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不眠症ってやつでは……。11

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「そして、魂だけが抜けた体に君が宿った。問題は君が宿った事ではなく、クラリスが体を捨てられたという事実です。こうして身近な物を細工するだけで、それができる。大病を患っている人は、苦しみから解放され、寿命で死を迎えるはずの人間が生き長らえる、そういう希望が生まれてしまう」

 良い事のような気がするが、それはとても混乱した世界になりそうだと思う。人が死ぬという事がどうしようも無く逃れるすべがなく、訪れるものでは無くなってしまうような、そんな固定的な概念を覆すものだ。

「人が死ななくなったら、新しく命は生まれるのか?人で溢れかえった世界はどうなるのか、魔法がそれ以上の変化を見せた時、我々は人なのか」

 私と先生とクラリスがうーんと考えているイラストがペンで指される。どうやら少し子供向けに作ってくれているらしく、問いかける形式でとても納得しやすい。

「そういう沢山の危険がある魔法です。その存在を知られないように務める必要があるのです、わかって頂けましたか?クレア」
「はい……大丈夫です」
「よかった。……本来であれば、君には死んで貰うつもりでいたんです」

 私がなるほど?と考えていると、エリアル先生は先程までと同じようなテンションで、にっこり笑いながら続けた。

「クラリスの安全を守るためにも、体の死は必要でしたから、ローレンスの思惑が別のところにあるとはいえ、とても戸惑いましたよ、クレア」

 背筋がゾッと寒くなるのを感じる。
 これ程までに好意的なのに、当たり前のように私の死を望んでいるのだと思うと途端に恐ろしくなった。

「ですか……やはり心配ですね。君はクラリスに似ても似つかない。君がこれから、どういった生活をしていくにせよ、君はクラリスであるという事を捨てられないのだという自覚を持ってくださいね」

 先生の大きな手が私に触れる。肩を少し強く掴まれて、思わず先生を見上げた。

 ……私はクラリスであると言う事を……捨てられない。ローレンスとヴィンス以外に、私は私であるという事を主張が出来ない。

「期待していますよ、クラリス」

 彼はニコッと笑う。目が見えない、表情が読み取れない。
 
 ……違う、私は“クレア”だ。

 クラリスじゃない。魂は違って、彼女の体を借りて、ちゃんとここに存在している……のに。エリアル先生は、心の底から、クラリスの事しか考えていないのだろう。私の表情など興味が無いといった具合に、書類に視線を落とす。
 
 私自身を見ている人間は、私という存在を知っている人間は、この世に四人。

 ここにいる二人とローレンスと、それから、ふと私はヴィンスに視線を移した。彼らを背後にして話をしていたので、まったく気が付かなかったが、ヴィンスは酷く悲しい顔をして、嗚咽も漏らすこと無く涙を流している。

 目が合って、ヴィンスは眉間にシワを寄せた。それから、小さく、クレアと私を呼んだ。

「先生…………クラリスはヴィンスに……何を」
「あぁ、あの子は元々、ローレンスの傀儡ですからね。廃棄ですよ。ずっと彼にクラリスは苦しめられていましたから」
 
 私の中で彼の言葉に沸いた感情は、憎悪でも怒りでもなく、純粋な敵意だった。

 ……味方じゃない。

 私は彼の手を跳ね除ける。私は魔法は発動していなかったけれど、それでもバシンという音が辺りに響いた。

「先生?……先生、先程言いましたよね、私はクラリスを捨てられないと私はクラリスになったのだと」
「はい、その通りです。クレア。君がローレンスの傀儡であるヴィンスとそばにいると少々厄介です。……けれど、君の駒を奪う事になりますから、彼が抜けた穴うめになる存在を手配しますし、なんなら、君の進級に必要なバッチも僕の権限で与えますよ」

 それで、私達はウィンウィンだとでも言いたいのか。確かにそんな安定した方法で、学校を卒業出来るのなら、私のこの世界での人生だって安泰だろう。ローレンスの思惑はこの二人が阻止すると息巻いているのだし。

 ……でも。……でも、それじゃ、やっぱり違う。それは私の後悔を塗り重ねるだけだ。

 誰も彼も、私を思い通りにしようとして……本当にみんな、自分勝手だ。

「クラリスは罪を犯しているので、ローレンスに様々な権限が委ねられています。基本的には彼の思惑通りに動いているように見せかけ、僕達の指示にしたがってください。そうすれば、君はそれなりにローレンスの元で幸せに生きられますよ」

 そんな生易しい、安寧はいらない。

 ……頑張れ、私。

「先生……」
「なんですか?」
「私……私は、クレアです」

 私がそう言うと、先生の顔から笑みは消えて、声は少し低くなる。

「いいえ、君はクラリスだ。大罪を犯した罪人であり、所詮中身など関係がない。君の魂など、君という存在など、この世に実在しているとは到底言えません」
「だから、何ですか。私が誰かなんて、今こうして話をしている私以外の何者でもない」

 誰がどう私を定義付けるのだとしても、私は私としてここに存在している。

 私が誰かという問いを私が考える事は、ここに私がいるからできる事だ。我思う故になんとやらだ。まごうことなく、私は私だ。

 ややこしい話ではあるが、いつものやつである。私は彼らが望む都合の良い誰かではない。私は“クレア”だ。

「だから、私は私の思う通りにします。まずは、ヴィンスは私の……私の大切な家族です。勝手に廃棄だなんて言われるのは不愉快です」

 勝気にほほ笑む。魔法玉をしまって、静かに泣いているヴィンスの手を取った。

「失礼しました。クラリス、先生。……さようなら」

 パタンと扉を閉める。彼らは、表情の読めない顔で私達を見つめていた。





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