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一難去ったらまた一難……? 3
しおりを挟む朝、何気ない顔で登校すると、クラスの雰囲気は言い表しようもないほどどんよりとしていて、チェルシーとシンシアにいつも通り、おはようと挨拶をする、すると、二人はまるで幽霊でも見てしまったかのように目を大きく見開く。
「…………どうかした?」
チェルシーは椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、口元を押さえる。その音を聞いてクラスの何人かが、こちらに振り向き、ガタンと音を立てた。
「ッ、」
「ひっ」
叫び出す人こそいないものの、まるで化け物でも見ているような反応だ。
しまいにはバタバタとあわただしく教室を逃げ出すような人まで現れる。
…………今朝もちゃんと鏡を見て、髪や体におかしなところは無いか確認してからきているのだが、心配になって後ろからついてきているヴィンスを見やった。
彼は何食わぬ顔でニコニコ笑って口を開く。
「……クレアが昨日の負傷から、まったく問題なく戻ってきた事に皆さん驚いているのだと思いますよ」
「そう、なんだ?」
聞かなくても教えてくれたヴィンスに、私の努力をしみじみ感じつつ、それから妙だと思う。
だってそんなに驚かれたら私が常識外れな人間みたいじゃないか、私からすれば既に、魔法と言う力が人智を超えた存在なのだ今更、めちゃめちゃにされた腕を元に戻しても、おかしくなんかないだろうというのが私の見解だ。
「……クレアの固有魔法は特出したものですからね、急激な回復に驚くのも無理はありません。ですよね、クレア」
「うん?……そうね?」
少し声を大きくしてヴィンスが言う。確かに、私の固有魔法は強化だ、それを寝ている私にヴィンスが勝手に使って、ヴィンスのいつの間にやら取得していた他人を治癒するという力を最大限活用した結果。現在、ピンピンしている。
だから、ヴィンスの言ったことは、間違ってはいないが、正確とも言えない。
現にシンシアとチェルシーは少し戸惑ったような表情で、顔を見合わせている。
今朝、眠っているサディアスを置いて勝手に登校したのが良くなかったんだろうか。彼ならこういった状況も予測できたかもしれない。
膠着状態の教室で、一番に声をかけてくれたのは、近くの席にいた、ミアだった。
「……クレア……それって本当?」
恐る恐ると言った感じで、私も出来るだけ刺激しないように、笑顔を浮かべつつ、こくこくと頷く。
「そっか……それってそれって!本当に、良かったねアイリっ!」
「うん、ブレンダは死んじゃっててもおかしくないってバイロンをすごく怒っていたから、私、お葬式は制服で出ればいいのかなって考えちゃってたもの、ミア」
「本当に、そう!試合で死者が出るなんて思わなくて、私怖くて、アイリもそう思う?」
「うん、模擬戦全然集中出来なかったもん!」
ほんっと怖かった!と二人は両手を繋いでうんうんと頷く。
けれどそんな中、別の女子チームのうちの一人が声をあげた。
確か、リアちゃんと仲良く退学して行った、チームリーダーの所属していたチームの子だ。今は彼女がリーダーをやっているらしく、カリスタちゃんというらしい。
彼女は私を少し怯えた目で見つつ、アイリとミアの二人の肩をぽんと触れて、やはり怯えたように、クラスの一番端で固まっているコーディチームの事を見る。
「でも、その、だからといって誰が悪いと言うことでもないでしょう?ね?」
あまり発言をするべきでは無いと、二人を窘めるように言った。言われた二人もハッと口を閉ざし、眉を下げる。
……コーディに文句をつけていると、取られないようにフォローしたのかな?
このクラスでは、公爵家のコーディが一番権力を持っている。そう言う気遣いも大事なのだろう。
「クレアも気にしてないでしょう?治ったんですから」
手を伸ばされて、肩に触れられる。まぁ、治ったからといって、人を傷つけて良い理由にはならないが私は手を取った。
けれど、私が頷く前に、ミアとアイリのチームなのか、カリスタのチームかは分からないが、呟きが聞こえてくる。
「でも……あんな惨いこと……」
それに反応するように、波が広がるようにコソリと誰かがつぶやく。
「そうだよな」
「あれ見てから、私震えが止まらなくて……」
「自分も同じ目にあうかもって」
「ごめん……っ」
座り込んで、頭を抱える者、また、教室から飛び出す者。様々いて、非難の視線がコーディに集まる。
彼はその冷たいブルーの瞳を私に向けた。
こわい、けれど、光は灯ってない、今は堪えきれない程の恐怖ではなかった。
「私は……大丈───
「あーー!!!もう!!!うるっさいなぁあ!!」
ドンッと、テーブルを叩きつけながらコーディは立ち上がる。意識的にか、無意識にかは判別がつかないが、彼の瞳に魔力が宿る。
咄嗟にヴィンスが動いて私の前に出る。
「はっきり言えよ!!ボクになんか言いたいことがあるの!!!」
ダンッダンッと、自分の拳を机に叩きつける。コーディのチームメイトたちが咄嗟に魔法を使ったが、彼はそのまま机を破壊し、女子生徒が悲鳴をあげて逃げ出した。
それを皮切りに、何人もの生徒が、二つしかない出入口に走り出し、ヴィンスはどこから出したか分からない、小さなナイフを片手に握って、私を庇うように立っている。
「あああ!!っ、イライラする!!」
彼は自分で自分の腕に爪を食いこませて、表情を歪ませる。ここ一ヶ月、物静かに過ごしていた彼とは、まったく違う人物のように見えて、どこか、狂気じみたものを感じた。
暴れる彼をチームメイトたちが全員で押さえ込み、羽交い締めにされ、なお、魔法を使って大声を上げながらコーディは暴れている。
押さえつけられた彼に安心したのか、出入口の混乱は解消して、皆、遠巻きにするように、コーディ達を見守る。
そのまま、団子のようになりながらコーディチームは教室から出ていく。
全員、突然の出来事に唖然として、お互いの反応を伺うような、そんな状況になった。私もさすがにどうするべきか分からず、そしてやっぱり、なぜあんなに彼が荒れた状態なのかも分からないので、何も言えずにいた。
「彼は色々不安定だって、初めから、みんな知っている事でしょ」
声を初めにあげたのは、ディックだった。
オスカーは魔法を解きつつ、彼のそばに並ぶ。
「今更だよ、今回はクレアの取った戦法も悪かった。あれは、真摯じゃないよ、クレア」
言われて確かにその通りなので、頷きつつ、返答をする。ここで、コーディにヘイトを集めるような事を主張するのは、不安になっているクラスメイト全員に悪影響な気がした。
「うん、ごめんさない。……私ももう少し色々なことに配慮できたかも」
「そうだね……僕らは先生に事情を説明してくるよ、行くよオスカー」
「ああ、じゃあな、クレア。未だにお前が幽霊じゃないか、俺は不安だがな、一応、何か無いように気をつけといてくれ」
「あはは、ありがとう、オスカー」
手を振って二人を見送ると、残った生徒たちは、口々に確かに幽霊じゃないのか、と言って私の元に集まってくる。皆、そんなに私が死んだ説を濃厚だと思っていたのか。
その中には何人か顔色が悪い人もいて、昨日のスプラッタが相当、若い多感な時期の彼らには、悪い刺激になってしまっているだろうと思う。
「……体調が悪い人が多いみたい……だね」
私が言うとカリスタが同じチームの子の背中を擦りながら返してくれる。
「うん、そうね。昨日の事を思い出してしまう子が多いみたい」
「…………体調は悪くないし、あんまり問題はないけど、今日は私、授業、サボっちゃおうかな。カリスタ悪いけれど、先生に伝えといてくれる?」
「も、もちろん!」
心配させないように言葉を選びつつ、言えば、カリスタは快諾してくれる。暫くは登校しない方がいいかもしれない。リーダークラスには顔を出すようにして、クラスメイトには出来るだけ、私の事を思い出さないようにしてもらった方がいい。
幸い座学は受けなくても問題もないし。
私が歩き出すと、ヴィンスも後ろからついてくる。彼に視線を向けると「私は貴方様のおそばにいると決めておりますので」とにっこり笑った。
まぁ、いい。それがヴィンスの選んだことなら問題は無い。
そのまま教室を出た。
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