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そういうタイプの化け物か……。5
しおりを挟む「……」
「……」
吟味するような視線に耐えられなくなって、ふるふるとかぶりを振った。
「使えないのよっ!私じゃダメって事!ローレンスはっ……、察してるんでしょ?!」
痛みを堪えて声をあげる。私をクラリスと区別する彼は、中身が違うと言うことに気がついているはずだ、そして中心の欠けた魔法玉。きっとそういう事なんだろう。
それじゃあどうなる?私は魔法使いにはなれない、きっと落第だ。ローレンスは私を処刑する?まだ死にたくない、死んでいい時なんかないけど、まだっ、こっちに来たばかりだ、でもこの世界で生きるすべも分からないし逃げ出すことだってきっとできない。
初手が詰みの状態で、ローレンスの一手でギリギリ生かされている状況だ。こんな欠陥があるとわかったから……。
先程の夢で見た死の光景を思い出して、胃がキリキリといたんだ。ストレスで胃潰瘍になりそう。
私の痛みと死に対する恐怖で不細工に歪ませた顔を見て、ローレンスは黙り込んで、それから顔を逸らし、はぁとため息をついた。
「命乞いでもしてみたらどうかな?」
取り繕った笑顔で、そんな事を言うものだから、さらに彼の人間性が信用ならなくなって、本当に落第からの処刑コースまっしぐらのように思えた。
それでもこんな、人として大切なものが欠如しているような人間に媚びる気になれなくて、ブンブンと首を振って否定する。
「目的とは関係ないのだけど、少し気分がいいな。君が必死に願うなら聞いてあげるかもしれない」
さらにそう言われて、何故、機嫌を良くしたのかも分からないし、どこまでも上から目線なのも嫌になって私は口を開く。
「貴方、労るだとか、同情だとか、真剣って言葉をっ知らないの?!」
「私が君を重んじる要素がどこにあるのかな?愉快に手のひらで踊るはずだった人形の足が悪かったら、普通は直ぐにゴミ箱だよ」
「だったら、そんな人間扱いしない駒のつもりなら、……ッ、ぐ」
大きく表情を動かしたせいで頬の切り傷が痛む、押さえるとガーゼ越しに血が滲んでいたのか手にべっとり血がついた。
そんな玩具の人形ようなつもりで私をここまで連れてきたと言うのなら、キスしようとしたり、抱擁しようとしたりしないで欲しい、背を撫でるような事もしないで欲しい。
私の中でそれらはすべて、大切な人にしかやらない事なのだ。だから、ローレンスへの判断がおかしくなる。『ララの魔法書!』では王子様らしく優しくて朗らか、今だって優しげで朗らかで王子らしさは消えてはいないがやっている事、言っていることはサイコパスだ。
重なって、ぶれて、貼り付けられた笑顔で、何がローレンスなのか、まったく分からない。いっそ残酷であるだけならば、コンラットのように私を乱暴に扱えばいいのに。ぎゅっと拳を握ると、手についた血がぬるっとして、そうだったと思う。
……血を止めなきゃ、手にこんなについてる。
圧迫して出血を止めようとガーゼをぎゅっと抑え込むのに、赤い液体がポタポタと落ちていく。痛みに頭が白くなっていく。自分を落ち着けるように深く呼吸をした。
これからどうなるのか、私はどうしたらいいのか。目の前にいるこの人は一体何を考えているのか。多すぎる疑問に流れ落ちる血。涙が頬を伝ってさらに嗚咽が呼吸を邪魔して息苦しく感じる。
ダメだとわかっていつつも、必死に酸素を取り込むように早く呼吸を繰り返す。
もしかすると死の恐怖でパニックを起こす障害が発生しているのかもしれない。大丈夫、良くあることだ。きっと突発性のもの、時間を置けば改善するはず。
そう、考えてもヒューヒューと酷い音を鳴らす喉と、回らなくなっていく頭。
変に指先が冷えて震える、そしてそれが電波するように体が震え出す。
「……処刑がそれほど怖い?」
冷静な声が聞こえて、顔を上げる。やっぱり私の状況を心配するという感情は微塵もないように思える。
違う、死ぬのは怖い、血も今は多分とても苦手になったと思うし、怖いけれど……。
過呼吸の理由も多分それだけど。ごくんと唾液を飲む、数秒息を止めて、吸っていた息をゆっくりと吐く。
出来るだけゆっくりと……。
ヴィンスの血を見た時には、こんな風にはならなかった。それはもちろん人生で一番恐ろしい死という体験をしたのだ、それを連想させるものでパニックに陥りやすいのだろう。
でも絶対……決定打はこの人だ。
この悪魔みたいな男のせいである。
息を吸う時もゆっくりと、苦しいけれど少し呼吸を止めて、歯の隙間から細く吐く。
焦って喋らず、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「怖いのは……貴方……こんなに酷い人、初めてあった……クラリスの言ってた通りね、本当に……嫌な、人」
「クラリスが……か」
私の言葉に意味ありげにローレンスは笑う。言ってしまってから私は、言ってはいけない事だったはずだと気が付いた。クラリスはローレンスに対して、好意的な感情を抱いていると思わせるようにしていた。それなのに、そんな風に言っていたなんて、知られるのはまずいだろう。
けれどもこれ以上何も言う気は起きなくて、猛烈な眠気がやってきた。痛みも酷い、ものすごく疲れた。
「今は、そこまで問い詰めるのは、やめてあげるよ…………私は、これだけ接しているが、君の望む私というものが一向に見えないな」
うとうとしつつ、ベットの柵に体を預けた。
「優しい王子、憎むべき相手、媚びを売るべき目上、秘密を共有する愛人?どれでも私を当てはめて、君の好きに私を思い描けばいいだろう?」
ローレンスの目は翡翠色だ、神秘的だがその目には、何も感情が宿らない。私の魔法玉の真ん中みたいな、何も移さないガラス玉のようなのだ。
「怖い人とは、なんだろうね、クレア」
ふとした問いが、心からの真剣な言葉に思えて、ぞくと背筋が寒くなる。そりゃ、誰だって、相手の事なんか分からないから、どんな人かを想像して当てはめる。
でも、そのあてはめられた人物像なんて、本人には関係は無いはずだ。他人が自分をどう定義していようと私は私、自分が何者かは自分で決めるのだ。
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