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人間と獣人 その2
しおりを挟む立ち姿に酷い嫌悪感を覚えた。
彼女にでは無い、目の前にいるジーベル伯爵にだ。
目に見える虐待の跡があるわけではない、けれど、私は、あの目立つ黒髪に見覚えがあった。
健全に育った姿がどのようなものだったか、記憶に焼き付いている。多分、近しい血縁の者では無いだろうか。
ゾッとするような瞳でイーリスは、私のことを睨んだ。反応しないようにしていたのに、ビクッと体が勝手に震える。
「お前は姫に、取り立てて貰えるといったな」
「あ……ぁ……」
「それが取り立てて貰うどころか、嘘までついて、騙しやがったな」
「何故……なぜ……」
ジーベル伯爵の言葉にイーリスは、私を凝視しながら真っ青になっていく。
涙を浮かべて、ガタガタと震え出した。
そんな彼女を気にもとめず、ジーベル伯爵はズカズカ彼女に近づいていく。
「言ってあったな、お前が……」
途中から声を潜めて聞こえなくなる、イーリスはビクッと酷く反応し、ジーベル伯爵に腕をつかまれ引きずられるように応接室の外へと消えていく。
彼女の反応に、私は呆気に取られて動けずにいると、背後からアンジュの声がした。
「扉に消音の魔法がかかっております、何を話しているのかわかりませんロイネ姫様、何かあればすぐ私の背後に」
「うん、わかった」
……何を話しているのか、というかどうなっているの。
養子とはいえ、カミーユはイーリスのことを人間の貴族と言っていた、あのような状態では、ろくに社交も出来ないだろう。
……見通しが甘かったのかもしれない、私は、自分を基準に、この国での人間の扱いを考えていた。
少しの間に何とか思考を巡らせていたが、すぐにまた扉が開いて、イーリスだけが入ってくる。呼吸が荒く、薄ら笑った彼女は、とても正気のように思えない。
使用人も下がって、部屋にはアンジュと私、イーリスだけになる。話が出来るように下がってくれたのか……意図がわからなくて、ゆっくりと近寄ってくるイーリスを呆然と眺めていた。
ふと、アンジュが、私に向かってくるイーリスとの間に入って、彼女を見つめた。
それ以上は、近づくなと言う意思表示だ。
私もそれ以上、近づかれるのは怖い。
「は、……はぁ……何故、何故ですか」
「……な、何が」
「ぎ、義務でしょう、貴方の、ぎむでしょぉ」
正気な人間の喋り方では無い、私は彼女の一挙手一投足を見逃さないように、見つめた。
「熱からも、守られてぇ、獣人からも守られてぇ、貴方が、私を、ぅゔぅぅ」
変な抑揚と語尾を伸ばす言葉。アンジュの睨みも意に介さず、前後に揺れるように歩き、伸びすぎた前髪の隙間から、人間とは思えない獣の様な瞳が私を捉える。
そして彼女は服の裾から、複雑な形の球体を出した。魔力を纏わないその球体に、アンジュは訝しげに眉を潜めるだけで、すぐに反応をしない。
私は、すぐにそれが何に使う物なのか理解した。
見覚えがあったのは、私がマナンルーク出身で、クリスティナ様とよくお茶をしていたからだろう。
一度だけ、彼女のそばで、それを使った人間を見た事があった。
その時のクリスティナ様ったら「お洋服が台無しね」といった以外反応しなかったのだから、驚いたものだ。マジックアイテムより使い勝手が悪く、威力がない、使った本人も無事ではすまないが、相手に致命傷を与えられる。自爆に近い攻撃方法だ。
カチッと押し込む音がした、私は、アンジュのしっぽを引っ張って、無理やり前に出た。
特に深く考えたわけじゃないけれど、アンジュは守らなければと思ったのだ。
ボコンと、燻った音がして、閃光に目がくらむ。
咄嗟に距離を取ろうとイーリスを突き飛ばしたので、爆弾に触れそうな程近かった両手が、私の意志とは真逆の方向に吹っ飛ばされる。パキンと弾ける小さな音が二つ付随して聞こえて、私は強く目を瞑った。
……?
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