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深夜の呼び出し その3
しおりを挟む自分の思考にツッコミを入れていると、クルスが私の両脇に手を入れて持ち上げ、またエグバート様の隣に座らせる。
「あわっ」
「挨拶は済んだな。……お前も父上も、部屋にばかり居ないで、たまには月光浴でもしろ。特に父上」
「其方に気遣われずとも、問題ない」
「その返答は、聞き飽きた。母上も心配しているはずだ。少しは体に気を使ってくれ」
「仕方あるまい。研究所は繁忙期だ」
「ははっ、その繁忙期、終わったと聞いたことがないぞ」
月光に照らされて、クルスがニッと笑った。
……ああ、家族に向ける笑顔だ。
クルスは普段からクールなので、こんな顔もできるんだと感心してしまう。
エグバート様も表情は柔らかい。
この国の王族は、どうやら仲が良いらしい。
すごい事だ。私達の国では、たとえ血縁の家族でさえ、敵同士になることがあるというのに、軽口を叩ける関係は珍しい。
クルスは振り返り、また犬の姿になって、クッションの方へと戻る。
先程から、当たり前のように、人になったり獣になったりしているが、何度見ても目を疑ってしまう。
あれは一体、どうなっているんだろう。
獣人の特性だよね?半獣人達がこんなことしている所は見たことないが、純正の獣人ならではなのだろうか。
耳としっぽの生えただけの人間ではない事を改めて認識する。完全に別の生物だ。
「……どうだ、この浴室は。心地よく魔素が融解しているであろう」
「ほ、ふ、ふぁい!」
急に声を掛けられ、途端に緊張で体が強ばる。エグバート様が何を言っているかもよくわからず、妙な返事を返した。
彼はふと月を見上げて、気持ちよさそうに耳をねかせる。
「月光浴の重要性に付いては、日光によるソルの融点と深く密接している。リッター論によれば、新月の場合にも、多くの魔素が日中に陽光によって溶けだし、一切の光源を断った中での真月光浴こそが至上と考えられていたが、其方は反リッター論派の解釈を如何様に考える」
「……と、とても、……いいとおもい、ます」
つらつらと長く話す彼の言っていることは、ひとつも分からない。
聞きなれない言葉ばかりで、ちんぷんかんぷんな私は、何となく、そして混乱しつつ、適当に、返答をした。
まっ、待って!理解しようと思えば何とかいけるはず、諦めちゃダメだ。
「左様か。良い解釈だ」
いや、私、何も考えなんて、話してないが。
「多様な方面から反リッター論派の考えは、多くの反感を買ったが、それと同時に新たなる価値観が生まれた。実に素晴らしいことであるな、私は特に、魔法力含有力がソルと共にまた、地力からも供給されていると考えるあの一説が素晴らしいように思えるのだ」
「……そう、デスネ」
「分かるか、歴史に造形の深いものは、同じくしてそのように解を得る」
「な、なんと」
「あぁ、驚きもしよう、しかしながらこれは持論であるが、地力の影響は、一部のソルへは影響がないと私は考える」
ふむふむと感慨深そうに顎を擦るエグバート様は、とても楽しそうだ。
彼の言っている言葉だけ聞けば、博識な知人と考察を広げているように聞こえるが、私の言っていることは、とっても稚拙な言葉だけだ。
言ってることがひとっつも分からない!
そして、絶対、エグバート様は私の話を聞いてない!
こんなにまで分からない言葉ばかり並べられる事がかつてあっただろうか。
とても厳格で博識なタリスビアの王だと聞いていただけあって、そのギャップに、ツッコミのひとつも出てこない。
「魔力原動である、我らからすれば───
混乱しながらも、とりあえず私も同じように、ふむふむと考えているような難しい顔で頷く。すると、孫を可愛がるおじいちゃんのような表情で、彼は熱弁を続ける。
よくこんなに言葉が次々出てくるものだ。
私なんて初対面の相手に、天気の話題ぐらいしか振れないと言うのに。
いや、そうだ。
よくよく考えてみれば、私はトークが下手である。
誰に、何をどこまで話したらいいのかが分からないのだ。特に、目上の人相手には。
そう考えると、エグバート様はだいぶ気楽だ、この論文みたいな話がいつまでも続いてくれれば、話題が思いつかなくて、じとじと汗をかくだけの時間が無くなるのだ!
エグバート様を打って変わってキラキラした目で見つめた。
いつまでも長話してくれ!おじいちゃん!
私は適当に相槌を打ちながら、この部屋を眺める。
エグバート様は、月光浴は魔力がどうこうと言っていたので、完全に獣人の娯楽のようなものだろう。
名前の通り、月明かりを浴びるわけだ。
獣の姿で行うことが、一般的なのかな?
クルスはクッションの上で、横になってみたり、月明かりに背を向けてみたり、最終的には、仰向けになり、腹を上に向けて、月明かりを浴びている。
……何アレ、可愛いんだけど。
はぁ、触りたい。撫で回してその少し硬そうな毛並みに顔を埋めたい。
いや、中身がクルスなのだから、そんな事をしたら私は痴女である。
男性の体をまさぐるなんて、屋敷の面々に怒られてしまう。
でもそもそも、あれが男性かと言われれば、甚だ疑問ではある。だって完全にワンコだ。
ただ飼い犬というより、野犬に近い気がする。
程よく筋肉が付いていて、凛々しい顔立ち、大きなお手手についている強靭な爪。
襲われたら、ひと噛みで私は絶命してしまうだろう。そんな恐怖を相殺するぐらい愛らしい、ちょんと先の折れた耳。
とにかくなんというか、癒される!
エグバート様も狼の姿で、話してくれれば、いつまでだって聞いていられると思う。いや、別に今のままでも聞き心地のいい声をしているから、問題はないけれど。
エグバート様に視線を戻すと、未だに難しい事をペラペラと喋っている。
なんだか、眠たくなってきた。
心地よい声音で聞かされる論文が子守唄のように、私の右耳から入って左耳に抜けていく。
……これ、後、何分続くの。
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