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人間と獣人 その1
しおりを挟むジーベル伯爵の屋敷は、城下町の外れにあった。
私は丁重に応接間へと通され、アンジュと共にジーベル伯爵が到着するのを待っていた。
「ごめんね……アンジュ、付き添わせちゃって」
「滅相もございません、わたくしを選んでくださった事、光栄に思っていますわ」
振り返らずに謝罪を口にすると、優しい返事が返ってくる。
冬真っ盛りの忙しい時期に、私がわがままを言い、予定を入れたことをお義父さまとお義母さまは咎めなかった。
なにかに気がついている様子はあったけれど、却下はされず、私の側近の中で一番顔の広いアンジュのみを連れて、招待に応じていた。
だが、実際に来てみれば、王族を招き入れる程の用意はしていない様子だ。
現在も、こうして身分が下であるはずのジーベル伯爵に待たされている。
もてなしは、同格の家のものを招く程度の扱いで、普段のアンジュはなら憤慨していただろうけれど、今日に限っては、警戒を怠らず、怒りを見せることは無い。
屋敷の雰囲気も、何やら穏やかでは無い。使用人達の視線に、嫌悪感のようなものを感じる。
「……嫌な、感じだね」
「ご安心くださいませ、わたくしがついております。……何があっても、お守り致しますわ」
アンジュも、その雰囲気を感じ取ってか、声が硬い。何があってもとは言ったが、滅多なことが起こらない限り、アンジュが私を守らなければならない状況に、ならないはずだ。
大丈夫、な、はずなのに。
なんでこんなに緊張するんだろう。私は話をしに来ただけだ、どういう意図の手紙だったのか、なにかの思い違いじゃないのかそれを確認したいだけ。
トラブルを起こさないために、ここまで来たのだ。
しっかりしないと。
今更不安になっている自分を何とか叱咤して、心を落ち着かせる。
すると、扉が開いて、ジーベル伯爵が、ゆっくりと入室してきた。
歳の頃は、お義父さまと同じぐらい、けれど、お義父さまには感じない威圧的な態度をしている。
身綺麗ではあるが、あまり好意的な印象を持てない。
下手に出るつもりは無いので、私は無言のまま彼を見つめた。
すると、挨拶もせずに、私の向かいのソファーにどかりと座り込む。
「まさか、本当に来るとは、……はぁ……思いますまい」
ジーベル伯爵は、下卑た笑みを浮かべて、私を舐めるよう見る。それから後に控えている、メイドに、合図を送った。
「では、姫殿下、こちらにサインを」
「……」
ペンと共に置かれた書面には、破格の金額と引き換えに、ジーベル伯爵の娘になっているイーリスを私が貰い受ける旨の契約書が提示された。
馬鹿みたいな金額だ、質素な城なら立てられそうな程のものだ。
……まずは、誤解をとかなければならないだろう。穏便に済ませるために来たのだ脅迫に乗るために来たのではない。
「出来ません、ジーベル伯爵……貴方は、誤解しているようですが、手紙の内容に疑問こそあれど、晒されて困る秘密もありません」
「は、?」
「真偽を確認しに来ただけです。今回はこのような無礼な対応を告発したり致しませんが、次回以降は容赦しません」
「……」
私が言い切ると、先程までの余裕綽々な態度から一変して、膝の上で拳を握り、ブルブルと震わせている。
その表情は、怒りに満ちていた。
何も言い返して来ないということは、やっぱりはったりだったのだろう。イーリスがこの場に出てこない以上は彼と話し合っても意味が無い。
「あの、女ァ」
捻り出すようにつぶやき、ダンっと机を強打した。
「でまかせ言いやがって……何のために面倒を見てやったと」
「イーリスを出してください、ここまで来たのは、彼女と話すためです」
私がそう言うと、彼はじろりと私を睨んで地を這うような声で「あの女を連れてこい」と命じた。メイドは慌ただしく部屋を出ていき、沈黙に包まれる。
「……あの穀潰しと何を話すつもりだ」
「あなたに言う必要はありません」
「人間風情が調子に乗りやがって、劣等種族が、王族を嫁入りしただけで貴族気取りか」
ルカとは違って、本音の言葉だ。重く嫌なものが腹の底に溜まっていってる気がする。
お義母さま達は、こういう人を私に近づけないようにしてくれていたのだろう。
本来ならこういう考えの人は多くいるはずだ。人間嫌いと言うよりは、もっと別の何かだ。人を人として捉えていないというか……。
目を合わせているのが怖い、今すぐにこの部屋から立ち去りたい。だが、後ろにいるアンジュに情けない姿は見せられない。今にも機嫌をとって下手に出てしまいそうだったが、口内を噛んで我慢する。
「お前ら見たいな生意気な人間が、獣人様の権力を奪えるわけがねぇんだ」
これから国交を開こうとしている、今のお義父さまの政治では確かにこういった人は、権力を削がれて政治的な立場が弱くなっているのだろう。
けれど……それは、私のせいだとは言えないでしょうよ。
お門違いの怒りを向けないで欲しい、でも、私のせいでは無くても、怒りぶつけるだけの人は、そんな事は気にしない。
この国で王妃になると言うことは、変わっていく人間の扱いに、慣れることが出来ない人々に恨まれながらやっていくしか無いのだろうな。
人間を養子にしていたと聞いた時点で、覚悟してきて居たはずだ。
こんなに、直球に言われるとは、思っていなくても嫌な目にあう可能性の方が大きいと。
それでも、私は、お義父さまとお義母さまに迷惑をかけたくなかった。
「王子の方々も見る目がないな、恭順を示せない飼い人など、自分であれば捻り殺すな」
だいぶ昔の言葉だ、それも奴隷制度があったぐらい昔の言葉。タリスビア全盛期で、完璧に力を誇っていた時に人間を飼っていたから飼い人。……こんな事を言う人が人間の子供を養子に出来たのか……。
ルカは、こんなこと言わなかったな。あれでいて彼は使う言葉に分別があったらしい。
私は、それほど度胸がないのでジーベル伯爵の言葉に返事はしなかった、けれど目だけは離さないで、自分を落ち着けるようにゆっくり呼吸をしていた。
今にも攻撃されるんじゃないかと思う程の怨念のこもった恨み事をしばらく聞いていると、控えめに扉が開いた。
レーナと同じ年頃の女性だ。頬がこけるほど痩せていて、質の悪い黒髪は手入れされていない事が簡単に分かる。
あれが……イーリス。
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