お前のこと、猫ちゃんて呼んだろか!!

ぽんぽこ狸

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母の記憶 その2

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 他の人間が死のうと、見て見ぬふりをしていたのに、その時だけは、動かずには居られなかった。
 母様の寝室に訪れて、事情を説明すると全て知っていたかのように母様はすぐに答える。
 
「魔力に当てられなのでしょうね。知っての通り、人間には纏うだけの魔力が無いのよ。だから、この土地の地力に晒されて、なおかつ、ルカ、貴方はそばで魔法を使ったでしょう」
「……使いました」
「だからでしょうね。それで、どうして、ユリアを助けなければならないの?」
 
 当たり前のように母様は首を傾げる。こういう反応をされる事はわかっていた。ユリアが来てからも、人間の使用人は何人も入ってきては、死んでいたし、やはり俺はそれを見て見ぬふりをしていた。
 
 助けたいと、素直に行ったら、母様はどんなに怒るだろう。……いや、怒りはせずに、きっと悲しむんだと思う。
 今まで母様を理解している振りをしていた。今だって、何より大切なのは母様だ、ユリアには悪いけれど、それでも、協力仰ぐなら、言うべき言葉はわかっていた。
 
「……死なれては、困るんです」
「何故?」
「ユリアが死んだら、泣いたり、苦しんでる姿が見られなくなるでしょ?母様」
 
 なるべく無邪気に見えるように、純粋な残虐行為を楽しんでいるように俺も笑いかけた。
 母様はぱちぱちと瞬きをして、やはり、心底嬉しそうに笑う。
 
「ああ!良かった。ルカ!そうよね。貴方が本気でユリアに陶酔してしまったのだと心配したわ」
「そんな事ない、から。だから」
「そうね!人間に薬を作ってあげましょう。ユリアには間に合わなくても、次の子はもっと長く持つはずよ。楽しみにしていて」
 
 母様の言葉を聞いて、俺は絶句した。

 よく考えれば当たり前の事だ、人間は外見こそ獣人に近しいが、作りが違う。効く薬など、タリスビアにあると、どうして考えたのだろう。
 
 失意のまま、ユリアの部屋に行くと、ユリアは既に息絶えていた。冷たく冷えていて、憔悴しきった血の気の無い顔に、父様が死んだと知った時、以来、初めて涙を流した。
 
 それから、代わる代わる養子はやって来た。男児だったり女児であったり、俺より年上だったり、気ぐらいの高い子だったり、総じてその子達は、俺の手が届かない所で勝手に死んで行った。
 
 いや、俺が殺したと言っても過言では無いだろう。母様に同調して、俺が人間を傷つけることを望んでいると勘違いした母は、次々に、子供を連れてくる。
 その合間に、母様も人間の使用人を屋敷に入れる。
 父様の肖像画のそばには、死んだ人間の形見が沢山飾られ、異様な光景を生み出していた。
 
 ただ、人間を殺していっても、母の心は一向に救われる事は無かった。
 俺もいつしか、養子にやさしくするのをやめた、母様と同じように、差別する言葉を吐き、嫌われて、人間を殺す事の罪悪感を薄めていた。
 
 憎悪と軽蔑にまみれた日々に、段々と心がすり減っていく。夢を見ることが増えた、初めてユリアが死んだ日を見て、それから死んだ俺のための養子が、次々に俺を責め立ててくる。
 それが夢か現実か分からなくなって、起きている時でも、俺を責める声が聞こえる気がした。
 
 そうして、一年がすぎた、相変わらず、母の心は弱っていくばかり、人間を殺す事だけが、母様の救いになっていた。
 
 ある日、母様の部屋に尋ねた時の事。扉の向こうから、異様な音がした。
 水を飲まされながら言葉を放つ声と、ベットの軋む音。

 俺が部屋のすぐにそばに居ることは、獣人ならすぐにわかるはずなのに、その異様な音は止まることが無かった。
 
「母、様……?」
 
 ノックもせずにドアノブをにぎりこんだ。うっすらと血の香りがして、何かとんでもない事が起こっているんじゃないかと思い、扉を開く。
 
 ぎ、ぎぎ、とベットのスプリングが音を立てる。
 
 薄暗い部屋の中、むせ返るような血の匂いがして、そこで母様は、最近雇った、人間の男に、犯されて居た。
 
 途端に息が出来なくなる。
 
 全身の毛が逆立って、ぼんやりとしていた世界が、現実味を帯び始める。
 
 見て見ぬふりを、していた結果だ。
 これが末路なのだと、まざまざと見せつけられた。
 
「……っ゛あ゛、が、ぎっ」
 
 死にかけの獣みたいな声がして、母様だとすぐに気がついた。
 
 生きてる……?……生きてる、まだ、生きてる!!
 
「母様!!!」
 
 大きな声をあげると、必死に腰を動かしていた、人間が心底驚いたように、こちらを振り返る。
 一瞬俺と目が合って、硬直した後に、ベットから飛び降りて、母様の返り血を必死にぐしぐしと拭いながら、俺の横を過ぎて走り去る。
 
 俺は、母様そばまで駆け寄る。ベットがびっしょりと血を吸って、床にまで滴っていた。
 
 母様が、ふらりと起き上がる。
 その胸には、深々と、ナイフが突き刺さっており、スカートは破られ、酷く辱められたあとだと察したが、そんな事は俺にとっては最優先では無かった。
 
「す、ぐに!治します!俺が!治すから」
「ごほ、がっ、ごっ……やめて」
 
 魔力を込めようと、手を触れたのに、母様は俺の手をとって、ぼんやりと俺を見つめた。
 
 ボロボロと熱い涙が、頬を伝って、子供のように泣きじゃくる俺の頭を母様はゆっくりと撫でた。
 
「ルカ、ね、ほら。人間は、ゴホッ、ぐ、つっ、こんな事、する生き物のなのよっ、は、」
「……っ、母様」
「嘘を着いて、騙して、っ、ふふ、私を刺したのだもの、はぁ、はっ、決して、許しちゃダメ……よ」
「あ、あぁ、血が、母様!」
「わかった?……もう、人間を助けようなんてっ、ぐぅ、ゔ、っ、考えちゃだめ」
「わかった!わかったから!母様!死んじゃうよ」
 
 駄々っ子に言い聞かせるように、母様はゆっくりと、俺にそういい含んで、俺が、肯定すると、ニンマリと笑った。
 
「そう、いい子ね」
 
 その言葉に、もう治していいのだと俺は思って、手を伸ばすと、母様は自らの胸に刺さっているナイフを引き抜いて首筋に当てる。
 
 そのまま、もう片方の手で、首にナイフを強く押し込んで、スライドする。
 
 あらぬ量の血が、ホースから出る水のように吹き出して、雨のように降り注ぐ、その光景が永遠に続いているように思えて、今でも瞼の裏に焼き付いて離れない。
 
 
 



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