12 / 19
12
しおりを挟む体が重たくて気分も落ち着かない。ヒートの前はいつもそうなので慣れているつもりでいたが、番を持ったオメガになったからか、いつものように官能的な気分になるだけでなく、寂しいと思う。
アルファに抱かれて安心したことなど一度もないのに、番のにおいに包まれて守られているのだと望まれているのだと、安心したいという欲求が体の中でうずく。
知らなくても渇望してしまうのが本能らしく、らしくもなくそれに振り回されてグレースはシルヴァンのジャケットに顔をうずめていた。
ベッドに入ると抱かれた時の記憶がよみがえってさらに寂しくなるので、テーブルに硬い生地のジャケットを置いてそれに顔をこすりつける。
ほのかに彼のにおいがする程度のもので、そうするとさらに不安定な気持ちが増すのだがそれでも、これ以外は貰えなかった。
だから手放すこともできずに、暗くしたままの部屋で火照る体をどうにかしつつ思考を回す。
シルヴァンはこの屋敷にきてしばらくたっても相変わらずで、グレースに番らしく接したりもしないし、配慮もない、アンジェルが王都から帰宅してからは、彼女と話をしたりして退屈とは無縁だったが、問題はあることにはある。
どうやらヒートの面倒を見てくれないところも問題だけれど、いつヒートが始まって動けなくなるかわからないこの時期に、ベクレル公爵が来るので顔を見せるようにといいつけられたことも問題だ。
普通は他のアルファに会わせたくないと思ったりするはずなのだが、すでに番になっているからそのあたりの配慮もないらしい。
シルヴァンだっていきなりヒートが始まってしまったら困るだろうに、それを言っても母上に会わせることは決められていて回避できそうになかった。
……ベクレル公爵に失礼がないといいけど。
身分の高い人に会うのだから、出来れば万全の状態が良かった。そうしたらめいっぱい着飾って、楽しい一日にできたと思う。
しかしこれではそうもいかない。
いつも通り、どうしてこんな目にと悩んだり…………はしないのだが、なんせ体調が思わしくない、瞳は勝手に潤むし、息も上がる。
頭のなかは九割シルヴァンの事を考えていた。だから失言してしまいそうで困ったと思いながらまたジャケットに頬擦りをして肌荒れを起してしまいそうだった。
しばらく待っていると呼び出しがかかり、デジレを伴って部屋を出た。
その部屋を出るぎりぎりで、与えられているヒートの抑制剤の薬を飲んで出来る限りしゃんとするように気持ちを切り替えた。
デジレはしきりにグレースの事を心配していて、それに少し温かい気持ちになりつつ応接間に向かう。
元よりシルヴァンの母上は王都にある別邸に住んでいるのは知っていた。
普通は後継ぎの教育の為に領地にある本邸に住んで領地の仕事を教えるのだが、ここに住んでいるのはシルヴァン一人、彼は優秀なアルファらしいがだとしても不自然だ。
アンジェルの話によると折り合いが悪いのだそうだが、こうしてやってきたのはグレースが婿に入ったからだろう。少しでも母上とシルヴァンの間を取り持つのが今回のグレースの役目だと思う。
応接室に到着して扉が開かれる。
そこにはそれはもう最悪に機嫌が悪そうな笑みを浮かべているシルヴァンと、同じく優し気な笑みを浮かべているがなんだか毒々しい雰囲気のあるベクレル公爵がいる。
二人はソファーに向かい合って腰かけていて、その間の一人かけの席にグレースは案内されて、ベクレル公爵に視線を移した。
女家系だと言っていたので母上ではあるがアルファだと思う。彼女のほほえみには威圧感があって、アンジェルよりもシルヴァンに似ている。
「お初にお目にかかります、ベクレル公爵。私はシルヴァンの番になりました、グレースと申します。婚姻後のご挨拶になってしまい申し訳ございません」
ドレスの裾をつまみ上げて頭を下げる。
顔をあげると彼女は少し驚いているように目を見開いて、しかしすぐにほほえみを顔に張り付ける。それから吐き捨てるように言った。
「あら、嫌ですわ。女の真似事なんかして、貴方は男オメガなんでしょう?」
「はい」
「本当に見苦しい、はぁ、不快です。男オメガなんて認めないと何度も言っていたのに」
男かどうか、それだけ確認してからベクレル公爵は、すぐにシルヴァンに視線を戻す。呼ばれてきたのにグレースとは話をするつもりはないらしく、シルヴァンもグレースに何も言わずにベクレル公爵と笑顔でにらみ合う。
「まさか外国から婿を取って勝手に番うとは、嘆かわしいですわ。代々女性のみで血をつなぎ繁栄してきた我がベクレル家が男に乗っ取られるなんて、考えられない」
「乗っ取るも何も母上達の種で生まれたのが俺なのに、何を言っているんだかという気持ちになりますね」
「貴方なんて本当に産まなければよかった。アンジェル一人で満足していればこんなことにはなりませんでしたのに」
「では、俺を殺してください。そうすればすべて丸く収まります」
「そんなことをしてはアンジェルが思い悩んでしまうではないですか! この愚か者、本当に男というのは人の気持ち知らないで」
二人は、お互いに一歩も引かずに、朗らかな顔をしてにらみ合うが、喧嘩としてはシルヴァンの方が一枚上手だ。彼女をすごく煽っている。
しかし、シルヴァン優勢というわけでもないだろう。それにグレースはどちらが勝つとか負けるとかとか、そういう事は気にならなかった。ただ、そういう感じなのだと漠然と状況を把握した。
シルヴァンは男オメガにこだわっていて、その理由はきっと当てつけだ。グレースはその材料でしかない。人として価値を見出されているわけではない。
「とにかく、貴方はさっさとアンジェルを説得なさい。あの子に爵位を継承させることを頷かせて、どこへでも行きなさいな。それならどこの誰と番おうと私は文句を言いませんから!」
「姉上は、一度こうと決めたことは覆しません。無理な相談ですね」
「それなら女オメガを娶りなさいよ。男オメガなんて認めません絶対にありえない」
「そういわれましても、俺はもう番になってしまっていますから、別のオメガを娶るなんてできません」
「出来ますわよ、ああ本当に憎たらしい! この男オメガを捨てればいいのですわ!貴方だってわかってるはずです」
ベクレル公爵は平然と言い放つシルヴァンに苛立ち、グレースを指さしてそういう。目の前にいるグレースの事などまったく考えていない言い分に、シルヴァンはグレースを庇うでもなく、鼻で笑った。
「そんな世間体が悪いことするわけないじゃないですか、 少し考えればわかるでしょう?」
「何ですかその親を馬鹿にした態度は!!」
「ああ失礼、母上、俺の親だと自覚があるとは思いませんでした。謝罪します」
「っ、このっ、縊り殺してやりたいわ、貴方なんて、死んで当然ですわ!」
そんな風に言われても平気そうにシルヴァンは笑みを浮かべていて、微塵も傷ついているようには見えない。そんな態度だからかベクレル公爵はどんどん熱くなっていく。
……酷い親子喧嘩……。
聞き苦しい口論にグレースはただそう感想を持ちつつ、いつこの面倒くさい言い合いは終わるのだろうと思う。
……面倒くさすぎるし、くだらない。
こんなのはまるで不毛だ。ただでさえ、だるいというのにこんなことに付き合わされるのは、いくらおおらかな方であるグレースだって嫌な気持ちになる。
「やれるものならやってみてください。俺は抵抗しませんから」
これまた煽り文句を口にしてシルヴァンは落ち着いた仕草で紅茶を飲んだ。それに怒り心頭といった具合にベクレル公爵は思い切り机をたたく。
41
あなたにおすすめの小説
身代わりの出来損ない令息ですが冷酷無比な次期公爵閣下に「離さない」と極上の愛で溶かされています~今更戻ってこいと言われてももう遅いです〜
たら昆布
BL
冷酷無比な死神公爵 × 虐げられた身代わり令息
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる