お前のこと、猫ちゃんて呼んだろか!!

ぽんぽこ狸

文字の大きさ
72 / 139

クルスの優しさ その1

しおりを挟む
 




 
「その手袋、なぜしている。寒いのか」
「……手先が荒れちゃって、見苦しいから、しばらく付けてることにしたの」
「……そうか」
 
 突然の質問に、私は本から目を離さずに答えた。
 水仕事をする使用人でもない癖に、なぜ手が荒れるのかと聞かれたらどうしようと思っていたが、さほど気にならなかったようで、納得してくれる。
 
 ……良かった~、外して見せろとか言われたら、どうしようかと思ってたよ。
 
 クルスには、気づかれないようにそっと息をつく。
 今日は図書室に来ているのだが、いつ聞かれるかと気が気じゃなかったので、本の内容は全く頭に入って来なかった。
 
 向かいにいるクルスは、視線を本に向けているが耳をあちらこちらに向けて、なんだか落ち着かない様子だ。
 
 飽きたのだろうか、もしくは、疲れちゃった?

 私も実は、緊張していたせいで疲れて、ぼーっとしてきている。
 仕方無い、朝一番から今日は二人で勉強会だと、張り切ったは良いものの、それからずっと本と向き合って三時間。娯楽で小説でも読んでいるのなら余裕だろうが、こうも難しい言葉ばかりだと、なんの面白味もない。
 
 加えて手袋がうっとおしい、急ごしらえだったので、あまり質のいいものでは無い。ページはめくりづらいし、邪魔だ。
 だんだんイライラしてきた。
 
「母上から、聞いているか?……もうじき、本格的な社交が始まる」
「……うん、しってる。感謝祭の後から忙しくなるって」
「あぁ、お前とこうして、ゆっくり過ごせるのもわずかだな」
「そうねぇ」
 
 私は、パタンと本を閉じた。
 もうすぐお昼だ、それまで休憩してもバチは当たらないだろう。
 
 クルスは、話をしながら、器用に本に書いてある事を紙に書き写している。執務なのかそれとも、お義父さまからの課題なのかは、分からない。
 
 社交が始まる前の今だってゆっくりと言いつつも、だいたいクルスは、仕事をしているか、勉強をしているかの、どちらかだ。さらに忙しくなったら、この人はどうなるのだろう。
 
「頑張り過ぎないでね」
「お前もな」
「私は、大丈夫だよ」
「お前はよくそう言うが、言葉通りな事はそう無いだろ」
「そーかなぁ」
 
 やっている事だって多くはない、私の予定はお義母さまが調節してくれるし、執務だってしてないのだ。
 孤児院の事や、婚約者選び、アンジュやディーテの事は、もはや私が好き好んでやっている事なので苦ではない。
 
 あぁ、そうだ。そのうちアンジュとお茶会を開かなければ、感謝祭が終わってしまえば、予定をいれるのが難しくなる。早めに約束を取り付けなければ、私が正式に王室入りするまでに、間に合わなくなってしまう。
 それに、いつまでも不安なままでは、彼女が可哀想だ。
 
 帰ったら、マティに話してみよう。
 
「その手も、何か傷でも負ったか、俺に隠したい事でもあるのか」
 
 思案していると、クルスはこちらを鋭い視線で見て、首を傾けた。
 
 ッ……ば、バレて……ない、よね?
 
 さすがに、厳しい嘘だった?

 けれど素直に言えない。聖痕があるとバレたら、事情を説明しなければならないだろう、故意に隠していたわけじゃないが、昨日今日でいきなり現れるものでは無いことも、クルスにも分かるだろう。
 何処がどうなって、自分に聖痕がないと思っていたのか、とか、何故、今まで無かったのか、それは、全てクリスティナ様のネックレスに起因するわけで。
 
 当然、それに関わる色々な事を話すことになると……多分、クリスティナ様と私の関係性に気がつく。
 
 ……。
 
 それの、何がダメかって言うと。
 クリスティナ様がクルスの想い人だからだ。
 どんな反応をするのか分からないし、ネックレスの話をしても、特に何も気が付かないかもしれない、けれどクルスは、私を初めて見た時「面影がある」と言ったのだ。
 
 気がつくだろう……さすがに。
 お義父さまとお義母さまは、クルスの想い人を知っていて、その情報を開示していない。
 それを私が、バラしてしまうのはダメだ。
 
 私が結婚を決めた時、しっかりと説明する予定だ。
 だから、今、気が付かれると困る……んだけど……。
 
「……いつか、ちゃんと言うから、少しだけ待って欲しい」
「別に、構わない。俺は、ただの婚約者だからな。言えと言う権利もない」
「……」
 
 少しだけ声が低くなって、私から視線を逸らしてクルスは言った。
 
 ……怒ってる……かな。
 
 いつも、おおらかな人なので、こうして不機嫌だと、どうしたらいいのか分からない。
 ただ、沈黙がいつもより重くのしかかって、言えと言われているようで、ジトジト汗をかく。
 
 いつも心配してくれて、何かと気にかけてくれているのに、隠し事をするのは私だって心が痛む。
 罪悪感だってあるのだ。
 
「……すまない」
「え」
「なぜ、自分でもこんなに、気に障るのか分からないんだ」
「う、うん」
「なぁ……ロイネ。俺は、何故か少し、最近短気なんだ」
 
 急に態度を切り替えて、しょんぼりとクルスは話す。自分でも、感情が制御できていないのか、なんとも言えない表情で続ける。
 
「口出しすべきでは無い事だとわかっている。問題があれば、母上や父上が言う事だとも……思う」
 
 クルスは、テーブルの上に置いて居た私の手をとる、その手を痛ましそうに眺めて、悲しげな表情を浮かべる。
 
「アンジュを付き人にしないでくれ」
「……」
 
 予想外の話題に、私は目を瞬かせる。
 
 何故、突然アンジュの話?確かに付き人候補だという話は、随分前にした気がするが、クルスがそう思う理由が浮かばない。
 
「ルカともあまり接触しないで欲しい」
「……それは、どうして?」
「お前は……危なっかしいんだ。人間のお前は、いつ、何があっても不思議じゃない。手遅れになるのでは無いかと、俺は……気が気じゃないんだ」
 
 クルスは、孤児院でのアンジュの言動を見ていた、ルカが私に……というか人間に対して当たりがきついのも知っている。
 
 まぁ、確かにクルスが口出しするべき事かどうかは、微妙な判定だ、私の付き人を私が選ぶのも当然だし、ルカに関しては、関わらないことは出来ない。
 それをわかっていて、それでも言ってくれたのだろう。
 
 なんの算段があるわけでも無く、ただ心配なのだと伝わってくる。
 本当に、優しい人。
 思わず顔がほころんだ。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

契約結婚の相手が優しすぎて困ります

みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

処理中です...