デボルト辺境伯邸の奴隷。

ぽんぽこ狸

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 酷くされるぐらいだったら、恭順を示して優しくされる方がいい。いつもなら、こんな思考に至るまで相当な時間を要するが今日に限っては、そうも言っていられない。

「おや、大人しいね。そう愛らしい行動をされるといじめたくなる」
「ッ……うっせ」

 相変わらず、自分の声は遠い。焦点が合わず、視界に映る光景をただ認識しているだけだ。
 そんなぼんやりとしていても、居心地の悪い不快感は消えずに、襲ってくる。意味もなく暴れだしたくなるような、腹の奥の方が煮えたぎるような心地。

 ふと、ヴァレールの服の中に手を入れ腹を撫でる。

「うっ!……っ、」

 下腹部を往復するようにさすられて、足がカタカタと震えた。彼のつけている指輪がほんのり冷たい。

 直に触られている場所に感覚を集中していると、おもむろに首筋にキスを落とされる。

「ひぅっ」
「君は、やはり小さいな」

 言われる程、小さくも無いはずだ、痩せ型なのは認めるが、身長はそれなりだ。

 じゅっと首筋を吸われて、体がビクンと跳ねる。
 跡をつけられた、確認せずとも、ピリッとした痛みで分かる。

 咄嗟に彼の腕を振り払おうと力を込めるが、込めたつもりになっただけで実際には、体は緩く自分の腕を持ち上げただけだ。

「こうも、弱々しいと、折ってしまいそうで怖いな」
「あ、っう!っ、う」

 そんなことを言いつつ、下腹部にグッと力を込められる。今までこそばゆかっただけの感覚が、形を変える。

 足をばたつかせることも出来ず、体は恭順を示し続けて、振り返ることも、逃げ出すことも出来ない。
 腹を抑えられているということが何となく、彼に所有されている感覚を強めて少し恐ろしい。

「しかし、何故だろうな。君を見ていると本能的な欲求が湧くものだ」
「ッ……っ、っは、はぁ、」

 何が言いたいのかはよく分からない、とにかく肩で息をしていると、項を熱い舌がべろりと舐める。

 それは大きな肉食獣に味見をされているような心地で、ゾッとする。

 恐怖を感じるまもなく、グッと項の薄い皮膚に歯が立てられる。

「い゛っ」
「……ん」

 容赦のない痛みに、さすがに腕が動いたが、彼に強く抱き込まれていて、意味のある行動は取れない。

 「いだっ、いてぇ、っ!!」

 声を上げて、苦痛を訴えるのに、噛まれる力は変わらずに、離されない。
 涙が滲んで、振り払おうと首を振るが、ほんの少し動いただけで、そんな気力も無くなる。
 ただでさえ、声を出すだけで、自分が想像している声が耳に届かずに、混乱してくると言うのに、体の自由もきかない。

 というか、血が出てるんじゃないだろうか。こんなに強く噛まれたら、死んでしまうような気さえしてくる。

「や、め、……ヴァレールっ、なぁ」

 抵抗を一切やめて泣き言を言えば、ゆっくりと力が抜けていく。

 口を離されると噛まれていた部分が、ジンジンと痛い。それを彼はゆっくりと舐める。
 ビリビリと痛みが響いて、その度に体が反応する。

 「っふ、っはぁ、っ、いてぇ、ンだけどっ、なあ」

 力を振り絞って声を出すが、返事は帰ってこない。
 
 こいつ、たまにこうやって黙るけど、ろくな事ねぇんだ……よな。

 そう考えた時には手遅れで、右側の首筋をひと舐めされ、ガブという効果音が似合いそうな程また強く噛まれる。

「ッ~~っ、てぇ、っあ゛あっ」

 先程と同じように、体は何とか暴れるが、それほど長続きする気力もなく、すでにくったりと諦めて彼に身体を預ける。

 「……っ、……っ゛っ、ン゛っ、あぐっ」

 俺の反応を確かめるように、何度も同じ場所に強く歯を立て、その度に、強く抱きしめられる。
 
 白のチュニックが視界の端で赤いシミを作っている。こいつと、行為をしていて流血したのは初めてな気がする。
 
 また、グッと強く噛まれて、ゴリと肉が妙な音を立てた。痛みに、体が動く事は無くなり、視界がぐると回転して、涙がこぼれる。

「あ゛っっ」

 意味が分からない事をされているのに、なぜか自分の性器は熱を帯びたまま収まることは無い。

 首元の生暖かいぬるとしているものが血なのか彼の唾液なのか検討もつかないが、死にそうな感覚に、視界が狭窄する。
  俺の反応が薄くなると、ヴァレールは左側の耳を悪戯に噛んで、それからゆっくり焦らすように、首筋にキスをしたり、跡をつけたりする。

 その間にも、傷跡から血が出てるような出てないようなとにかく、体調を崩した時の不快感と混ざって、気を失いそうになる。
 けれどその度に、彼の愛撫のようなキスに快感を覚えて何とか気を保つ。

 ぐっと、歯が埋められ、いよいよ食いちぎられそうだと思う。
 汗と涙は出るのに、声は自分でも聞き取れない音になって無い小さな悲鳴が漏れるだけで、妙な心地良さがある。
 
 というか、視界がぱちぱちと弾けて腰が震えた。
 妙なスイッチがまた入ったのか、快楽が痛みを痺れさせて混ざった酷い感覚が、襲ってくる。

 触れてもいないのに、性器が酷く反応して、射精をしていなくても、達したような気がする。

「ッああ゛っ、っ、……ふ……っ」
「…………シリル?」
「ッ、……っ、はっ、」
「……」

 我に帰ったのか、ヴァレールの声が聞こえる。自分を呼んでいるらしいが、声を出す気になれない。そもそも、黙れと言われていたことを思い出す。

 射精もしていないし、催眠が解けない、それに、食い殺される直前の草食動物みたいになってしまっている気がする。暴れる気も罵る気も起きない。
 単純に疲れたような、まどろみの中にいるような感覚がする。

「しまった、やりすぎたな」

 そう言って後ろから彼は俺の目を覆って、またパチッと光をはじけさせる。
 体が勝手にガクッと反応して、それでも、ぼんやりとした感覚は抜けずに、体を預けていれば、ヴァレールは俺をベット上に仰向けに寝かせる。

「シリル、聞こえているかい」
「……ッ、は……っ」
「シリル」

 彼は座ったまま俺の首元を緩く撫でた。ビリビリとした痛みが、襲ってきて、これ以上は不味いと思い、彼の手を掴む。

「さ、わんな」
「……あぁ、反応はあるな。良かった」
「……あんたのベット、汚れるぞ」
「構わない、すぐに治す」
「……」

 彼は首に手を添え、緩く安心させるように微笑んだ。魔術で治すつもりなんだろう。どうやら、彼のなにがしかの欲求は満たされたようで、もうギラギラとした獣のような雰囲気は感じない。

 俺は話をするのも億劫だし、彼の魔法の影響か、上手く思考がまとまらない。ただ、何となしにヴァレールの手を払い除けた。

「治すな」
「……そのままでは跡が残るよ」
「残せよ。俺は、いい。……すぐ消せたんじゃ、意味がねぇだろ」

 他人の体に、噛み跡もキスマークもつける理由は跡が欲しいと少なからず思っているからだ。それは、責任になる。そういうことを望んだのだという責任。
 その跡をつけるような行為をしたという事実まで消してしまいたくない。
 傷がゆっくりと癒えて、その跡が消えるまで、見る度に思い出すその事に、意味がある……ような気がする。

 ヴァレール相手に何を思っているのかと自分でも思うが、要は当てつけだ。
 彼に対しての、俺の肉付きを気にするような心配するような事を抜かしておいて、彼の中に存在する加虐的な趣向が俺を傷物にしたのだとそう、本人に自覚して欲しい。

「……あんたが、俺に向けてる感情は、庇護や、同情だけじゃねぇって、印だ。……消すな」
「手厳しいな。自らの体を使って印なんか残さずとも、私は君を庇護対象だけだとは思っていないよ」
「うるっ、せ。……じゃあ、何だ捕食対象か?」

 彼の上から降りて、ベットへと転がり自分でも傷に触れてみる。
 熱を持っていて、ぼこぼこしている、彼の歯の形がしっかりと刻まれていて、心做しか背筋が寒くなる。

「食われるかと思った……」
「……カニバリズムには興味が無い」
「……?じゃなんで、噛んでんだよ。いてぇし」
「さぁ、君が鳴くのが愛らしかったからじゃないかな」

 そう言って、ヴァレールは傷をなぞるように指をはわせる。

 猫が獲物で遊ぶようなもんか?

「しかし、君の反応にも驚いたな。催眠状態だったにしろ、酷く痛がっていただろう?」
「……」

 ヴァレールに問われて、何となく俯く。痛みが快楽にすり替わったのはまた変なスイッチがはいったからだとして。妙な心地よさというか、あの抵抗する気が起きない感覚は、酷く痛かったから、だろう、所有されて、逃げるという選択肢を奪われて、今まで出会った中で一番深い仲の相手の中で、息の根を止められるという事が酷く甘美な事に思えた。

 死への願望が強まったような気がして、そのまま目を瞑る。彼とこのまま関係が続いていったらいつか、近いうちに、死にそうだなと思った。





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