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クラリスの正体……。7

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 そうなると、つまりだ、何となくスルーしていた、もうひとつの事実が浮き彫りになる。

「じゃあ、私を殺したいのは、いや、殺すのそして、ローレンスが手に入れたい人物って」
『コーディ・ド・バイアット正真正銘、バイアット公爵家の実子にして本物の呪いの力を持つ人物ですわ』

 初めての模擬戦での事が思い浮かぶ。あの彼ならやりかねない。てっきり激しい思春期だと思い込んでいた。

「でも、なんで私?というかクラリスは養子って言っても兄弟じゃない、なんで私を殺してローレンスに呪いの力をコーディは渡すの?」

 疑問をそのまま口に出す。クラリスは『そんな事も知らないのね』とやや呆れ気味に言った。

『わたくしが、罪を犯した事によって、バイアット公爵家は貴族として窮地に立たされたわ。あの方はバイアット家の実子を狙っている、そしてバイアット家の女児はあと一人、双子のカティよ』
「うん」
『カティをもちろん嫁に出す事は出来ない。彼女は失踪した……いいえ、させられたのよ』

 そういえばそんな話を聞いたような……ダメだ、思い出せない、だいぶ昔だろうか。

『コーディは昔から情緒的な子なのよ。姉であるカティに依存していたわ。そして、その姉を奪ったのは誰かしら?』
「……」
『嫉妬に溺れて、ありもしない力を使ったように見せかけて他人を陥れようとしたのは誰かしら?』

 それが……私、クラリスと言うことか。

 だからコーディは、私を殺したい。言わば復讐ということだろう。そして私は今ローレンスが後ろ盾についている。彼は、それを盾にコーディに迫る、呪いの力を引き合いに出して、私の命を売るつもりだ。

『だから、貴方は本当は生きていてはいけなかったのよ。わたくしという人間はどこまでも誰かに利用されてしまう』

 クラリスは少し悲しげに視線を下げる。私が彼女の体に入りさえしなければ、確かに、ローレンスは打つ手が無くなり、クラリスは自由になった。はずだった。

『あの方は、他人に好印象を持たれやすいわ。心の傷ついているコーディなんてきっと、すぐに家の教示など忘れされられてしまう』

 ……そんなのは洗脳じゃないか。まぁ、やりそうではあるけれど。

『呪いの力はバイアット家の者の魔法玉があれば使えるわ、だから、それをあの方が手に入れた時、わたくし達はその時を狙っているわ』
「狙っているって……それをローレンスが持っていたら……どうなるの?」
『もちろん、禁忌の力を使う前、未遂でも罪に問われるわよ』
「……そうなんだ」

 そうして社会的に抹殺しようとしているのか……でも、それなら、やりようがあるんじゃないだろうか。例えばだ、私が、クラリス自身では無いとコーディに明かす、そうするとコーディはローレンスに呪いの力を売ったりしないだろう。

 存外名案なような気がするが、今話を聞いたばっかりの私が思いつくのだから、その事を彼に知らせて、穏便に済ませられることについてはクラリスは気がついているんじゃないだろうか。

 そして、そうだ。クラリス達は何も起こらない事を望んでいるのでは無い。ローレンスの失脚、彼を排斥する事を狙っていると、ディックは言っていた。

 問題はそこだ。

 コーディがクラリスへの復讐をあきらめる行為は、きっとクラリスたちにとって、ローレンスを排斥しない理由にはなり得ないのだろう。エリアルは、ローレンスが諦めるのなら、と言っていた。

 つまりは行動の全ての起因はやはりローレンスにある。

「ねぇ……クラリス」
『何かしら』
「私は、あなた達二人は……あたな達二人だけが……言っていたと思う。ローレンスが異常だと。結局コーディとクラリスのわだかまりについては問題じゃないんでしょ」
『少しは的を得た事を言うようになったのね』
「……これだけ、色んな人から話を聞いているからね」
『……』

 私は暗闇の中で、真剣にクラリスを見つめつづけた。これはとても重要な話だ。信念が違って敵対していても、それでも、話し合えないというわけじゃないんだ。

 愛し合えずとも、分かり合う事はできる。

「……どうして、ローレンスを危険視するの?皆、割とローレンスには好意的だと思う。学園側にも、ローレンスが何か企んでいると報告したのはエリアルなんでしょ。確かに、性格はちょっとおかしいけど、そんなに、貴方達二人が寄ってたかって彼の失態を作り出そうとするのは……どうして」
『貴方には何も分からないと思うわ。彼は貴方にあまい言葉を囁いたはずよ』
「うん」
『さぞ素敵な人に映ったのでしょうね』

 ……あ、そうか。クラリスは私に対する、ローレンスの行動や言動は知らないのか。そりゃそうか、ディックが私たちの事を報告していたとするのならば、知れるはずがない。いつだって唐突にやってきて、そして、いつの間にか帰っていくし。

 クラリスは、私がララのように彼にアプローチをかけられていると思っているのかな。

「素敵じゃないよ、さっきの言葉を言っておいてなんだけど、最低だとは思ってる」
『あら、どうしてそう思うのかしら』
「あの人、図星をつくと、逆上するし、無理やり魔力流してくるし、いつだったか、バルコニーから突き落とされるところだったし」
『……あの方がそんな事するなんて……貴方、余程無礼を働いたのではなくて』
「それは無い。私は悪くない」

 クラリスは少し混乱しているようで、大きなおめめをぱちぱちとさせてそれから小首を傾げた。

『……クレア、貴方そんな人間の肩を持つなんてどうかしているわ』

 結論はそうなったらしく彼女は、まったく呆れたみたいにそういった。

「あはは……そ、そうだね。……でもほら、一応、私の存在っていうか、一番に認めて名前をつけたのはローレンスだし」

 クレアと、そう私を呼ぶ彼の声だけは、私だけの存在をこの世界につなぎ止めていてくれるような気がした。

『まるで卵から孵った雛鳥ね。……あの方は、いつだって争いを望んでいるのよ』
「争い?」
『何かトラブルを起こす事があの方の目的ですわ、結果では無く、幾重にも重なった人間の思惑の果てその紛争、それがあの方の唯一の価値。希望ですのよ』
「……どうして」
『理由など、分かりませんことよ。ただそうであるという事をわたくし達は知っている。ララと私のお話は聞いているかしら』

 それは原作での流れは詳しく把握しているのでうんと頷く。すると彼女は、ふと上を向いて耳を寝かせた。

『わたくし、あの子が嫌いではありませんでしたのよ。けれど、殿下はわたくしに彼女と争わせる事を選んだ。そうするように仕向けられた』
「それは、ララになびいてって事?」
『ええ、ララを重視するような発言や行動を取り、そうされるごとにわたくしの立場はどんどんと弱くなっていく、いつしか、ララを排除せんとする勢力の旗頭のような地位になってしまっていたわ』

 クラリスは思い出すようにゆっくりと話をして、その思い出に浸るような悲しげな姿に、私はまったく反対にララのことを彼女が嫌っていなくて良かったと思ってしまった。

『他にもあの方の争いごとを好む話はいつくもあるわ、それに今回の貴方の絡んでいるこの騒動の元凶も全てあの方だわ』
「……そう、だね」
『そんな人の肩を持つ貴方はわたくしにとって、危険よ。理解ができないもの』
「うん」

 確かに、その通りでなんの反論も出来ない。
 私が素直に頷くと、彼女はふと私を見て、少し暗い声で言う。

『貴方だけが助かる方法は幾つかある、けれどその方法を取ろうとすれば、わたくしはきっと魔法をときますわ。貴方に逃げ道はなくてよ』

 わかっていた事だ。それから、クラリスは何となく、少しだけ自分の感情を押し殺してそう言っているように思えた。だから、何となくうんと頷く。

 そう言われても、今の感情は穏やかだった。

「わかってるよ……わかってる」
『そう、ならいいのよ。……精々、残りの寿命を楽しむ事ね』
「……」

 そう言って彼女は立ち上がる。私は去ろうとする彼女の脇腹を両手で掴んで持ち上げた。






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