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しおりを挟む体が重たくて気分も落ち着かない。ヒートの前はいつもそうなので慣れているつもりでいたが、番を持ったオメガになったからか、いつものように官能的な気分になるだけでなく、寂しいと思う。
アルファに抱かれて安心したことなど一度もないのに、番のにおいに包まれて守られているのだと望まれているのだと、安心したいという欲求が体の中でうずく。
知らなくても渇望してしまうのが本能らしく、らしくもなくそれに振り回されてグレースはシルヴァンのジャケットに顔をうずめていた。
ベッドに入ると抱かれた時の記憶がよみがえってさらに寂しくなるので、テーブルに硬い生地のジャケットを置いてそれに顔をこすりつける。
ほのかに彼のにおいがする程度のもので、そうするとさらに不安定な気持ちが増すのだがそれでも、これ以外は貰えなかった。
だから手放すこともできずに、暗くしたままの部屋で火照る体をどうにかしつつ思考を回す。
シルヴァンはこの屋敷にきてしばらくたっても相変わらずで、グレースに番らしく接したりもしないし、配慮もない、アンジェルが王都から帰宅してからは、彼女と話をしたりして退屈とは無縁だったが、問題はあることにはある。
どうやらヒートの面倒を見てくれないところも問題だけれど、いつヒートが始まって動けなくなるかわからないこの時期に、ベクレル公爵が来るので顔を見せるようにといいつけられたことも問題だ。
普通は他のアルファに会わせたくないと思ったりするはずなのだが、すでに番になっているからそのあたりの配慮もないらしい。
シルヴァンだっていきなりヒートが始まってしまったら困るだろうに、それを言っても母上に会わせることは決められていて回避できそうになかった。
……ベクレル公爵に失礼がないといいけど。
身分の高い人に会うのだから、出来れば万全の状態が良かった。そうしたらめいっぱい着飾って、楽しい一日にできたと思う。
しかしこれではそうもいかない。
いつも通り、どうしてこんな目にと悩んだり…………はしないのだが、なんせ体調が思わしくない、瞳は勝手に潤むし、息も上がる。
頭のなかは九割シルヴァンの事を考えていた。だから失言してしまいそうで困ったと思いながらまたジャケットに頬擦りをして肌荒れを起してしまいそうだった。
しばらく待っていると呼び出しがかかり、デジレを伴って部屋を出た。
その部屋を出るぎりぎりで、与えられているヒートの抑制剤の薬を飲んで出来る限りしゃんとするように気持ちを切り替えた。
デジレはしきりにグレースの事を心配していて、それに少し温かい気持ちになりつつ応接間に向かう。
元よりシルヴァンの母上は王都にある別邸に住んでいるのは知っていた。
普通は後継ぎの教育の為に領地にある本邸に住んで領地の仕事を教えるのだが、ここに住んでいるのはシルヴァン一人、彼は優秀なアルファらしいがだとしても不自然だ。
アンジェルの話によると折り合いが悪いのだそうだが、こうしてやってきたのはグレースが婿に入ったからだろう。少しでも母上とシルヴァンの間を取り持つのが今回のグレースの役目だと思う。
応接室に到着して扉が開かれる。
そこにはそれはもう最悪に機嫌が悪そうな笑みを浮かべているシルヴァンと、同じく優し気な笑みを浮かべているがなんだか毒々しい雰囲気のあるベクレル公爵がいる。
二人はソファーに向かい合って腰かけていて、その間の一人かけの席にグレースは案内されて、ベクレル公爵に視線を移した。
女家系だと言っていたので母上ではあるがアルファだと思う。彼女のほほえみには威圧感があって、アンジェルよりもシルヴァンに似ている。
「お初にお目にかかります、ベクレル公爵。私はシルヴァンの番になりました、グレースと申します。婚姻後のご挨拶になってしまい申し訳ございません」
ドレスの裾をつまみ上げて頭を下げる。
顔をあげると彼女は少し驚いているように目を見開いて、しかしすぐにほほえみを顔に張り付ける。それから吐き捨てるように言った。
「あら、嫌ですわ。女の真似事なんかして、貴方は男オメガなんでしょう?」
「はい」
「本当に見苦しい、はぁ、不快です。男オメガなんて認めないと何度も言っていたのに」
男かどうか、それだけ確認してからベクレル公爵は、すぐにシルヴァンに視線を戻す。呼ばれてきたのにグレースとは話をするつもりはないらしく、シルヴァンもグレースに何も言わずにベクレル公爵と笑顔でにらみ合う。
「まさか外国から婿を取って勝手に番うとは、嘆かわしいですわ。代々女性のみで血をつなぎ繁栄してきた我がベクレル家が男に乗っ取られるなんて、考えられない」
「乗っ取るも何も母上達の種で生まれたのが俺なのに、何を言っているんだかという気持ちになりますね」
「貴方なんて本当に産まなければよかった。アンジェル一人で満足していればこんなことにはなりませんでしたのに」
「では、俺を殺してください。そうすればすべて丸く収まります」
「そんなことをしてはアンジェルが思い悩んでしまうではないですか! この愚か者、本当に男というのは人の気持ち知らないで」
二人は、お互いに一歩も引かずに、朗らかな顔をしてにらみ合うが、喧嘩としてはシルヴァンの方が一枚上手だ。彼女をすごく煽っている。
しかし、シルヴァン優勢というわけでもないだろう。それにグレースはどちらが勝つとか負けるとかとか、そういう事は気にならなかった。ただ、そういう感じなのだと漠然と状況を把握した。
シルヴァンは男オメガにこだわっていて、その理由はきっと当てつけだ。グレースはその材料でしかない。人として価値を見出されているわけではない。
「とにかく、貴方はさっさとアンジェルを説得なさい。あの子に爵位を継承させることを頷かせて、どこへでも行きなさいな。それならどこの誰と番おうと私は文句を言いませんから!」
「姉上は、一度こうと決めたことは覆しません。無理な相談ですね」
「それなら女オメガを娶りなさいよ。男オメガなんて認めません絶対にありえない」
「そういわれましても、俺はもう番になってしまっていますから、別のオメガを娶るなんてできません」
「出来ますわよ、ああ本当に憎たらしい! この男オメガを捨てればいいのですわ!貴方だってわかってるはずです」
ベクレル公爵は平然と言い放つシルヴァンに苛立ち、グレースを指さしてそういう。目の前にいるグレースの事などまったく考えていない言い分に、シルヴァンはグレースを庇うでもなく、鼻で笑った。
「そんな世間体が悪いことするわけないじゃないですか、 少し考えればわかるでしょう?」
「何ですかその親を馬鹿にした態度は!!」
「ああ失礼、母上、俺の親だと自覚があるとは思いませんでした。謝罪します」
「っ、このっ、縊り殺してやりたいわ、貴方なんて、死んで当然ですわ!」
そんな風に言われても平気そうにシルヴァンは笑みを浮かべていて、微塵も傷ついているようには見えない。そんな態度だからかベクレル公爵はどんどん熱くなっていく。
……酷い親子喧嘩……。
聞き苦しい口論にグレースはただそう感想を持ちつつ、いつこの面倒くさい言い合いは終わるのだろうと思う。
……面倒くさすぎるし、くだらない。
こんなのはまるで不毛だ。ただでさえ、だるいというのにこんなことに付き合わされるのは、いくらおおらかな方であるグレースだって嫌な気持ちになる。
「やれるものならやってみてください。俺は抵抗しませんから」
これまた煽り文句を口にしてシルヴァンは落ち着いた仕草で紅茶を飲んだ。それに怒り心頭といった具合にベクレル公爵は思い切り机をたたく。
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