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クルスの優しさ その1
しおりを挟む「その手袋、なぜしている。寒いのか」
「……手先が荒れちゃって、見苦しいから、しばらく付けてることにしたの」
「……そうか」
突然の質問に、私は本から目を離さずに答えた。
水仕事をする使用人でもない癖に、なぜ手が荒れるのかと聞かれたらどうしようと思っていたが、さほど気にならなかったようで、納得してくれる。
……良かった~、外して見せろとか言われたら、どうしようかと思ってたよ。
クルスには、気づかれないようにそっと息をつく。
今日は図書室に来ているのだが、いつ聞かれるかと気が気じゃなかったので、本の内容は全く頭に入って来なかった。
向かいにいるクルスは、視線を本に向けているが耳をあちらこちらに向けて、なんだか落ち着かない様子だ。
飽きたのだろうか、もしくは、疲れちゃった?
私も実は、緊張していたせいで疲れて、ぼーっとしてきている。
仕方無い、朝一番から今日は二人で勉強会だと、張り切ったは良いものの、それからずっと本と向き合って三時間。娯楽で小説でも読んでいるのなら余裕だろうが、こうも難しい言葉ばかりだと、なんの面白味もない。
加えて手袋がうっとおしい、急ごしらえだったので、あまり質のいいものでは無い。ページはめくりづらいし、邪魔だ。
だんだんイライラしてきた。
「母上から、聞いているか?……もうじき、本格的な社交が始まる」
「……うん、しってる。感謝祭の後から忙しくなるって」
「あぁ、お前とこうして、ゆっくり過ごせるのもわずかだな」
「そうねぇ」
私は、パタンと本を閉じた。
もうすぐお昼だ、それまで休憩してもバチは当たらないだろう。
クルスは、話をしながら、器用に本に書いてある事を紙に書き写している。執務なのかそれとも、お義父さまからの課題なのかは、分からない。
社交が始まる前の今だってゆっくりと言いつつも、だいたいクルスは、仕事をしているか、勉強をしているかの、どちらかだ。さらに忙しくなったら、この人はどうなるのだろう。
「頑張り過ぎないでね」
「お前もな」
「私は、大丈夫だよ」
「お前はよくそう言うが、言葉通りな事はそう無いだろ」
「そーかなぁ」
やっている事だって多くはない、私の予定はお義母さまが調節してくれるし、執務だってしてないのだ。
孤児院の事や、婚約者選び、アンジュやディーテの事は、もはや私が好き好んでやっている事なので苦ではない。
あぁ、そうだ。そのうちアンジュとお茶会を開かなければ、感謝祭が終わってしまえば、予定をいれるのが難しくなる。早めに約束を取り付けなければ、私が正式に王室入りするまでに、間に合わなくなってしまう。
それに、いつまでも不安なままでは、彼女が可哀想だ。
帰ったら、マティに話してみよう。
「その手も、何か傷でも負ったか、俺に隠したい事でもあるのか」
思案していると、クルスはこちらを鋭い視線で見て、首を傾けた。
ッ……ば、バレて……ない、よね?
さすがに、厳しい嘘だった?
けれど素直に言えない。聖痕があるとバレたら、事情を説明しなければならないだろう、故意に隠していたわけじゃないが、昨日今日でいきなり現れるものでは無いことも、クルスにも分かるだろう。
何処がどうなって、自分に聖痕がないと思っていたのか、とか、何故、今まで無かったのか、それは、全てクリスティナ様のネックレスに起因するわけで。
当然、それに関わる色々な事を話すことになると……多分、クリスティナ様と私の関係性に気がつく。
……。
それの、何がダメかって言うと。
クリスティナ様がクルスの想い人だからだ。
どんな反応をするのか分からないし、ネックレスの話をしても、特に何も気が付かないかもしれない、けれどクルスは、私を初めて見た時「面影がある」と言ったのだ。
気がつくだろう……さすがに。
お義父さまとお義母さまは、クルスの想い人を知っていて、その情報を開示していない。
それを私が、バラしてしまうのはダメだ。
私が結婚を決めた時、しっかりと説明する予定だ。
だから、今、気が付かれると困る……んだけど……。
「……いつか、ちゃんと言うから、少しだけ待って欲しい」
「別に、構わない。俺は、ただの婚約者だからな。言えと言う権利もない」
「……」
少しだけ声が低くなって、私から視線を逸らしてクルスは言った。
……怒ってる……かな。
いつも、おおらかな人なので、こうして不機嫌だと、どうしたらいいのか分からない。
ただ、沈黙がいつもより重くのしかかって、言えと言われているようで、ジトジト汗をかく。
いつも心配してくれて、何かと気にかけてくれているのに、隠し事をするのは私だって心が痛む。
罪悪感だってあるのだ。
「……すまない」
「え」
「なぜ、自分でもこんなに、気に障るのか分からないんだ」
「う、うん」
「なぁ……ロイネ。俺は、何故か少し、最近短気なんだ」
急に態度を切り替えて、しょんぼりとクルスは話す。自分でも、感情が制御できていないのか、なんとも言えない表情で続ける。
「口出しすべきでは無い事だとわかっている。問題があれば、母上や父上が言う事だとも……思う」
クルスは、テーブルの上に置いて居た私の手をとる、その手を痛ましそうに眺めて、悲しげな表情を浮かべる。
「アンジュを付き人にしないでくれ」
「……」
予想外の話題に、私は目を瞬かせる。
何故、突然アンジュの話?確かに付き人候補だという話は、随分前にした気がするが、クルスがそう思う理由が浮かばない。
「ルカともあまり接触しないで欲しい」
「……それは、どうして?」
「お前は……危なっかしいんだ。人間のお前は、いつ、何があっても不思議じゃない。手遅れになるのでは無いかと、俺は……気が気じゃないんだ」
クルスは、孤児院でのアンジュの言動を見ていた、ルカが私に……というか人間に対して当たりがきついのも知っている。
まぁ、確かにクルスが口出しするべき事かどうかは、微妙な判定だ、私の付き人を私が選ぶのも当然だし、ルカに関しては、関わらないことは出来ない。
それをわかっていて、それでも言ってくれたのだろう。
なんの算段があるわけでも無く、ただ心配なのだと伝わってくる。
本当に、優しい人。
思わず顔がほころんだ。
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