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しおりを挟むオズワルドはファニーを見送った後、温室に残った面子の髪を綺麗にストレートに戻してやってから、またテーブルにつくように言った。まったく状況の理解できない彼らは、誰も反抗することは無かった。
テーブルの上はまっさらで、温室の床には割れた陶器の破片や、お水やチャイがこぼれていて酷い有様だった。ただ一匹のファニーのペットの金魚だけは、無傷のまま木のテーブルの上でちゃぽんと跳ねていた。
「……」
椅子に座った四人を見回して、オズワルドは、やっとこれで終わったと一息をついて後は事後処理さえしてしまえば良いのだから気が楽だった。
ファニーを騙すことは相当に疲れたのだ。ファニーは他人の機微にはあまり聡くないのに、妙なところで核心をついたことを言う。そんな彼女にバレないように今回の事を計画するのは大変だった。
「っ、あああ、あんなの、に、人間じゃないっ!!」
震えながら言った彼女は、今日一番アグレッシブに感情を揺らして行動を起こしてくれたプリシラだ。
彼女はファニーと血のつながった兄弟のはずなのに、どうしてか性格がまったくファニーに似ていない。
「そうだ、あれはっ、悪魔の力でも借りたに違いない!死んだ人間が息を吹き返すだなんてありえないだろ!!」
プリシラの声に反応するように、カーティスは頭を抱えてそういい、他の二人も心底恐ろしいという顔をしている。
彼らは、ファニーの編み出した特別な魔法に夢中らしい。そして確かに、ファニーのあの魔法を編み出した工程を知っていなければオズワルドだって同じように思っただろう。
たしかに理論上は出来ないことは無いとは思ったが、本当に成功させてしまうとは、いまだに信じがたい。
しかし、そういう熱意を少しでも自分の立場だとか、自分の人生を守るために使ってくれたら、オズワルドだって、もう少し早くファニーをこんな状況から救い出すことが出来たのだが、そうじゃないから彼女が愛おしいと思うのもまた事実だった。
「……人間じゃない……か」
ファニーの所業を口々にそういう彼らの言葉を復唱してそれから、オズワルドは、頭の中でこれまでのその彼女のドッキリと合わせて自分のやった事それから、今彼らに言うべきことを思い浮かべた。
……まず、シャーリーからファニちゃんが変なドッキリをしようとしているという情報を得たのは本当に偶然だった。
今年の春に結婚してしまう彼女、しかし、婚約者にも親友にも兄弟にも大きな問題があった、それはここまで彼女の前で明らかにした通りだ。
しかしそれをどうやって、僕が知っていて、彼らをファニちゃんに関わらせたくないと思っているのかを伝えるのか、そしてこれ以上ファニちゃんのそばにいるなら容赦をしないという本気度合いを伝えるには、なにをするべきか、それにはいくつか案があったがどれもインパクトが足りなかった。
けれどもファニちゃんが自ら行う仮死魔法、これと絡めれば相当な恐怖と関わるべきではないという強い意志が生まれる、そう考えてからは早かった。
ファニちゃんには悪いけれども、最終的にベアトリクスに毒を譲ったのもタイミングを計ったのも僕だ。
それ以外のタイミングで勝手に殺されるわけにはいかなかったのだ。だからファニちゃんが仮死に使う呪いと同じ植物の毒を使って、毒の盛り方にもそれとなく情報を流しタイミングを合わせた。
そのおかげでベアトリクスは罪を犯した事を告白したし、後は、それぞれから、それぞれの材料で脅して聖女の殺害未遂としてベアトリクスをつるし上げることが出来る。
ほかの人間に対しては、罪に問うことはしない。しかしながら、そんな彼女にとって楽しくない価値観と生き方で側にいて、押し付けてファニちゃんから搾取するなんて許せない。
「人でなしは、君たちだろう」
呟いてから、人間じゃないと言っている彼らに視線を向けた。パンっと手を叩いてから視線が集まったのを確認して、オズワルドはいつもの通りに平坦な声でよく彼らに聞こえる様に言った。
「……君たちが思っているより、ファニちゃんは、ずっと強大な力を持っている」
これは脅しなんかではなく、事実だ。きっと彼女は女神の加護によって何かしら不思議な知識を与えられている。そのせいで変な言葉を使ってしまうのだ。
「見て分かる通り死なないし、毒を盛られても平気だ」
しかし、そんなことは丁寧に教えずに、彼らとは全く違うのだと、言って青ざめる彼らにさらに追い打ちをかける。
「それは女神の強い加護があっての事だろう。加護があるのだから、その分害したものへの反転した呪いがあることを君たちは知っているかな?」
嘘八百を並べ立てるしかし、誰もこれが嘘だとは断言できない。女神の力というのは、それだけいまだに未知のものなのだ。それにたしかに幸運の女神の加護を持つ聖女は、幸運を運ぶ代わりに裏切ると天罰が下るという伝説もある。
「今まで彼女から加護を得ていた君たちは、彼女が知ったら一生恨まれてもおかしくない罪を犯した。今はすっかり僕の言葉を信じているから、良いけれど、もし僕がすべてを真実だと明かしたらどうなるか……」
合点がいったのか、その場にいた全員がやってしまった事を、ファニーにさらしてしまった事実を思い出す。それからごくっと息をのむ。
「それを理解できるだけの頭があるのなら、ファニーから加護を受けるのをやめて、今後一切、関わるな」
口調を強くして、わざと声を低くした。別に怒ってなんていない。ただ軽蔑しているだけで、こういう人間たちは山ほど知っているし、のうのうと生きているのだって承知している。
「あの子は僕の唯一の楽しみで、大切な”よりどころ”だ。誰もその汚い手で触るのなんて許さない」
世界中にそんな人間がごまんといるのだとしても、ファニーの周りにいることだけは許容できない。彼女にはただ楽しく生きるために生きていてほしい。彼女のその生きざまを奪う人間は、誰であろうとも容赦はしない。
「分かったら、ファニちゃんが戻ってくる前にさっさと消えてね」
最後に誰もかれも信用できずに、だますことしか脳のない彼らに捨て台詞を吐いた。
「あ、そうだ。僕がうまい事ごまかしておいてあげるけれど……ファニちゃんだって馬鹿じゃない、いつか真実に気がつくかも知れない。けれど、それは僕の責任じゃないから、精々、彼女の人生に関わらないように注意を払って生きていってね」
一番最初に席を立って逃げ出したのはベアトリクスだった。彼女が一番今回の件で罪が重い。納得の判断の速さに少しオズワルドは笑った。それから、つられたように、彼らは駆け足で我先にと温室を出ていった。
これですべてが終わりだ。後は、些末な事後処理しか残っていない。
種明かしはこれでおしまい。これでやっとファニーに楽しいだけの居場所を与えて、自分もそう生きられるのだとほっと息をついてオズワルドは椅子の背もたれに体を預けるのだった。
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