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クリスティナ その1
しおりを挟む幼い頃……と言っても、十歳ぐらいの時だったと思う。
マナンルークの前王が崩御し、国には、無類の女好きと言われた王の残した、王子、王女が、空席のままになっている王座を狙い、いくつもの思惑が交錯していた。
そんな混乱の最中に、俺と母上はマナンルークへと渡った。新たなる王を見極め、王座につく前に渡りをつけておくためだ。山ほど、マジックアイテムや魔法道具の贈り物を持って俺達は人間の国へと向かった。
事前に収集した情報から、有力な貴族達と顔を繋ぎをし、時には援助の約束をする、ほんの一ヶ月程の滞在だったが、港の大使館を拠点に忙しなく活動していた。
そもそも、人間の国、しかも、これ程魔法の発展していない、たいして技術も無い国に、母上と俺が行かなければならない理由は、その時はあまり理解していなかった。
「あら、素敵なお耳」
彼女の第一声は、それだった。
先程まで母上と貴族らしい態度で、会話をしていたのに、彼女は歳が近いからか俺には砕けた話し方をした。
マナンルークの王城のガーデンパーティでの出来事だった。参加者はそれほどおらず、その日のメインの社交相手は、幼いクリスティナではなく、クリスティナを押している後見人の公爵だった。本来は、母上をもてなすには、クリスティナの母親が出てくるべきであったが、病気がちで滅多に社交の場に姿を見せない人であったため仕方がなかった。
挨拶程度に母上と言葉を交わし、クリスティナは、俺の元へとやってきた。
無礼だし、その上、香水が強い。吐き気がするな。
魔法で匂いを散らすように風を吹かせた。ふわっとクリスティナの髪が風をはらんで揺れる。
栗色の髪に茶色の瞳。さして美しい髪も、瞳も持っているわけでは無いのに、着飾るドレスが、目元を飾るシャドウが、纏う宝石、その全てが彼女のために選ばれて、洗練され、美しくクリスティナを引き立てていた。
そして、クリスティナは乱れた髪を治す仕草も、そのまま俺に向ける視線も全てが、完成されていて、嫋やかで、美しい。
本物の高貴とは、こういう者を言うのだろう。
「急に魔法を使うだなんて、驚いたわ」
「……臭かったのだから仕方ないだろ」
「あら、そうかしら。お気に入りの香水なのよ」
俺が直球に言葉にすると、背後に控えている騎士が、じっと俺の事を睨む。圧力も出さずに威嚇のつもりか、どう考えても、歳若い騎士ひとりだけでは姫を守れないと言うのに威勢がいい。
素朴な顔立ちで、俺よりも少し年上だと感じる青年騎士がクリスティナの後ろには控えていた。
……ああして睨んでくるところは、エクトルに似てるな。
「ねぇ、あたし、疲れたわ。テーブルにつかない?」
「茶も菓子も口にしなくとも、無礼だと騒ぎ立てないのであれば」
「いいわよ。あたしは食べるけれどね」
そうして、無礼な美しいその少女とテーブルにつき、向かい合って、話をすることになった。
そそくさとメイドが動いて、あっという間にティーセットが用意される。何度、言っても、ここではこの茶しか出さないらしい。
手をつけることはなく、いい加減理解の無さに呆れて、背もたれに体を預けた。
「なんだか憂鬱そうね」
「……気のせいだ」
「そうは見えないわね、可愛いお耳が伏せってしまっているもの」
クリスティナは、器用にティーカップをつまんで、紅茶を飲みながら俺に視線を向ける。
……非常識な奴。そういった事は、口に出さないのがマナーだろう。人間に通用するかは分からないが、子供が自分の感情を隠しきれないことを同じ年頃であっても、指摘するべきじゃない。
「無礼な人間だな。……お前も緊張してるだろ。本当は獣人が怖いと見て取れる、言わないでいてやった俺の気持ちも汲めないのか」
獣人の中でも聡い方では無いが、圧力も出せない子供の人間の挙動ぐらいなら、誰でもわかる。
テーブルに着く時も、視線だけは俺から離さず、なにか砕けた事を言う時にも、表情だけは平然と取り繕っていたとしても、心音はうるさい。
大人になると、無意識にか人間でも魔力が滲み出るように纏うようになるので分かりづらくなるが、それでも感度の高い獣人ならわかる。
俺の言葉に、また心音が大きくなる。無礼な態度はクリスティナなりの虚勢なのだろう。図星をつかれて、喚かれると面倒だと思ったが、謝罪をする気にもなれない。
……マナンルークに来て、獣人を受け入れる気が微塵もない人間の対応に、俺は腹を立てて、何度もこうして、幼い姫やら、王子やらに同様の対応をしていた。
ただ、これ程強気な姫も珍しいがな。
また母上に怒られるだろうかと、クリスティナに視線を向けると、彼女は口を引き結んで、少し眉を下げただけだった。
「ふふ、手強い人」
「……」
「強がってる女を許すぐらいの甲斐を見せてくださいな」
首を傾けて儚げに笑う。言葉とは裏腹に、媚びているようにはまるで見えない。今まで、マナンルークでいや、タリスビアでも、見た女性の中で一番印象深い表情だったのを覚えている。
彼女が何を考えているのか、分からない。
理解できない獣人の性質に怯えるでもなく、権力に媚びるのでもなく、プライドを傷つけられて怒るのでもない。
「……」
あえて形容するのなら、辛そうだと思った。
悲痛に泣いているのでも無いのに、笑っている無礼な女性に、そう思ったのは初めてだった。
「すまない」
「あら、なんで謝るのかしら」
「少し、疲れが溜まって、気が立っていたようだ」
思わず、謝っていた。
謝罪など、こちらに非があると認めるようなものだ、すべきではないのに、口をついてでた。
「うふふ、ねぇ、本心よ」
「……は?」
「獣人に気後れしていたのも本当だけど、素敵なお耳だと褒めたこと。本心からよ」
先程の笑顔とは違って、より美しく、花が開くようにクリスティナは、笑って見せた。
流れるような仕草で立ち上がり、テーブルに手をついて、耳の付け根を親指で軽く撫でる。
「ふふ、ふわふわ」
「はっ……ぅ」
心底驚いた。俊敏に耳に触れたれたというのでは無い、単に令嬢らしく柔らかな動きで、急所に触れたらた。
触れる事を許すつもりなど無かった。今すぐ手を振り払ってやろうと、思ったのに、体が固まって動くことが出来なかった。
「お愛顧ね。私もいま、貴方が緊張してることわかるから」
「っ~、っ、……」
魔力を使われた気配は無かったのに、頬が熱くて、軽くめまいがした。
心臓の音がけたたましく鳴り響く、動揺して俺はそのまま獣化し、母上の元に走った。
去り際に、クリスティナの鈴のような笑い声が聞こえた気がした。
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