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喧嘩 その1
しおりを挟む忙しない足音はこの部屋へと近づいているような気がした。
ふと、視線を扉に向けると同時に、壊れんばかりの勢いで、バタンと大きな音を立てて開いた。
そこに居たのは、獣の姿をしたアンジュだった。ふとなにかを探すような素振りをした後、エクトルに思い切り飛びかかった。
ガルルゥッと唸る声がして、バコォだか、ドゴォという大きな音に瞬きすると一瞬の間に、エクトルは私の前から消え去っており。
アンジュの視線の先で、吹っ飛ばされた体勢のまま倒れ込んでいる。
え、えぇ……し、死ん、だ?
殺人現場を見てしまったのかも、と戦々恐々としていると、頭から流れている血をものともせずに、エクトルは即座に立ち上がる、しかも笑顔だ。
うわ、うわぁ、ちょっと気持ち悪い。
「ロイネさまっ見ましたか?!今の華麗な右ストレートっ!!」
エクトルは、自分の痛ましい色合いになっている頬を心底、嬉しそうにさすりながら私に叫んだ。
当然の事ながら、すぐに返事は出来ない。突然殴られた本人が、攻撃を賞賛しているのである。それも野性味溢れる凶暴な笑顔で。
ドン引きですけど……。
私はお布団を握りしめた、彼のせいで鳥肌が立って
しまったでは無いか。
「エクトル……お兄様…………」
いつの間にか人間の姿に戻ったアンジュが、ドスの効いた低い声で、エクトルを呼ぶ。
地の底を這うような声に私はさらに、背筋が冷える。
めちゃめちゃにキレちゃってるよ……。
アンジュはスカートを握りしめて、その手はブルブルと震えている。
「ああ!アンジュ!やっと名前を呼んでくれた。許してくれる気になったんだねっ!」
「お兄様……はもう、お兄様なんかじゃありませんわ」
おお、アンジュが言ったよ!そうだそうだ!言ってやれ!
言葉には出さずに、アンジュを応援していると、また、大砲を打ったような大きな音がして、耳がキインと傷んだ。
思わず、両手で耳を抑えると、衝撃波で髪がぶわっと舞い上がる。思わず掛け布団を引っ張って頭から被った。一体何が起きているのか、全く分からない。
そして耳が痛い、鼓膜が傷ついていそうで心配だが、何とか我慢して、お布団から少しだけ顔を覗かせる。すると、獣化した、アンジュとエクトルが、
今にも喧嘩を始めんばかりに威嚇して睨み合っている。
エクトルは、予想通りオスのライオンだった、圧巻の迫力である。ふっさふさのたてがみは図鑑で見たら、誰でも一度は触ってみたいと思う代物だろう。もちろん、私も憧れたことはあるが、あれがエクトルだと知っているので、必要以上にかかわり合いになりたくない。
アンジュとは、もちろん話がしたいのだが、こんな状況に突っ込んで行ったら、私は食べられてしまいそうである。
と、言うか、先程の大きな音は一体なんだったんだろ……。
視線だけで辺りを見回すと、医務室の壁に大きな穴が空いて、随分と風通しが良くなっている。
……え、えぇ、嘘でしょ。結構しっかりした壁だった筈だ。アンジュ……なのか?何したの?いや、魔法だと言うことはわかるんだけど、どうしたら、ああなるの。
クルスが心配するもの納得だ、企画違いにも程がある。私、今までよく無事に生きてるな……なんて……。
呆気に取られていると、二人の喧嘩がいよいよ始まった、取っ組み会うだけならまだしも、途中ビュンビュンと魔法が飛び交う。
「ガルゥゥ!!」
アンジュが大きく咆哮をあげると、空気が震えて、私まで身震いする。一方エクトルは、応戦こそしているものの、非常に楽しそうだ。多分、二人は鳴き声で、今でも口論し続けているのだろうけれど、私には、何を言っているのかサッパリで、野生動物のように見えてしまう。
大丈夫……よね?このまま、どっちかが死ぬまで、喧嘩し続けたりしないよね?!
急に怖くなり布団から飛び出そうとすると、私の目の前で、何かよく分からない魔法が銀色の光を散らして弾けた。
「ひいっ」
こ、怖すぎっ!!何今の!
「はぁ、だから、俺、君から離れようとしたでしょ、わざわざエクトルと話なんかしなくたって、アンジュは来たよ」
呆れたような声が上から降ってくる。
ルカは、なんの防御姿勢も取らずに、喧嘩を諌めるわけでもなく、特に焦った様子もなく私に話しかけた。
「聞いてる?孤児院が壊れて困るのは人間でしょ、直しはするけど、不便になるんだよ」
「……へ、ぁ」
私は、布団から出る事が出来ない。なぜなら、流れ弾が怖すぎるから、ルカはもしかして、あの二人の喧嘩が見えていないのだろうか。
「あ、危ない……から、い、一緒にはいったほうがっ」
シュ、パン!
私があまり意味の無い提案をすると、彼の方に飛んできた流れ弾が、また目には見えない何かに当たって、弾け飛んだ。
「ひゔっ」
「変な鳴き声の犬みたいだね」
黙ってくれ!!私も女性らしからぬ声だと思ったよ!
しかし忘れていたが、そういや彼も獣人である。獣の姿を一度も見たことがないので、忘れがちだが立派な高等種族だ。防御魔法ぐらいお手の物らしい。
「……ねぇ、少しは魔法使えないの?」
「っ、使えない!」
「王族でしょ、君。聖痕が出たんだから、自分の身ぐらい守れるんじゃない」
「守れたら、こんな、お布団で防御してないよ!!」
私が必死に叫んでいる間にも、ドダバダと、激しい衝突音に、咆哮と風切り音が鳴り止まない。
喧嘩を止める事も出来ないし、ルカが何故こんなに冷静なのかも分からない。
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