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そういうタイプの化け物か……。6
しおりを挟む……私は、何者かになりたい人だった。けれど何も出来ずに自分を定義するものを見つけられずにいた。それでも、それを望むのが人間の性だと思ったし、私はそれがとても大切だと思っていた。
私とは、真反対の人なのかもしれない。王子様なんて言う大層な地位はあるけれど、何者かである事に意味を見出していない。誰かの恋人になりたい、仕事で充実している人になりたい、そう望むものが彼の中に無いから私に問うのだ。
そう考えるとしっくりと来て今までのローレンスの言動が何となくわかる。あからさまなスキンシップと私を責め立てる言葉、厳しく無感情な態度と優しく朗らかな表情。
それからあの観察するような瞳。
全部、私からの反応を引き出したかったから起こした行動だとすれば分かるような気がする。
そして、本物の彼はじゃあどんなのか、というは、今の言葉たちはとても素っぽく感じた。
「クレアには……もう少し憎まれ役に徹するべきだったかな。まぁ、イレギュラーだったんだ仕方ない」
ローレンスのことは、憎くはない。けれど好きでは無い。というか、一般的な常識家庭の中で育ってきたので、人をものすごく憎んだ事がそもそもない。
「クレア、ねぇ、もう少し怖い人という定義を教えてくれ」
知らないし分からない、というか結局この人の根本がわかったからと言って、なんのために私を魔法使いにしようとしているのかは不明のままだ。
そして、私の思い描くローレンスを彼が完全に理解できたら、それは結局、変わらず手のひらで踊らせるのだろう。その私の感情を理解して、ローレンスは動くのだろう。
きっとそうやって原作でも、色々操っていたんじゃないだろうか。ララに魅力的に見えるように演じて、クラリスが動かざる負えない状況を作った。
そして、地位の無くなったクラリスを今度は籠絡しようと画策する。イマココだ。
じゃあ、その手から逃れたクラリスはローレンスより一枚上手だったのかな。
そう思うと少し嬉しい。
彼女はどうやって、ローレンスの思い通りにならないようにした?それはクラリスがローレンスはこうであって欲しいと願いを開示しておらず、彼を愛して嫉妬に狂ったように演技していたからだ。
「……ふふ」
「何か面白いことでもあった?それとも痛みのせいで、頭が可笑しくなっているのかな」
なんて言葉だ。冗談のつもりだったらまったく面白くない。もしかしたら本物のサイコパスなのかもしれないなこの人。
「今のままでいいんじゃない。……貴方は別に」
なんだか彼にもう何も言う気も起きなくて、眠たいので目を瞑る。そうずると、ローレンスは急に私に覆い被さるようにしてベットに上がってきた。スプリングがギィっと音を立てて軋む。
「眠るな、私が話をしているだろう?君にそんな権利はないよ」
目を開いて、じっと彼を睨む。
……自己中だなぁ。
でももういい、何も言うまい。だってなにか望むと私の想像をローレンスが受けとっていいように操られてしまうのなら……何も見せないことだ。ローレンスに何も望まなければいい。
クラリスのように嘘はつけないから、重要なのはせいぜい彼に何も言わないことだ。
抵抗するきもなくローレンスを見上げていると、彼は自分の魔法玉を出してふわりと光らせる。翡翠の瞳が夢のように美しくて、ぼんやり見上げた。
「君への接し方は何が正解なんだろうね」
「ありのままでいいんじゃない」
「……魔力を込められるかな」
「できない」
「……」
無言の笑顔で私を圧力をかけられて、しかたなく、魔法玉をチカチカ光らせた。遊び心のつもりだったが、ローレンスは何も反応を示すことなく、私を見続けるので大人しく魔力を込める。
こう何度もやっているとわりと慣れてきて、簡単に光が灯る。
そうすると彼は、私の魔法玉と一緒に自分の物を合わせて握りこんで、私の頬に手を添えた。その瞬間に全身の肌が粟立つ。生理的な嫌悪感を覚えて思わず、うっと嘔吐く。
「君の魔法玉に異常があった時点で、対策ぐらいは立ててあったからね、仕方ないから直してあげよう」
「うぐっ」
血液型の合わない他人の血をだくだくと輸血させられているような気持悪い、異物感に、胃の中のものがせりあがってくる。
嗚咽を漏らして、喉が引き攣り涙が滲む。
頬や肩に光が集まって私の傷を癒していく、熱く発熱するように一度痛みが大きくなったあと、ゆっくりと引いていく。
シュワシュワと魔力の音なのか傷が治る音なのか変な音が聞こえて、頭がぐわぐわする。
「簡易魔法玉を重複使用するのと同じ原理だ、君の魔法玉のコアは欠損している。それを他のコアでこうして補えば、君は魔法が使えるという事だ。教えずに君が苦しんでいる所を見るのも愉快だと思ったんだが……弱っていては虐めがいがない」
吐きそう……気持ち悪い。
朝以降何も食べてないし、なんなら朝だってろくに食事が取れていないのだから、胃の中は空っぽのはずだ。それでも胃液がせり上がってくる。
光がふわふわと霧散して、治療が終わったと思うと、ローレンスは私の脇に手を入れて持ち上げベットから降ろし、乱暴に立たせる。
「ほら、私がわざわざ君の世話を焼いてあげたんだ、少しは罵るなり媚びるなりして見せてくれ」
私の足は産まれたての小鹿のようにガクガクと震えており、立ってるだけで息が切れて、苦しい。治ったからと言って傷ついたことは無かったことにはならないようだ。体力を沢山使っている。
「クレア、足を震わせてる場合じゃないよ?口を使って話をしなければ、私の計画に君は必要だけど、健康である必要はどこにも無い。死んでなければどうとでも使いようはある」
はひ、はひと私はまた、可笑しな呼吸を繰り返し、膝を抑えて座り込んでしまわないように、体に酸素を取り込み続ける。
「私の言葉が理解できないのか?これ程、丁寧に、君一人のために王子である私が手間をかけてやっているんだ、お礼のひとつでも口にしてくれないか、いくら私でもこう反応がないと寂しさを覚えてしまう」
両手で頬を包まれ顔を上に向かせられ、強制的に彼と目が合う。
「ああ、せっかく魔法で君を治したというのに、どういう訳か顔が蝋人形のように真っ青だ、可哀想に。でも私が話せと言っているんだよ?無理してでも答えなければならないよね、出来ないのなら、処刑してしまうかもしれないな」
ひゅっと息を飲む。言葉の濁流に飲まれて、すべてがパーっと真っ白になって、そのまま意識を飛ばした。
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