
 そう言ってジェシカはロアルドをちらりと見た。
 ロアルドは薄目をあけるような顔をジェシカに向けた。
 何が了解をとりたい、だ。すでに神官たちは精神支配系魔法を発動しようとしていた。
 それをことごとくスナッチで邪魔していたのだ。そのことをロアルドはジェシカに顔で伝えたのだった。
 三人の神官たちは何度も顔を見合わせていた。
「この邸には何も結界は張られていないわよ」ジェシカが不敵な笑みを浮かべた。「神がお許しになっていないことはここでは起こらない。さあ、お引き取り下さい」
「それでは、辺境伯がいらっしゃるときに再度お目通り願います」
 神官たちが言った言葉は捨て台詞にしか聞こえなかった。
「何よ、あの連中……」彼らが帰った後、ジェシカは玄関に塩を盛るように給仕に言いつけた。
「了解をとりたいなんて口だけでしたね」ロアルドは言った。
「やっぱり攻撃してきていたのね?」
「全部摘み取りましたけど」ロアルドは笑った。
「凄いわ、お兄さま」ロージーも安堵して笑った。
「まあ、こういう時には役に立つわね、それも」
「また来ますかね?」
「どうかしらね? 紙芝居に洗脳されたのではないとわかったからもう来ないかもよ」
「だと良いですけれど」
 領内の教会だけならともかく、プレセア正教会の王都コル教会そしてさらに上位の本部教会から使者が来ないとも限らない。
 とにかくプレセア正教会は厄介な存在なのだとロアルドは思った。
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