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44 贖罪 その一
しおりを挟むラウラは今日ディーブルク伯爵家の人間がアイヒベルガー公爵家にやってくるとフェリクスから聞いた。
フェリクスはラウラにまったくもって顔を出す必要もなければ、むしろ会わないでほしいほどだと言った。
その言葉の裏にはラウラに嫌な思いをしてほしくないという気持ちがあることはわかっているつもりだったが、ニコラが言うには家族と会ってちょっとでも心変わりをすることを警戒しているらしい。
相変わらずラウラはフェリクスが考えていることをあまり深く理解はできていないという事だけはよくわかる。
しかし、いると聞くと気になるし、もちろん会いたいとかそういう気持ちではないが、仮にもラウラの家族が結婚相手に迷惑をかけていないかという点が気になってニコラとともに透明化して応接室へと向かった。
姿を消したまま、中へと入ると、フェリクスはラウラの家族全員を相手に厳しい表情をしていた。
もちろん、フェリクスが彼らに怯むような人ではないとわかっていたし、従者のハーゲンもいるのだから大丈夫だと思う。
それでも気分的な問題で、彼の隣に座った。
「そこにサインを、それからこちらには目を通していただいて、それから印と日付です」
静かな声でフェリクスはペンで指してアルノルトに示す。すると父はラウラの想像とは違って、静かに指示された通りに記載をする。
一応は書類を目で追っている様子だったし、その書類には今までよりも高額でアマランスの花を祭りの時期に譲るという内容の不平等な契約が交わされていた。
今までの父であれば、ラウラを嫁にやるのだからこんな契約はおかしいと声をあげていただろうと思うが、アルノルトはただ真剣な顔で書類へのサインを続けていく。
「これは控えになりますので、保管をお願いします。それからくれぐれも商会の方に圧力をかけるようなことがないようにお願いします。
ディースブルグ伯爵。商会に務めている中には、俺に直接連絡をする術を持つ者もいくらか配置しているので、そういうつもりで動いていただけるとありがたいです」
「…………善処しよう」
「では、本日は以上になります。……が、このような大所帯でいらっしゃったのには訳があるのでしょうか」
あっという間にラウラの結婚は決まり、書類を提出するだけでフェリクスと夫婦になる。
そのことにはあまり現実味がなく不思議な感覚だった。
「……お父さま、私がお話します」
「そうだな。ヴァネッサ。お前に任せる」
「はい」
ラウラが結婚について考えている間に彼らの話は進んで、家族全員で来た理由を問われた父に、ヴァネッサがそっと肩に手を置いて、説明する役割を買って出た。
「フェリクス様。私たちはずっと、妹……ラウラの事を見て見ぬふりをして過ごしてきました。その理由にはいくつかの事件と彼女自身の変わり者っぷりもあったと思います」
「……」
「ラウラの事を正しく知ろうとせず、どこにも出さずに何も与えず、それでもラウラは、ずっと私たちの役に立ってくれていました。
行方不明になった件でラウラの事を聞かれたときに、私たちは何一つ彼女の好むことも、いきそうな場所もどんないい所がある人かもすぐに出てくることはありませんでした」
ヴァネッサは神経質そうな顔をさらにきつく歪めて思いつめているように、フェリクスに言った。
「それを我々はおかしいと思うことが、彼女が同じ屋敷にすんでいる間にはありませんでした。
しかし、居なくなって初めてあの人がどんな人間だったか思い返す機会が出来て、私たち全員の方がどこかおかしかったと知りました。
自分たちと同じ血の流れている家族を蔑ろにすることによって自分たちの仲の歪んだ気持ちを吐き出していたように思います。
父も、母も、妹も……そして私も」
さすがにそんなことを言われたらプライドの高い父も、ラウラの存在を認めたくない母も文句を言うはずだと思ったが、ラウラの想像はことごとく外れて、彼らは弁解も文句をも言わずに静かに神妙な顔をしていた。
「だからこそ、償いを……といってもそんなに簡単なことではないと思います。
けれど、あの人の望んだことをせめて拒絶しない事、応援する事、それから出来る限りまっとうにこれからを過ごして、いつかラウラが許してくれるのなら会えたらと思っています。
どうか、そのことをラウラに伝えなくても構いません、ラウラの選んだフェリクス様がそう言っていたと言ってもいいと思えるようになったら言っておいてくださりませんか」
「…………押し付けがましいお願いで申し訳ありませんわ。どうか、あの子の事をよろしくお願いします」
「……」
ヘルミーネは絞り出すようにそう口にして、父は終始口を開かなかった。その理由はきっと失言をしてしまわないようにするためだろう。
彼らには別にこんなことをして徳は一切ない、まだラウラの結婚を渋って交渉する方が大貴族に対するせめてもの牽制になるはずだ。
しかしその手段を投げうってそろって頭を下げた。
もしかしたらフェリクスの事を良く調べ上げて、彼がぬかりない人間だとわかったから、こうしてフェリクスと結婚することになったラウラを尊重しているようなことを言って何とか良い思いをしようと考えているのかもしれない。
そういう可能性だってあるだろう。しかし、ラウラはヴァネッサのよく考えてこの日の為に準備してあっただろう言葉を、アレだけ頑なだった母のラウラに対する言葉を、父のせめてもの沈黙を信じたくなった。
信じたいと思って、鼻の奥がつんとして、やっと初めて嬉しいとそのあとで思った。
「わかった。……それにラウラが知る気があれば、ラウラはいつでも知ることができるようになっている。もし彼女が君らを許すつもりがあればいつかまた会うことになるだろう」
そういってフェリクスは隣にいたラウラの腿にポンと軽く触れて、気が付いていることを示した。
……フェリクス。私、嬉しいよ。
はたから見れば何もない場所に彼が手を伸ばしたように見えるかもしれない。
しかしラウラはうれしくなってフェリクスの手をありがとうという気持ちを込めて、彼の手をきゅっと握って、手を返す。
家を出た時からもう二度とラウラは家族に認められることもないし、家族と会うこともないと思っていた。
しかしこんな形で家族はラウラの存在を認めてくれた。それはなんとも言い表せない感動だった。
「わかりました。……では私たちはこれで……」
ヴァネッサは深く頭を下げて、想定していたよりもずっと早く彼らとの話し合いは終わるように思えた。
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