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しおりを挟むディオンには感謝している。どうしても男オメガ以外を娶りたくなかったシルヴァンに、たまたまとはいえ機会を与えてくれたのだから感謝してもしきれない。
それは変わりはない。そして番となったグレースの事も決して逃がすつもりはない。しかしそれでも彼の事が引っかかって仕方がない。気になるともいうのだろうがそれでは語弊がある。
あえて言うのなら癪に触って仕方がないだろうか。
シルヴァンは母親でありベクレル公爵であるクロエ・ド・ベクレルからの手紙を見ながらグレースの事を思い出していた。
彼は、シルヴァンのいちいち癪に障る。
あちらの国では立場がないだろうからと様々な手助けをしてやって密航させ、こちらで由緒ある公爵家の正妻の立場を手に入れたというのに、まったく喜んでいる素振りもない。
女オメガのようなフリルのたくさんついたドレスを着て、毎日欠かさず髪を結い、可愛いヘッドドレスをつけている癖に、常につんとした態度。
時にはシルヴァンを無視することもあるし、かと思えば突然花をもってやってきたりする。それがどうしてもシルヴァンにとっては嫌がらせにしか思えないのだ。
……だってそうでなければ、男がわざわざ花を使用人と摘みに行って番の為に花束にして持ってきますか? ありえないでしょう?
自分自身に問いかけるようにしてそう考えた。こうしてせっかく男オメガとして大手を振って好きに生きられる環境があるというのにどういうわけかグレースは女の真似を続けている。
幸い、女声で話しかけるなといった言葉は守ってくれているが、使用人といるときには基本的に女声だ。それを不意に聞くとどうしようもない気持ちに駆られる。
「……はぁ」
感情が高ぶって、それを吐き出すようにしてため息をついた。ここ最近はため息が多くてよくない。母上が近々、王都の屋敷からこちらのベクレル公爵邸にやってくるからという心労も大きいのだと思う。
彼女に会うと考えるだけで気が重い。血は繋がっていても決して会いたいとは思えない相手、それがベクレル公爵だ。こうして別れて暮らすことが出来ているだけましだが、名前を聞くだけで気分が悪くなるのは事実だった。
男オメガを婿に迎えたと聞いたら飛んでくるとは思っていたが案の定であり、その予定は近くに迫っていた。
もう一度大きくため息をついて腕を組む。自分がイラついている自覚はある、だからせめて誰にも当たらないように今日の午後は誰にも会わない予定にしてあった。
しかし、そういうときに限って、予定は入るもので、それに加えて今一番会いたくない相手が侍女によって開かれた扉から顔をのぞかせた。
……グレース。
高いヒールを器用に履きこなして、ゆったりと歩いてシルヴァンが腰かけているティーテーブルの前へとやってくる。
相変わらず手入れされた美しい白髪は絹糸のような美しさで、金色の瞳は目の中に光物でも入っているのではないかと疑うような代物だ。
彼は出会った時からずっとこうして、女性らしく今だってシルヴァンが機嫌が悪い事を察してしかし、用事があるからと上目遣いでこちらを見上げてくる仕草は女性そのものだ。
いや、言ってしまえばそこらの女性よりもよっぽど可愛い。まるで人形のようなフリルだらけの衣装をきて、金の瞳をくりくりさせているだけで馬鹿みたいにかわいい。
送ったドレスを日替わりで着ている姿を見ると、まるで着せ替え人形だ。送れば何でも着るのなら一日もかぶらずに毎日違うドレスを着せてその瞳が可愛い刺繍にうっとりするのを眺めたい。
そうどうしても思ってしまう。そう思うほどにグレースはお化粧もしていないのに美しかった。
いや、お化粧などしないから肌が美しいのかもしれない。そんなところまで考えてから、シルヴァンはものすごく腹が立って、目の前にいるグレースに鉄壁の笑みを浮かべて煮えたぎるイラつきを前面に押し出した。
「何か用事ですか。見て分かる通り今日は休養を取っていたんですけど」
「……」
威圧的に言い放って、出来るだけ早く出ていってほしいと立ち上がって態度で示す。向かいに座られてお茶を出せばそれだけ滞在時間も伸びてしまうからだ。
そんなシルヴァンの態度にグレースは少しだけ顔を暗くしてそれから、自分の手で手を握って意を決したという風に口を開く。
そんな些細な仕草にも女らしさを感じてシルヴァンはさらにイラつく。
「……シルヴァンの衣類を何か貰えないかと思って、休み中にごめんなさい」
しかしその言葉にすぐにピンときた。それから彼に対する優越感が生まれる。あんな風にシルヴァンを翻弄する相手なのだとしても彼は、シルヴァンの番で、自分がいなければ安心することもできない。
「ヒートが近いんですか?」
「うん」
「……」
聞けばやっぱり巣作りの為に番のアルファの匂いが感じられるものを欲しがっているらしかった。
本来であれば即答してむしろ、言わせてしまってこちらの配慮が足りなったと謝罪するところなのだが、彼が自分の事を嫌っている以上シルヴァンだって、グレースに対して配慮する気だって湧かない。
それどころか故意にイラつかせてくるのだから、グレースだって悪いはずだそんな風に思ってしまって、悪い考えが頭をよぎる。
「そうですか。なんだか不思議な気分ですね。君は俺の事がきらいなのにそんな相手の衣類で安心するだなんて信じられないです」
「……嫌ってない」
少しだけ、怒りを発散するつもりだった。
この言葉で少しでもグレースが傷ついて悲しんでシルヴァンと同じように嫌な気持ちになればいい、そう思って言った言葉をグレースは真っ向から否定する。
気弱な女性のような態度のくせに、いう言葉に躊躇がない。その芯の強さにもシルヴァンはさらに腹が立つ。
「平然と嘘をつくんですね」
「嘘は言ってない」
「……」
グレースの言葉を否定してじっと睨んだ。それなのに彼はまったく動じずにシルヴァンを見返す。
金色の瞳はキラキラと輝いているように見えて、何も穢れを知らない少女のような顔つきだった。
その穢れなく美しく愛らしいグレースに、普通に抱くであろう感情とは全く逆の感情がシルヴァンの中に渦巻く。
初めて会ったあの日のように、グレースを引き倒して苦痛に歪める顔をが見たい。
苦しんで泣いて自分に屈している姿が見たい。そしてもっとひどい事をすればこのイラつきが治まるような気がした。
愛らしい女性の代表みたいな顔をしている彼が酷い目に合えば満足がいくかもしれない。
そう思ってゆっくりと距離を詰める。
シルヴァンが怒っていてグレースにやさしくするつもり以外でそばに来ようとしてるのに、グレースはそこから動かずに、シルヴァンを見上げた。
ナイフで傷つけられて無理やり番にされたというのに、グレースはまったく怯える気配もなくただ静かにその綺麗な瞳をシルヴァンに向けている。
……せめて怯えてくれれば、どんなに楽だったでしょうね。
そんな風に思う。これだけで怯えてくれたら少なくとも本当にひどい事をすることは無いはずだ。それなのに、グレースはそれを読み取ってはくれない。
組み敷かれて無様に泣かされたというのに、グレースは、平然としてシルヴァンの前に立つ。
シルヴァンばかりがイラついて、グレースに翻弄されてそれに腹が立って仕方がない。
「シルヴァン。なんで怒ってるの?」
子供のように聞かれて、笑顔がひきつった。
それから出来るだけ早く、着ていたジャケットを脱ぐ。それからグレースに押し付けるように渡して「用事は済みましたね。出ていってください」と短く告げた。
羽織っていただけのジャケット一枚では到底、番を持つオメガを満足させることは無いと分かっていても、これ以上、グレースと向き合っていると彼に対してではない怒りも全部ぶつけて、自分でも考えられない事をしてしまいそうだった。
「……ありがとう、シルヴァン」
グレースはそのジャケットを簡単に整えて大切に抱えて去っていく。女性らしく相変わらずゆっくりと歩くのを焦れるような気持で眺めて部屋の扉が締められた時やっと息をつけた。
元来オメガは献身的な性格をしている。そんな彼の仕事を奪い、無理やり番にしておいて会いにもいかず、グレースにシルヴァンは何も与えていない。
それでもまったく折れる様子のない彼に、シルヴァンは彼が自分を本当は苦しめているわけではないのに、酷い事をしているんだと思うたびにスカッとしてしまうのだ。
アルファとして人として番として、すべてにおいて自分が外道だと分かっているのに、グレースの事を認められない。その怒りと憎悪はシルヴァンに呪いのようにからみついて、グレースに普通に接することを許さないのだった。
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