103 / 139
クリスティナ その2
しおりを挟む数日後、俺たちが国に帰る前日に、大きなパーティが催された。
日中には、沢山の人間が挨拶に訪れ、母上はそれに気さくに返事をしていく。こういう場で俺は話をする必要はないので、会話の内容を頭に入れつつ、会場内を見渡していた。
いや、見渡していたのでは無く、先日会ったクリスティナの動向を自然と目で追っていた。
また今日も、騎士を連れて公爵と共に、社交に励んでいる。
この後は夜会もある、成人前の俺たちのような子供は退室するので、その時間になったら声をかけようと決めていた。
このままでは泣き寝入りのようで情けないし、何より、もう一度話をしてみたかった。
そうして時間が経つのを待っていると、事件は起こった。それは、ほんの一瞬の出来事だった。
母上に話を振られ、他愛のない答え返し、またクリスティナを観察しようとすると、先程まで居た場所から消えている。
移動したのかと思い、周辺に視線を向けると慌てて会場から飛び出していく騎士の姿だけが見えた。
俺は、思わず獣の姿になって走り出した。
姿を変えると室内は、鼻の曲がりそうな程、強い香水や料理、人間の匂いで充満していたが、そんな事も気にせずに人の間を縫って全速力で駆け抜けた。
魔法で扉を開け、廊下で、血の気の引いた顔をしている騎士に掴みかかる。
「どうした!何かあったのか?!」
「っ、あ、貴方は………!っ、いや、クリスティナが、急に」
「お前騎士だろ!なぜ追わない!」
「っ!!どこに行ったか分からないんだ!」
その返答を聞いて、すぐに獣の姿に戻る。分からないわけない、残り香が、一直線に続いている。不自然に空いている窓から飛び出し、庭を抜ける。
あいつの香水の香りは、一人だけ違っていた。女性が皆、花の香りを身につけているのに、彼女だけは、甘すぎる菓子のような香りだった。
そばに寄ると強すぎて、嫌いだと思ったが、今こうして追うことが出来ている。
獣の姿で駆ければ、すぐに彼女に追いついた。
彼女というか、彼女を誘拐した、複数名の男たちにだが。
彼らはフードを被っており、俺は深く考えずに、クリスティナを抱えている男の腕に噛みついた。
「っ、きゃっ」
「おいおい、なんだ?!聞いてねぇぞ!!」
「だっ!っ……痛ってぇ!クソ、クソっ」
地面に転がったクリスティナを庇うように、男たちとの間に入る。
全部で四人、うち一人は、俺が噛みつき腕を負傷して、少し後退した。
ほか三人は、二人がナイフを抜き、一人は見慣れぬものを構える。
「あ、貴方!何してるの!」
「……お前こそ、この状況は何だ」
「見ればわかるでしょう、誘拐よ。誘拐殺人になるかもしれないけれど」
「ああ!良い、わかった。背後に走ってくれるか」
悠長に話をしている暇は無かった、三人の男性は、こちらの隙を伺って、ジリジリと距離を詰めている。
ただのゴロツキじゃない。当たり前だ、あれだけ大勢の貴族が集まるパーティで、難なくクリスティナをさらって見せた。
どこかの貴族が依頼した、傭兵のようなものだろう。
……勝てそうに、ないな。
魔力を練りながら、自分に出来る精一杯の威圧をする。
王子として有るまじき行動だった、誰にも告げずに来てしまったうえに、相手の戦力を見誤った。
最悪だな、母上に怒られるぐらいで済むだろうか。
一人がナイフで切りかかってくる、魔力弾を打って、攻撃を避けるが、俺の攻撃も当たらない。
獣の姿になるべきか……そうした方がまだ、死なずにこの状況を脱する事が出来そうだが。
いつまで経っても、クリスティナは走り出さない。
立ち上がりはしたが、後ろから動かない。
「何している」
「走れないのよ、足を捻ったみたい。代わりに……耳を塞いで!!」
咄嗟に両手で抑えると、パンと破裂音が響き渡って、空高く光が打ち上げられる。
救難信号のつもりだろう、ただし会場まで距離がある、誰かが気がつくとは思えない。……あるいは母上なら、俺の行動に、なにか気がついてくれていないだろうか。
「チッ、さっさとズラかるぞ」
「あぁ」
焦ったのか、二人同時に切りかかってくる。
避けるばかりで、獣の姿になる暇さえない、魔力弾は、一つも当たらず、腕や胴に切り傷が増えていく。
本当に命をかけている戦いなのだと、痛みに実感して、体が思うように動かない。
大胆に攻め込まなければ、いつか背後を取られて、終わりだと言うのに、攻撃ができない。
「ッ!っ、」
一呼吸おいて、攻撃をしていた二人が、ふと後退する、今のうちに獣化をと考えた瞬間、ドンと魔力弾が、腹に打ち込まれる。
背後に控えていた三人目は、魔法が使えるらしい。
目の前の二人に集中しすぎて、周囲の確認ができていなかった。
ぐらりと視界が歪み、その隙に、一方の男のナイフが胸元に届く、大きく腹まで切り裂いて、飛び退く。
痛みが酷く、腹を押さえる手に生暖かいヌルッとしたものが付着する。気持ち悪さに顔を顰めた。
死ぬのか、こんなところで?
自分の迂闊な行動を叱ってやりたいが、今そんな事を考えても意味は無い。このままやられるわけにはいかないと、母上から貰っている、マジックアイテムに手を伸ばす。
いざという時に使えと言われているものだ。
腕から乱暴に外し、奴らに向かってほうり投げた。
発動の条件は、俺が意図した相手に投げる事。
到底相手には届かずに、地面にカシャンと音を立てて落ちたが、それは、ずわっと黒い闇を一瞬で広げて、闇に入った二人を溶かすように包み込み、全く何も無かったかのように、ナイフの男二人は消え去る。
残ったのは、使用済みのマジックアイテムのみだった。
1
あなたにおすすめの小説
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる