257 / 305
恐ろしい事があった日は……。1
しおりを挟む朝一、試合用にヴィンスに髪を一纏めにしてもらい、チェルシーとシンシアに激励をされ、ヴィンスとサディアスと練習場へと向かった。
校門から練習場に至るまでの道のりには、昨日までは無かった露店が出店しており、既に一般の人たちで賑わっていた。
そんな中には、学園側の露店なのかタイムスケジュールを販売している店があり、そちらで今日のパンフレットを購入して、何度か観戦した事があるというサディアスに出場者席へと案内してもらった。
普段は、教師と生徒以外が堂々と歩いている事の無い学校という場所だけあって、年配の人や、明らかに学生では無い夫人なんかが、我が物顔で歩いているのは妙な違和感と少しのイベントに対する高揚感を感じた。
出場者席は学年ごとに設けられているらしく、私達の観覧席の並びにはやはり見知った生徒や先生しかいなかった。午前中は開会式とブロンブバッチの試合、午後、夜はそれぞれプラチナバッチ、ゴールドバッチの試合なのだ。別々なのはトラブルを避ける面でも妥当な事だと思う。
出場者席以外には、所狭しと人がひしめき合っている。二階席への入口から、観覧席へは飲み物の販売員みたいな女の子たちがウロウロとしていて、前世の球場のような光景に、本当に大きなイベントなのだなと思う。
「……ですから、出番は昼頃になるはずです、一番人の少ない時間帯ですから出来るだけ気負わず……クレア?」
私がチラチラとよそ見をしていたからか、ヴィンスは聞いているのか確認するように私の名前を呼んで微笑みかけた。
「うん、大丈夫聞いてるよ」
「左様でしたか。私達はクレアより先に試合が組まれていますので、貴方様の固有魔法の発動のために出来るだけ魔力を残して戦います」
「それで、余裕のある方どちらかが君の相手になる、いいな?」
「わかった……大丈夫」
口ではそう言いつつも、これ程大勢の前で晒されて戦うというのは正直なところ荷が重い。普段の模擬戦でもクラスメイトがいるぐらいだし、トーナメントでも、でもそれなりに人は居たが、見知ったブロンブバッチだけだった。
「おい!!その酒じゃねぇよ!!!」
「申し訳ありませんっ」
「この荷物邪魔なんだ、どけろ!!」
「はぁ?この席は私が買ってあるんですけど!」
「ぎゃはは!!おねぇさん一人?!」
「おまっ、怖がってんじゃん!!やめろぉ!」
…………な、何だこの治安の悪いイベントは。
ただでさえ、人が居るというだけでも、プレッシャーになるのに、どうしてこんなに治安が悪いんだ。
まだ試合が始まってすらいないのに、酷い騒ぎに段々と胃が痛くなってくる。サディアスの件以来たまにこういう事があるのだが、今日は顕著だ。
……でも、今更、出場まで部屋に戻るという事も出来ないし……我慢しよう。ヴィンスとサディアスに心配させるわけにはいかない。
試合に出なければならないのは私だけじゃない、二人も同じなんだ……大丈夫、大丈夫。
心を落ち着けている最中に、ガシャンという、音と何か「きゃあ!」という女性の悲鳴が聞こえてきて、体がビクッと震える。
……な、何が……。
振り返ろうとすると、パッと誰かに視界を遮られる。
「ひぅ」
「……クレア」
ヴィンスに呼ばれて振り向くと、私の視界を手で覆ったのは彼らしく、少しいらずらっぽく私に微笑みかけた。
「私と席を交換してくださいますか?」
「え、どうして?」
唐突な提案に、首を傾げる。ヴィンスは、少し間を置いてから、ちらっとサディアスの方へと視線を向けてそれから言う。
「……席が狭くて少しむさ苦しいですから」
「んなっ、君な!俺だって好きで君のとなりに居るわけじゃないんだが」
ヴィンスの言葉にサディアスはすぐに文句をつけるが、そういう事なら納得だ。私は出場者席の一番端に座っている。ヴィンスがそうしたいのなら、私もその方がいい。
「はい、承知しておりますよ、サディアス様、貴方様もクレアの隣の方がいいでしょう?」
「それは……そうだな。クレア交換してやってくれ」
「う、うん、いいよ!」
サディアスにも言われてすぐに了承し、ヴィンスとサディアスの間に挟まれるようになる。
そうすると、先程の音の理由だとか、うるさい酔っ払いの喧騒だとか、そういうものが壁一枚向こうの事のように思えて、安心して胃の痛みに耐えることが出来る。
「……華やかといえば華やかなんだがな」
「そうですね。露店よりも、賭けや戦いに興味のある人が多いですから、外のお祭りより余計に、気性の荒い方がいらっしゃいますね」
「せめて貴族席の近くなら、こんなに騒がしく無いものを」
「仕方がありませんよ。あちらはあちらで警備の者が多いせいで空気が張り詰めていますから、我々も落ち着けませんし」
「そうだな。しばらくの辛抱だが、出場するのは気が重い」
二人は私を挟んでそんな会話をする。聞きなれた声に、安堵しつつも、声音から彼らもこの状況が少なからず不満があるのだとわかって、私がいつも通りにしなければ、と何か元気ずけるような事を言おうと、考えて口を開く。
「で、でも、こんなに多くの人の前に出ることもそう多くありませんわ」
……あ、お嬢様語尾が……。
「…………ですから、わたくし達も……お祭りムードを楽しんだらいいんですのよ」
私の言いたいことが、しょんぼり元気の無いお嬢様言葉になって発されて、これはもう癖になってるなと思う。
気合いを入れる度にやっていたせいかこの言葉使いだと、強気な悪役令嬢をトレースできるような気がしてしまうのだ。
私の言葉に、サディアスは鋭くこちらを見つめて、それからヴィンスの方へと視線を向けた。
「クレア、少し体調が悪いんじゃないか?」
……な、なぜ、ヴィンスに聞く!
「心労から来る腹痛だと思われますよ。先日も色々な事がありましたから」
……そしてなんでヴィンスも答えるの!
「そうだな。クレア、無理をするな。君に倒れられると困る」
「…………」
無理をするなとか、サディアスには言われたく無いんだけど。
彼に言われて少し視線を逸らす。確かに昨日は、私の失態ではないのに怒られたり、オスカーが酷い怪我をしていたりと、そのうえ、考え事が多くてあまり眠れていなかったが、それ以上のことは無い。
「クレア、お薬がありますから飲んでいただけますか?」
「……大丈夫よ、そんなに酷い腹痛じゃないわ」
……なんで薬もってるの!準備がよすぎでしょ。
ヴィンスの提案を拒否すると、二人は私を挟んで視線を交わし、それから、サディアスは眉間に皺を刻んだ表情で、ヴィンスはニコニコしながらこちらをじっと見つめた。
「……」
「……」
私はキリキリと痛む腹を抑えて背中を丸めつつ、このまま意地を張れば二人ともに説教をされかねないと考えて、無言で見つめてくる二人から目を逸らして「飲めばいいんでしょ!飲めば!」とやけくそに返事をした。
「ありがとうございます、クレア」
「初めからそう言ってくれ、心配になるだろ」
ヴィンスは薬を準備しつつ、サディアスは私の頭を緩く撫でつつ、そう言う。
いよいよ二人相手に意地も張れなくなってきた事をどう思うべきか考えながら私は薬を飲み。薬の副作用なのかそれとも、前日の睡眠不足がたたったのか、開会式が始まる前には、サディアスの肩を借りて眠りこけてしまった。
10
あなたにおすすめの小説
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!
夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。
挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。
だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……?
酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。
※小説家になろうでも投稿しています
悪役令嬢に転生しましたが、全部諦めて弟を愛でることにしました
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したものの、知識チートとかないし回避方法も思いつかないため全部諦めて弟を愛でることにしたら…何故か教養を身につけてしまったお話。
なお理由は悪役令嬢の「脳」と「身体」のスペックが前世と違いめちゃくちゃ高いため。
超ご都合主義のハッピーエンド。
誰も不幸にならない大団円です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
小説家になろう様でも投稿しています。
幽霊じゃありません!足だってありますから‼
かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。
断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど
※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ
※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる