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クルスの優しさ その3
しおりを挟む私の声に反応するように、すぐにその症状は収まっていく、クルスは私の背中をさするように、撫でた。
それに合わせるように深呼吸をすると、何事も無かったかのように、体が通常の状態に戻る。
「……酷いんだけど」
寄りかかっていた肩を押し戻して、クルスの突然の意地悪に彼を睨んだ。
すると、目が合って、彼は視線を下へ向けた、耳もしょんぼりと下がっている。
……何よ、そんな反応されたら怒れないじゃん。
つい、カッとなってやってしまったのだと、分かるが、わざわざ実演しなくとも……わかってる。
「すまない…………ごめんな」
クルスはパッと手を離し、私から身を離す。怯えられないようにか、少し猫背になって小さくなった。
そのまま後ろに下がり、私から離れようとする、その肩を私は掴んだ。
別に怯えたりしていない。人間風に考えるのなら、少し怒鳴られたとか、強く肩を掴まれたのと同じような事だろう。クルスが心配から不安になっている事も知っている。
未だに身を引こうとしているので、両手で彼の服を引っ張った。
クルスは、私が何を考えているのか、分からないようで、気の抜けたような顔をしてそれから、小さくつぶやく。
「怒ってるのか……?頬ぐらいなら、ぶってもいいぞ」
そう言って、少し右を向いた。
そんな事しないんだけど……え?私そんなふうに見える?……じゃなくて。
私だってわかっているのだ、私は、これでも安全な場所でずっと生かされてきた、箱入り娘だって。
最近知った。というか、最近まともに考えられるようになった事だ。
私は本来、背負うべきだったものを全て、姉であるクリスティナ様に背負わせてここまで健康に生きてきた。
王族であるが故の暗殺の心配だとか、貴族同士の騙しあいだとか、そういう事を全て、心配せずに生きてきた。
命の危険を感じたことなど無かったし、私の望みだって家族が欲しいという、本当に平凡で、平和なものだ。
そんな自分が、唐突に、自分よりも強者しかいない国で、王族やってこうだなんて命が幾つあっても足りない。
危機感、というか、普段からの緊迫感を持たなければならないだろう。現に、圧力で攻撃されても、無力だったのだから。
「……」
クルスが言っている事は正しい、私に出来ることは心配されないように、怪我をしないこととか熱を出さない事だけだけれど。
「怒ってないよ、クルスは悪くない」
何となしに、口を開けてえへへと笑った。クルスはその言葉を聞いて、また、難しい顔をする。
「怒ってくれ。お前を少しでも害した俺を軽蔑して、遠ざけるべきだ」
「……うん、わかってるけど出来ないの」
「難儀だな」
「そうだね……私、多分、足りない事ばっかりだからさ」
特によく考えずに言葉を続ける。
「私もいつか、何かあってもおかしくないなって思う。でも、何か悪いことがあるかもって思って、行動せずにいて、何も手に入らないのは嫌なの」
危険があっても、その人の事を知りたいと思う、好奇心だから、これは悪癖だろう。そしてあわよくば仲良くなりたい、誰も彼もそうなのだ、自分に何かあった時に、助けてもらえる人がたくさん欲しい。打算的とも言える、最近気がついた私の癖。
屋敷では、物分りのいい自分でいることで、そうして、人の話を聞いて共感して、少しは気のおける場所にすることが出来た。
誰も彼も、優しさだけで、親切にしているわけじゃない、心の奥底には、ちゃんと人間らしい打算があるのだ。
これはこれで、私なりの強かさだと思って受け入れてくれないだろうか。
どこをどうクルスに説明したらいいのか、わからなかったので、直前の会話に繋げる。
「私に寄り添ってくれる人が欲しい。だから、交流を辞めることはできない。私は、私の打算で動いている……から、それで、納得して、欲しい……かな?」
まぁ、打算と言いきったけれど、実際は、あまり深く考えないで、その時そのときで、体が勝手に動いちゃっているんだけどね。
「……じゃあ、お前は、今、俺を許すのもそういう打算があるのか」
少し煽るようなニュアンスを含んで、クルスが言った。
「うん、きっとクルスは、私に何かあった時は、側にいて守ってくれるからね」
自信過剰すぎる言葉だと笑ってくれていい。これで少しは、クルスも安心できるだろうか。
私の言葉を聞いて、クルスは目を見開いた。
思っていた反応とは違って、私は首を傾げる。クルスはしばらく沈黙して、困ったように視線を落とした。
「やはり……似ているな」
誰に、と聞き返すことはしなかった。
……クリスティナ様は、獣人にも、気丈に振舞ってたみたいだね。そばに居る時間が少なくとも、私は、クリスティナ様から、多大な影響を受けている。
他に参考にすべき人間が居なかったのも理由のひとつだが、あまりにも女性ながらにかっこよくて、理想から、言動が似てしまうのは必然だろう。
私は、あんな風にはなれない、いい意味でも悪い意味でも。
強くて、かっこいいんだよなぁ、クリスティナ様は。
クルスの視線の意味を理解していないように、とぼけて笑った。
すると彼は、目元を押さえて軽く息をつき、それから、切り替えたように立ち上がった。
「……マジックアイテムでも贈ろう、詫びではなく、心配するのなら守れと言われてしまったからな」
「そ、そうねぇ」
彼は、書類を片付けて、図書室を去る準備をする。私はその言葉に曖昧に返事をして、同じように支度をする。
我ながら、何て傲慢な事を言ったのだろう。今更少し、申し訳なくなってきた。
しかし、先程の会話で似ているという言葉が出るとは……二人はどんな関係なのだろう。正直、強国の王子に対して、クリスティナ様は強気に出過ぎではないかと思う。
クリスティナ様が私にしていた態度って、万人に対して、ああだったなんて事……あるんだろうか?
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