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縦横無尽 プレセア暦三〇四八年 ローゼンタール王都学院

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 一瞬、赤く光ったように見えたアルベルチーヌの髪はすぐに黒髪に戻っていた。その姿が遠のいていく。
 三人の騎士科上級生の体当たりを受けて、ロアルドはトラックの外へと飛ばされた。コースアウトとなり一失点になる。
 肉の塊に突き飛ばされてどうにか無事だったのは瞬時にマチルダの物理攻撃防御の魔法を借りて体当たりに備えたからだ。
 学院内でスナッチを使うことは姉たちから禁じられている。例外的にマチルダはじめ生徒会の役に立つ場合のみ許されるのだ。
 しかし今回は体育祭競技とはいえ大ダメージを受ける可能性があった。さすがに許される事案だろうとロアルドは思った。
 それにしてもその破壊力たるや尋常ではない。ブロックしようとしたアーサーと騎士科上級生も撥ね飛ばされた挙句、抜かれた。これでさらに二失点だ。
 アーサーたちはコースアウトさせられずに済んだが、それが良かったかどうか怪しい情勢となった。
 マチルダを中心とする「五人の矢」はその後も速度を落とすことなく飛び続けた。
 マルセルが必死になって逃げている。すぐに周回遅れになっていたアーサーと騎士科上級生に追いついてしまった。
 マチルダたちはさらにこの三人を抜くつもりだった。尖った矢の先を形作る三人の騎士科上級生の破壊力は凄まじいが、そもそもその動力源はマチルダとアルベルチーヌなのだ。二人はステッキを重ねて同乗していた。
「あれはありなの?」待機場所でロアルドはオスカーに訊いた。
「反則行為にはなっていないようだ。そもそもあんなことをするプレイヤーは想定されなかったのだろう。飛びにくいし、よほど息が合っていなければふつうは速度も出せないのではないか? しかし彼女たちはそれを可能にした」
 アーサーと騎士科上級生がまた抜かれた。さらに二失点。マルセルは逃げ続ける。二点リードだったのが三点ビハインドになった。そしてさらにマチルダたちは速度を上げた。
 最初の追い抜きの時にアーサーと騎士科上級生もコースアウトしていれば二失点ですんだのが、もうこれでこの二人は四失点を喫している。といって今さら自分でコースアウトするわけにもいかない。自らコースアウトすると一人につき二失点になるのだ。マルセルのようにひたすら逃げ続けた方が良かった。
 マチルダたちは五人で塊となっているからマルセルの前には障壁がなかった。だから何も考えずにひたすら全速力で飛び続けることができるのだった。そしてそれは速かった。
「逃げるの速いな」オスカーが笑っている。
 笑っている場合なのか、とロアルドは呆れた。
 しかしアーサーがブロックを無駄と諦め、競飛行と同じように速度重視で飛び始めると、マチルダのチームはフォーメーションを解除した。実にあっさりとした判断だった。
 マチルダチームの三人の騎士科上級生たちが速度を落とし周回遅れでマルセルの前に現れた。その後ろにアーサーと騎士科上級生。最後尾にマチルダとアルベルチーヌという順番になった。
「早くそうしていれば良かったんだよ」オスカーがまた余計なことを言った。「アーサーが判断を誤ったな」
 アーサーに聞かれずにすんで良かった。ただオスカーの言うことも理にかなっている。
「これで通常の形になったな。しかしうちは一人欠けている」オスカーの言うことは耳に痛い。「それにマルセルは逃げ専門だ」
 オスカーが言う通りになった。
 前を塞ぐかと思われた相手方騎士科上級生三人はマルセルをスルーして抜かせ、アーサーに襲いかかった。アーサーと一緒に飛んでいた騎士科上級生にはアルベルチーヌが後ろから当たる。
 こうしてアーサーと騎士科上級生の二人の動きを封じているうちにマチルダがこの二人を難なく抜いていった。
 さらに二失点。四対九の五点ビハインドとなって、タイムアップを迎えた。
「少し点差がつき過ぎたかな。負けるにしても大差だとポイントに影響しそうだ」
 ここでも自分のポイントかよ。オスカーはやはり計算高い、とロアルドは思った。
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