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24 家族愛 その二
しおりを挟む……ダニエラは昔にそういう事でもあったのかしら。それにしてもその気持ちを何も悪くない子供に向けるのは論外だけど……。
数回こうしてダニエラの理不尽なクリストハルトに対する押し付けを見ていたラウラは、そんな風に思った。
彼女の言い分はいつも同じで、彼女の気持ちがなんとなくわかるような気がしていた。
ダニエラはラウラと同じでとても地味だ。地味でそして潔癖なほどに髪もきつくまとめてアクセサリーの類も化粧も一切していない。
華やかで美しいものに対する、妬みの気持ちもラウラも少しは理解できる。
けれども、妬みうらやむのならば否定するのではなく、取り入れようと努力してみたり、尊敬して自分もそれを望んでいるのだと受け入れるべきだ。
その気持ちすら受け入れなければ、自分が悪魔になってしまう。
それではいけない。
そんなラウラの哀れみの気持ちとは裏腹に、ダニエラは今日に限って一線を超えた。
入口から入ってきたラウラ達には見えない位置で持っていた小瓶を取り出して瓶のコルクを抜いた。
「ぼ、僕は悪魔なんかじゃ……ありません」
クリストハルトのか細い声が響く。大人の意味が分からない糾弾に怯えて声は少し震えていた。
「そんなわけないでしょう! いいですかこれをよく見てください、教会に注文していた聖水をいただいてきました! これであなたの悪魔からもらった力を少しでもなくしてしまいましょう」
「や、やめて、ください」
「避けてはいけません、そんな風に嫌がるということはやはり悪魔なんだわっ」
ダニエラはクリストハルトの腕をつかみ、頭からジャバジャバと聖水を浴びせる。
聖水などと言っても、祈りをささげて薬草を煎じただけの水だ。害はない。けれども彼にとって恐ろしいことに変わりはないだろう。
「っ、冷たっ」
クリストハルトは体をビクつかせ、涙を浮かべていた。
そろそろいいだろうと魔法をラウラが解こうとしたとき、すでにマリアンネは駆けだして、それと少し遅れてグスタフもラウラの手から離れていった。
「ダニエラ!! なにをしているの! あなた、なんてひどい!」
悲痛な声でマリアンネは叫び、すぐにクリストハルトの元へと駆け寄っていく。
グスタフはダニエラにつかみかかり聖水の瓶を奪って投げ捨てた。
……。
ラウラは魔法を解き、彼らの事を見つめていた。
「何が悪魔よっ、この場に悪魔がいるとするならば、あなたの心にいるのだわっ!」
「お、奥様?! 旦那様まで? 一体いつからここにっ」
「そんなことはどうだっていいだろう。ダニエラ、君には失望した! まさかこんな事をしていただなんて、私たちがこの子のことで悩んでいるときに、君はどんな気持ちで話をしていたんだ?」
「わたくしは、わたくしは、ただ、この悪魔からこのお屋敷を守るために……」
ヘルムート子爵夫妻に知られたこの状況でもダニエラはしどろもどろになりながらも同じような主張を繰り返す。
しかし、その主張はグスタフの逆鱗に触れたらしく、常に温厚で優し気な彼は大きな声で怒鳴りつけた。
「守るだと? 君のせいで何もかもをなくして、苦労して縁を結んだ子を不幸にしただけのクズになるところだったんだぞ! 私は自分が情けないこんな簡単なことに気がつかなかっただなんて!」
「そんな……旦那様、違うんです。わたくしは━━━━」
「何も違うことなどない、君のような人間こそ、この屋敷にふさわしくないんだ」
ダニエラの両肩を掴み、グスタフは怒気をはらんだ声を浴びせて、彼女の言葉を封じた。
しかしそれでもどうにか弁解をしようとしていたダニエラに、クリストハルトを抱きしめていたマリアンネが冷たい声で言った。
「グスタフ。そのぐらいで今はその人を連れて出ていって。クリストハルトも怯えているから」
「お、奥様。聞いてください、わたくしは━━━━」
「解雇して、この屋敷にも一切近づかないようにという念書を書かせて出ていかせて」
「ああ、そのつもりだ」
「そんなっ……待ってください、奥様っ、奥様!」
マリアンネはダニエラの言葉には一切耳を貸さずに、すぐに決断をしてクリストハルトにとって最善になる選択をした。
その言葉に深く頷いたグスタフはマリアンネに続けて弁解をしようとしていたダニエラを引きずるようにして部屋の外へと連れていく。
廊下に出ても彼女の声はしばらく響いていたが、声が遠くなりやがて聞こえなくなると、厳しく扉の方を見つめていたマリアンネは、自分の腕の中にいるクリストハルトに視線を向けた。
それから、咄嗟の勢いを失ってマリアンネはすこし戸惑った様子だった。
しかし気遣いつつも笑みを浮かべて、クリストハルトの頬の水滴をぬぐって優しく言った。
「……ごめんなさいね。わたくしったらつい、抱きしめてしまって……」
体を離して、マリアンネはとてもやさしい顔をしてクリストハルトの手を取った。
「濡れてしまっているし、温かいお風呂に入りましょう。怖い人はもういないわ。ごめんなさい……こんなことに、なって、でもとにかくあなたが風邪をひかないようにするのが最優先ね。
お話も、謝罪もその後だわ、さあ、行きましょう」
手を引かれて、怯えている様子だったクリストハルトは、立ち上がろうとしたマリアンネに無言で抱き着いた。
ぎゅっと強くマリアンネの肩筋に顔をうずめて、表情を崩した彼にラウラは、よかったと思った。
ラウラが会った時にはすこし大人びた子だと思ったけれど、その顔は年相応に見えるし、本気で涙を流しているようだった。
そうして縋れると思える相手がいるのはいい事だ。
「っ、ごめんなさいね。あなたにつらい思いをさせてしまって……」
「……っ、ふっ……っ、グズ」
流れ落ちる大粒の涙は、マリアンネのドレスの襟にしみ込んで、静かに泣く彼からラウラは視線を逸らした。
頼れる相手がいるのはとても良い事だが、クリストハルトは多分プライドが割ときちんとある方だと思うので、お手伝いの事務のお姉さんなんかに泣き顔を見られたくないだろう。
そう思って、静かに部屋から出た。
そして廊下を歩きながら、家族やその愛情がある人間はとてもいいなと思ったのだ。
『スッキリとする解決でよかったな。ラウラよ』
「うん。そうだね。これならきっとうまく回っていくと思う。お二人とも優しい人たちだから」
『……お主の両親とは違って、か?』
ラウラの気持ちを見透かしたようにニコラは隣をスイーと飛びながら聞いてきた。
先を行っていた彼女はふわりと髪を揺らして振り返り、ラウラにやさしく笑みを向けた。
『なに、お主にはわしがいるじゃろう。ずっと一緒じゃ、今までもこれからも……それに、お主を望むものはこれから山のように現れるはずじゃ、寂しくなどないぞ』
……たしかに私にはずっとあなたがいてくれた。今までもこれからも。
その言葉だけでラウラは、満たされる。ラウラの大切な人は一人だとしてもここにいる。
しかし果たして、ラウラを望むものが山ほど現れるとはどういう事だろうか。
首をかしげてもニコラは、すべてを説明してはくれずに、くすくすと笑いながら先をふわりと飛んでいったのだった。
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