8 / 139
メイドの二人 その1
しおりを挟む“獣人は、食物連鎖の頂点に君臨する種族である”
タリスビアの前王がこんな事を言っていたという記述を見たことがある。
随分昔から、獣人は人間を目の敵にしており、私達の事を劣等種族として扱う。
獣人は、魔力が人間に作用することによって生まれた種族とされているが、実際は、何が正解なのか、人間である私達は誰も知らない。
……でもはっきりしている事はある。
獣人は皆、私を人間と言うだけで、白い目で見るという事だ。
クルスは良い奴だ。けれど、あの付き人のように獣人は、ルカのような人が多いんだろうと思う。
なので、私は今日も与えられた城の一室から出ること無くこじんまりと生活している。クルスに会いに行く日以外は、部屋着から着替えない日もあるぐらいだ。
これからどうなるのか分からない以上は、主にタリスビアの勉強として、部屋に用意されている本を読んだり、屋敷への手紙を書いたりして過ごしている。
稀にルカがやってきて、外に連れ出される事があるが、相変わらず彼が何がしたいのか分からない。
獣人にしか使えない魔力をたくさん使う魔法道具を使ってみろと言われたり、生焼けの肉料理を晩餐に出されたりと、いじめを受けている。
ここに来て二週間程たつが、この状況がいつまで続くのか、私は本当に、結婚するのか、そしてここでやって行けるのか、不安な日々が続いていた。
だからといって不安に駆られて、下手に動いき、ルカみたいな獣人に目つけられたら、たまったもんじゃない。こうして部屋で小規模な生活をしている方が良いに決まっている。
まだ一文字も書いていない白紙の便箋を眺めた。
思考が不安と自由に過ごせないストレスで堂々巡りを繰り返して、まともに屋敷へ出す手紙の内容も考えられない。
ガチャッと扉の開く音に、心臓がドキンと跳ねる。
そっと振り向くと、メイドの小さい方だった。
小さいと言っても私よりは大きく、そして、大きなお耳がついている。
しっぽは、狐のような毛量の多いふわふわだが、私は彼女が苦手だ。
というか怖いのだ。
自分の身の周りの世話をしてくれるメイドなのはわかっているが、それ故、怖い。
いつもしれっと仕事をしていて、無口。初めて仕事に来た日だって、私に話しかけることも無く、名前も知らない彼女は部屋の掃除を始めたのだ。
それから、一切のコミュニケーションを取らないまま仕事をして貰っているが、どう接したらいいのかわからずにいる。
彼女のミルクティー色の長い髪は、いつもふわふわと柔らかそうで、仲良くなりたいと思う。でも、彼女は私の事を睨むように見てくるので「いつもありがとう」と言う勇気さえ出ないのだ。
と、それから、単純にストレスなのだ。自分の生活空間に、私を軽くひねりあげる事が出来る、筋肉ダルマの愛想の悪い大男がいるって考えてご覧よ。怖いだろう誰だって。
こちとら、まったく知らない土地でこの部屋にしか居場所がないんですよ?
稀に来る婚約者第一号は、私を人間って呼ぶしね!
精神的に、ギリギリ……限界。
何か、小さい方のメイドに声をかけようと思って小さく息を吸う。するとタイミング悪く、扉を開けて大きい方のメイドがパタパタと足音を鳴らし虎柄のしっぽを揺らしながら入ってくる。
椅子の上で、身をかがめて、メイドの様子を伺う私に、大きい方のメイドは一瞬存在を確認するように視線を送る。
丸っこい耳は、少し威嚇するみたいに、伏せられて、ふとすぐに視線はそらされる。
「……、……」
コソッと二人は何かを話して、大きい方のメイドはまたパタパタと去っていく。
大きい方のメイドは、小さい方より幾分雰囲気は柔らかいが、目が人間のそれではない。
よく見ると瞳孔が縦長でルカとおなじで、怖い。
……私って、こんなに怖がりだったっけ。
これから掃除をする予定なのか、ハタキを片手に小さいメイドは、私の近くまで来る。
彼女の些細な動きが、心臓の鼓動を早くして、頭がクラクラする。
この国に来て、まともに眠れてないせいもあるのかもしれない。
なんでこんなに、怖いと思うのだろう。
マナンルークには純粋な獣人はいないけれど、少し獣人の血が混じっている半獣人は存在する。
彼らは、稀にタリスビアからマナンルークに人身売買されてやってくるが、獣人特有の力を持っているものも多い。力持ちだったり、魔法が得意だったりしてとても心強い存在だ。
高貴な王族の人々は、半獣人の彼らの事を獣人同様、毛嫌いしている者ばかりだが、私の屋敷には二人程、半獣人の使用人がいた。
私が多少なりとも、獣人に理解があるのはその二人のおかげだ。
ちゃんと彼らとは、信頼関係を築けていたし、腕力が強くとも、頼りになるなぁ、としか思わなかったのに。
今は自分の世話をしてくれるメイドにさえ怯えて動けずにいる。
……誰か見知った人が一人でもそばに居てくれたら、勇気が出たのに。
無理な事だとわかっていても、屋敷の皆の顔を思い浮かべる。
本当に……なんでこんな事になっているのだろう。
帰りたい、帰らなければ。まだ、結婚していないんだ、帰れる方法だって……あるかもしれない……。
頭が熱に浮かされるような感覚がする、タリスビアに来てから、夢の中にいるようなふわふわした感覚がする時がある。
……。
私は。
弱かったんだな。
ポツリとそう思った。こんな風に思ったのは初めてだ。
自分を落ち着かせるために、胸いっぱいに空気を吸い込んでゆっくり吐く。
……獣人にもクルスのような人がいるように、何の種族だろうと、人となりはその人、個人の問題だ。
人間嫌いの獣人は沢山いて、当たり前のように、私は、メイドたちに嫌われているかも知れない。でも、そうじゃない可能性だってちゃんとある。
人が人を好くか嫌うかなど、貴族だろうが、人族だろうが、平民だろうと、半獣人でも、獣人でも、人それぞれだ。
自分から歩み寄っていないのに、相手に任せて怯えて、そして被害者のような顔をするなんて、情けない。
そう、情けない……から。
「メイドさん……いつも、ありがとう。と、ところで、このペンダントの付け方、お、しえて欲しいな」
1
あなたにおすすめの小説
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる