お前のこと、猫ちゃんて呼んだろか!!

ぽんぽこ狸

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母の記憶 その1

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 俺は養子だ。
 
 ユスティネ様の息子ではないし、エグバート様とは何の血の繋がりもない。この城で、居場所があるのは、ユスティネ様がお腹を痛めて産んだ、クルスだけだ。
 
 そして、俺に居場所があったのは、母が死ぬ前までだ。つまり、世界のどこにも俺の居場所は無くなった。
 
 いや、本当は父が生きていた時までだったのかもしれない。
 
 ユスティネ様の実家であり、俺の本来の生家は、クラッセン公爵家だった。由緒正しい貴族の血筋であったが、俺の母様と、ユスティネ様の女性二人しか家に生まれず、ユスティネ様は次期国王となる、エグバート様に嫁ぎ、姉である、母様は家を守るために婿取りをすることになった。
 
 父様と母様はとても仲が良く、半分は恋愛結婚と言っていいほど、仲睦まじい夫婦だった。そんな暖かかった家庭のことを、ぼんやりと覚えている。
 
 俺は父に似ていて、耳も尾も父そっくりの長毛。獣化した時の姿も、特殊な父の家系を受け継いでいた。親類は良い顔をしなかったが、母だけは「なんて可愛い」といつも褒めてくれた。
 
 それに、尾には少しだけ、クラッセンの血筋である、暗い毛色も混じっていて、母様曰く「本当に私たちの子供なんだと思えて、とてもステキ」なんだそうだ。
 
 父が死ぬまではそうして、幼少期を過ごしていた。歯車がおかしくなったのは、父がマナンルークではない人間の国に、大使として出向いたまま帰らなくなった時からだ。
 しばらくして、訃報が届く。
 
 母は、しばらくの間、部屋に引きこもり、出てきた時には、既に狂っていた。
 
「ルカ、人間を許しちゃダメよ」
「死んで、滅んで然るべき劣等種族なの」
「あいつらは姑息な手段で私達から家族を奪ったのよ」
 
 女性らしく朗らかで、笑顔の多かった母の面影は、何処にもなくなくなり、人間を差別する言葉を俺に言い聞かせた。子供心に逆らってはいけないと感じて、俺はうんうんと頷き、復唱した。
 
 そうすると、何か苦しみから解放されるように、母は悲しげに笑った。こちらからそう言った発言をしてやると、さらに笑みを深くする。こうして時間を過ごせば、元の母が戻って来るのだと俺は信じていた。
 
 母様は爵位を継承し、俺が成人するまでの中継ぎとして領地の経営から、その他仕事、全てを請け負い、家を支えた。
 
 酷い重圧が、母にのしかかり、次第に彼女は、心を壊していった。他に支えてくれる人が居れば、父の事を過去の悲劇にして前を向けたのだろうが、母は、父を忘れようとはしなかった。

 父の代わりに俺が母様を支え無ければと、勉強や魔法の修練に明け暮れまた時が過ぎる。
 
 当主を失った家が段々と安定してきたころ、母はあれほど憎いと思っていた人間を屋敷に迎え入れた。
 
「ルカ、新しい使用人よ」
「母様……」
「えぇ、貴方が何を言いたいのか分かるわ!こんな穢らわしい生き物を屋敷に入れて不満でしょう?でもね、私にも考えがあるのよ。我慢してね」
「……はい」
 
 初めて目にした人間に、俺が抱いた感想は、ただ普通。耳と尾と圧力が無いだけで、ただ普通の獣人と大差ないように思えた。
 
 もっともっと、醜い生き物だと思ってた。もっと卑下た表情を浮かべていて、化け物のように知性が無いのだと勝手に想像していたが、初めて屋敷に来た人間はただの弱々しい女性だった。
 
 数日の後、彼女は何者かに惨殺されて死んだ。今思えばあの女性は、不当な人身売買でタリスビアに輸入された人なのだと思う。
 
 その人間のよくつけていた首飾りを母は、父の小さな肖像画の前に供える。心底嬉しそうに。
 
 あぁ、この人は、おかしくなって居るのだと気がついて、後戻りが出来なくなった。
 
 それから、人間の使用人が入ってきては死に、また入ってきては、すぐに死ぬ。俺はただそれを、呆然と眺めて、父の肖像画の前に増える形見を見て見ぬふりをしていた。
 
「ルカ。この子はユリア。養子にしたのよ。ほら人間、挨拶なさいな」
「ぁ、はい、わたくし、ユリア・フォン・ベッカーと申し、ます」
「あら、その姓はもうな乗れなくてよ。ユリア」
「は、はい!申し訳ございません」
 
 ユリアと名乗った十歳にも満たない幼子は、あからさまに母様に怯えていた。
 母様の態度を見ればすぐに、彼女も、父様に供える気なのだとわかる。ただ、歳の近い子供だったのがいけなかった。俺は、涙を浮かべて謝罪を続ける少女に、手を差し伸べた。
 
「母様、ありがとう。俺、歳の近い兄弟が欲しかったんです」
「……あら、ルカったら、この人間が気に入ったの?」
「はい」
「そう、良いわよ。好きにしなさい飽きたら私が責任を持ってあげるわ」
 
 少し不満そうに、眉を下げた母様だったが、それ以上、ユリアに対して酷い態度をすることは無かった。
 一応は養子という名目だが、どうあってもユリアの扱いは、使用人より少しマシな程度だった。
 勉強や訓練を終わらせた後にユリアの部屋に行くと彼女はいつも疲れ切っていて、それでも、俺が来ればとても喜んだ。
 
「……ユリアはどうして、タリスビアに来ることになったの?」
 
 ある時、彼女の勉強を見てやりながら、ほんの少しの好奇心で尋ねた。
 ユリアは、顔を上げて、少し考えたあと、ぽつりという。
 
「お家が厳しくなっちゃったのです。国王陛下がほうぎょ、されて、支援をして貰ってた、私のお家は末の娘の私の面倒が見れないって」
「降嫁したら良かったのにね」
「姉様達は皆そうなりました。でも、わたくしは幼すぎて……」
「そっか」
 
 結婚出来る歳まで、育てられない。そんなことになるのなら、なぜ産んだのだろう。獣人の子に産まれていれば、生活水準が落ちはしても、こんな身売りのように知らない土地に来ることも無かったはずなのに。
 
 俺が不躾な事を聞いたせいで、ユリアはぽたぽたと涙をこぼし、堪えるように泣き始める。
 
「……泣かないで、ごめんね」
「っ、う、うぅ」
 
 背中をさすってやると、ユリアはすがりつくように俺を抱きしめた。
 俺だってこのぐらいの歳の時には、まだ両親が居て、いつでも抱きしめて貰えた。だから、少しでもこうしていて、その心の傷が埋まるのなら、それでいいと思う。
 
「っ、ふ、うぅ、……でも、良かった。っ、ぅ、わたくし辛い船旅も耐えてここに来て、きっともっと酷い目に、会うと、思っていたから」
 
 酷い目には、今もあっていると思ったが、わざわざ口には出さない。周りの獣人は全員母様の影響で、人間を軽蔑している。俺がこうして目をかけて居ると知っていても、視線や些細な行動まで変えることは出来ない。
 
「ルカ様っ、に、やさしくして、貰えて、わたくし、幸せ、です」
「……うん」
 
 そう言ってユリアは屈託なく笑った。
 彼女の優しい性格は、そばにいて苦痛にならなかったし、正直、父様を失いずっと張り詰めていた屋敷の雰囲気にも俺は疲れていた。
 
 それから一ヶ月も経たないうちに、ユリアは熱で倒れた。




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