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しおりを挟む部屋に戻ればいつものようにモーリスは、机に向かっており、眉間に皺を寄せて、小さく本の内容を読み上げる。
一目で眠そうなのは分かるし、最近は彼の綺麗な金髪もツヤを失っている。
とりあえずと思い、部屋の隅のいつもの定位置に戻る。
腰を下ろして、膝を引き寄せた。
何かトリッキーな話題の振り方でもしてみようか。いきなり、真剣に話を振れるほど度胸はない、何か混乱した隙にポロッと話させてしまうのはいい手段じゃないだろうか。
動揺しそうなことを考えながら、モーリスの動向を探る。今日も気合いを入れるためにコーヒーを飲んでいるらしい。彼は砂糖も入れていない苦いだけの汁が飲める人間らしい。
……こう、俺が部屋で躓いて、コーヒーをこぼしそれで、掃除している最中に……。って、それなら、普通に仕事を一緒にしているときでいいじゃないか。
もしくは、いきなり殴りかかって、引き倒して、喋らせればどうだ。
引き倒す事はできるだろうが、喋らせるまで、抑え込むのは無理かもしれない。
……。
「なに」
「!」
「ソワソワしていると、集中できないんだけど?どうしたの?」
俺の視線に気がつき、モーリスは目線だけをこちらに送る。少しイラついている様な口調に、聞きたかった事がいえなくなる。
どう誤魔化そうかと考えて、数秒開けたあと、思い直して口を開く。
「何であんた、最近ずっとそんなんなんだ」
「は?」
気を使うなんてのは、その後ちゃんと遠回しにでも、相手のことを気遣った言葉を使って伝えられる人間のやる事だ。
「あんた以外も、無理して、こん詰めて、理由を聞けば誤魔化して笑う。いい加減理由を聞かせろよ」
「……お前には関係ない」
疑問を一蹴されて、喉が詰まる。彼とこんな険悪な雰囲気になったのは初めてだ。
それでも、意見を言え、話をしてくれと望んだのは、あんたらだ。
やっぱりやめろと黙って何も言うなと、命じられればそんな理不尽でも受け入れる。だから、今はまだ、黙らなくていいはず。
「何があんだよ、俺には本当に関係ねぇの?無理して働く連中を止めようと思っちゃいけねぇのかよ」
「なに、急に食い下がってくるじゃん。やめてよ。僕に聞かないで」
「何で話したがらねぇんだよ。聞く権利ぐらいは俺にもあるだろ?なぁ、モーリス」
さらに食い下がり、言葉を続ける。モーリスは本を手が白くなるまで握りしめて、俺の方へと顔をあげた。
その表情は俺を責めるように睨んでいる。
「お前はっ!!」
「……」
「お前が……」
やるせないような、苦しいような、そんな痛々しい感情がむき出しになって、モーリスの瞳が俺を射抜く。
乱暴に立ち上がって、部屋の隅でうずくまる俺の胸ぐら掴んだ。
「黙っててくれない。僕、多分、余計なこと言っちゃうから」
予想外の言葉に、抵抗もせずに、モーリスを見つめ返す、モーリスは何故か、酷く苦しそうで、胸ぐらを掴んだまま壁に勢いよく打ち付ける。
彼は力が強いのでそれだけで後頭部がごっと音をたてて壁に打ちつけられ少し視界が揺れる。
「っ……」
「本当は、僕はっ……」
「んだよ。今更、俺が気に入らなくなったか」
「黙ってくれって!!」
声を荒げられて耳がキーンと痛む。何故かここまで来ると、もう、彼がどんな反応をするのかなんか怖くはなく、不思議と口が動く。
「俺、なんかしたか。あんたがそんなに取り乱すの初めて見る。そんなに言えねぇ事なのか?なんか俺が関係してんのか」
「っ!!!」
勝手に持ち上げられて身体が浮く、壁に強く押し付けられて首元が苦しい。
苦しいが耐えられないという程でも無く、モーリスの返事を待つ。酸素が吸いづらく、息が荒くなる。
クソ、馬鹿力。
「っ……」
抵抗は多分無意味だ、こんなに狭い場所で、逃げたって意味は無い。それに、なんでか、モーリスの方が苦しそうだ。
本来、良い奴だから仕方が無い。こんな事をやりたくないし、他人との対話は殺すばっかりで慣れてないんだろう。
「……抵抗しろよ、……その、お前の……」
その先の言葉は声が小さくて聞こえない。
はっきりいえよ。
分からなくて、モーリスを見つめる。
彼は意を決したように口を開いて、それでも何も言わずに、グッと口を閉ざした。
それから手を離す。
俺は何とか壁にもたれかかって自分の足で立つ。急に酸素を吸い込んで、少しむせた。
「……お前は、悪くないよ。……エミリー様とフェリシーの命日だったんだ」
「けほっ、っ命日?いつが」
「あの王都に行った日、墓参りだったんだよ。エミリー様のご実家近くにある教会に二人は入ってるから」
やはり、王都に出張にいった時が原因らしい。
どおりで誰も、ヴァレールを止められないわけだ。
「首、痛めてない?」
「ん、大丈夫だ。……エミリー、さまってのは、奥方だろ。フェリシーってのは?」
「一人娘だよ、ヴァレール様の。それで僕の大事な妹」
モーリスは一歩距離を置いて、今にも泣き出しそうな表情で続ける。話をさせてるのは俺だがその顔を見ていると、少し申し訳なくなる。
「ちょうど、ヴァレール様が担当の亜人種族が、統率を失って、勝利が確定した頃だった。僕らはその日も、警戒をしていたし、武装もしていた。だから、襲われたとしても、ヴァレール様もエミリー様もフェリシーも、守りきるつもりだった」
「……」
「でも、君が知ってるとおり守りきれずに失って、今のこんな寂しいお城があるだけ」
モーリスの声は少し震えていて、後悔の色がにじみでていた。彼は、フラフラとした足取りで、ベットまで向かいそのまま大の字に倒れ込む。
顔だけ上げて、胸元の服の下につけているであろう逆さ十字を握りこんだ。
「僕だって命日が来る度、たまらなく悲しくなるけど、ヴァレール様は死者のために何ができるか、そればっかりになるみたい」
「だから、仕事……」
「そう、でも僕らには止められない。護れなかったから、あの人に失わせてしまったのは僕らだから」
そうして、今いる使用人は、自分をすり減らすヴァレールを見て、自分の罪悪感を深めているのだろう。
「ね、あんまり君に関係ないでしょ。知ってても何も出来ない」
「……」
「本当は止めたいよ、無理はしないで欲しい、僕だってこれ以上、家族を失いたくない」
この屋敷は、使用人との距離が近いと思ったが、モーリスだけはそれが他の使用人より一歩踏み込んでいるように思う。ご主人様のことを家族だと言い、主人の娘は自分の妹。
ヴァレールが自分のことを顧みないほど、思い詰めているのはわかった。自分の仕事の報復のせいで家族を失うなんて、悔やんでも悔やみきれないと言うやつだろう。
ただ、こんなに、思ってくれている、家族がヴァレールにはあと一人残っているのに。
そいつの事は見えていないんだろうか。熱心にヴァレールの仕事を手伝い、支えて同じ痛みを分かち合うべく、頑張っているのに。
「無理すんな、現実見ろって言ってくる」
「ふっはは!!馬鹿っ、話聞いてた?家族を思って無理してるんだから、水を刺すような事しないでよ」
「……あんただって、ヴァレールの家族だろ。あんたがあいつの事を大切にする分、されるべきだ」
「何っそれ、血の繋がりも無い、比喩だよ家族ってのは。僕が勝手にそう思っているだけ!」
「血の繋がりなんか意味ねぇよ。それに、あいつ、人には無理すんな、休んでいいって言うぞ。自分が言われる筋合あるだろ」
「……あー、……やだやだ。これだからシリルは。まったくさ……」
ランプに灯りをつける、アルフレッドには怒られるかもしれないが、ヴァレールをどついてでも、無理を辞めさせようと思う。
「……」
「いってくる」
「……」
モーリスは返事をする気がないのか、ごろっとベットの上で寝返りを打った。
扉を開いて、廊下にでる。
「シリル」
扉を閉めようとすると、モーリスはこちらに背を向けたまま、俺の名前を読んだ。
「頼む」
「ああ」
力無い声がいつもと違いすぎて、妙に部屋に響いた。
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