お前のこと、猫ちゃんて呼んだろか!!

ぽんぽこ狸

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ルカの部屋 その5

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 なんでこんなに、心臓が引き絞られるような心地がするんだ。糠喜びしてしまったからだろうか、初めから選べる余地が無ければ、私はこんな風に思わなかっただろう。
 
 目の前にいるルカを見る、今日だって、彼を……知ろうと思って、それで、結局、得られた情報は、あの屋敷に戻るという答えだけか。

 重くて黒い感情が、腹の中で渦巻く。

 お義母さまにお願いしておけば良かった。婚約者を選んで欲しいと、そうしたら、私はここで……自由に……。
 
 言ってはいけないことを喋ってしまいそうだ。このまま、誰にも、何も、文句も言わずに、口を閉ざすことは、できそうに……ない。
 
 何故か目眩がする、先程の火傷の影響だろうか。
 
「……帰るよ。ルカ、貴方の前から消えるし、私はこれ以上無いぐらい、ルカに、酷いことをされて心底……傷ついた」
「だからなに?」
「…………話を、聞いてくれない……かな」
「俺、これでも忙しいんだけど」
「……ダメならいい」
 
 誰かに、言いたい。
 私の気持ちを、帰らなければならないことがわかった今、私は、きっと、もう二度と、自分の意思で決められる事は、何一つとして無くなるだろう。
 
 ルカの事を聞きに来たのに、いつの間にか、立場は逆転していた。だってルカが悪い。私の弱い部分を抉るような事をするからだ。火傷の痛みなんかよりよっぽど痛いのだ。
 
「勝手に話せばいいでしょ。聞かないと、頭のおかしい君は、妙な行動取りそうだし」
 
 まさかの反応に、顔をあげると、ルカは手を出した。
 なんだろう、お手かな。ぽんと手を置くと、ルカは首を傾げて、反対の手で私の手紙を奪った。
 
「可哀想だね君は。……人間はいつも、残酷なことばかりする」
「……」
「君自身は、ただ、素直なだけなのに」
 
 私、自身。

 詰る言葉ではなく、単純な哀れみ。
 
 人間という種族としてでは無く、ルカは私の事を見てそう言った。
 ほんの少しの肯定に、喉が焼け付くような激情を感じた。どんな褒め言葉より、満たされるような心地がする。
 
 涙を堪えるように、目を細める。嗚咽を漏らしたくなくて、ゆっくりと呼吸をした。
 
 そんな私を見て、ルカはため息をついてから、再度手紙を燃やした。
 
「内容は知らなくても、いいんでしょ。どうせ帰るんだ、君は。今ぐらいは、そんなものが無くてもいいと思う」
「……うん」
 
 金色の炎に燃やされて手紙は灰になって消えていく。確かに、屋敷に戻るのなら、手紙は見なくてもいい。
 
「そういえば、……手紙の内容を読んだなら、なんで、私の前で燃やしたの?ひどく適当な事しか書かれてないって知ってたんでしょ?私が燃やされても、なんの反応もしない可能性もあったと思うんだけど」
「知らないよそんな事、ただ、母国からの手紙だろ、普通は怒るでしょ。あんな反応されたのは初めてだよ」
 
 そうなんだ。……まぁ、何でもいいけど。
 
 ……。

 今の素直に答えてくれるルカなら、私の疑問にも、答えてくれるのかな……。でも、そんな事をする意味が無くなってしまった。帰らなければならないのだ……。それでも、ルカを知りたいと言う感情は、消えないのだから、私は少し変なんだろう。
 でも……。

 知ったって、別れが寂しくなるだけで……。
 
 考えをはっきりさせる言葉を探すけれど、どれもこれも、しっくり来ない。
 複雑な事を考えるのは苦手だ、自分の感情さえ分からないのに、判断のしようがない。
 
 たぶん苦手な理由は、昔から考えるのを辞めるしか無かったからだ。
 
 帰ればまた、そういう生活がやってくる。……帰ると言うのは……それは、お義母さまやお義父さま、リノもマティも裏切るってことだ。クリスティナ様がわざわざ、暗号式で送ってきたという事は、正規の帰還では無いのだろう。
 
「なんか、ぐるぐるする」
「……」
「どうしよう」
 
 考えが堂々巡りだと言う意味では無い、考えが進まないのと同時に、頭を誰かに揺さぶられているような目眩がするのだ。もうこれは、精神的な話ではなく単純に体調が悪いだけの気がする。
 
 何がどうなっているんだろう。
 よく分からない。頭を抑えて目を瞑る。
 ルカは、暇だったらしく、私の髪を魔法でふわふわいじってもてあそんだ。
 
「なんか、目が回る」
「何時になったら話すの、話をしたいんでしょ」
「うん」
 
 あぁ、今聞いてくれるつもりだったらしい。そうだよ、話をしたいって思っていたんだ。帰るから、私はそれでえっと。
 
「……治癒の影響かな。はぁ、人間だもんね」
 
 私の頭は、なにかの許容量をオーバーしているらしく、えっと、その、というはっきりとしない言葉しか口に出せない。
 それに、急に眠たくなってきた。
 
 少し、考え事をするのが難しい。どうしたらいいのか分からない感じだ。三半規管が狂っているような感覚に頭も回らない。
 
「私、……ルカ、私ね」
 
 何が言いたかったのだっけ。何を彼に話したかったのだろう。
 霞がかかったように思考が遠のいていく。
 
 きっとこんな風にして、屋敷に帰ったら、私がタリスビアに来て考えた事や思ったことを忘れていくのだろう。ぼんやりして、溶けるように無くなる。
 
 そんなのは、悲しすぎるじゃないか。
 
 初めから無かった事のようになるなんて、タリスビアの獣人たちと出会った意味が無かったみたいになるなんて嫌だ。
 
「あーあ、熱が出てる。魔力に晒されすぎたかな」
「ルカ、私、今なんか、駄目みたい」
 
 脈絡の無いことを喋っていると、ルカは私の頬に触れて熱を測る。確かに、先程まで暖かいと感じていたルカの手と私の頬は、同じ温度ぐらいだと感じる。
 
 ルカの手はしっとりしていて、大きい、擦り寄りたくなる気持ちを何とか我慢していれば、数秒で離れていく。
 直感的に惜しいと思った。良くない兆候だ。精神的に不安定になっているからだろう、物悲しい気持ちが抜けない。基本的には楽天的に生きていきたいと思っているのにな。
 
 ルカはため息をついて、立ち上がる。
 どこに行くつもりだこいつ。話を聞いてくれると言ったじゃないか。
 




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