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しおりを挟むエディットは、街の乗合馬車の待機所で平民たちとともに馬車を待っていた。
行き先は、エディットの生まれ故郷であるボルテール辺境伯領である。
そこに行けば、一応生活に困ることは無い。
先代の辺境伯夫妻であった父と母は亡くなっていて、大きなお屋敷も取りつぶされることになっていたが、婚約者であったマクシムの計らいで変換された爵位をエディットの元へと戻してもらえることになったのだ。
だからと言って、そんな程度の事で病気になった頼るあてのない婚約者を城から追い出していい理由にはならないと思うけれど、それだけがエディットの救いだった。
熱に火照る体は重たく、雨の降りしきるこんな日に何も出ていかせなくてもいいのにと思う。
……熱いのに、寒い……。
雨でぬかるんだ土にパンプスが濡れていて、足元から冷えてくる。それなのに体の中心は異常を訴えるように熱く燃え上がるようだった。
息が上がって涙がにじむ。
つらいけれど馬車が来るまでの辛抱だ。
そう考えつつ、婚約者の彼のことを思い出した。
彼は、エディットのあこがれだった。名はマクシムといい、将来王となる第一王子の補佐の役目を持った第二王子だった。
なんでもそつなくこなす人で、エディットの事もよく愛してくれる人だと思っていた。
しかし、魔力の多い人間がかかることのある病魔に侵されるとその手のひらを返し、エディットにつらく当たった。
『その病が、王族にうつり国の導き手がいなくなったらどうする? 責任をとれるか?』
エディットが彼に病気の事を明かした時に言われた言葉だ。
『お前の使った物も、お前が入った浴室もすべて自分の手で洗い清めなければ次の者は使えない、そういうルールにしよう』
エディットが熱に倒れて動けないときに提案されたルール。
『あの女がいなくなれば、私は晴れて自由の身だ。元よりあんな地味な女、好みではなかったんだ』
エディットに隠れて、開かれた夜会での彼の発言。
ほかにも多くのそれとないセリフがエディットに向けられた。
酷い罵り文句を言われたわけでもない、しかし彼は、エディットの心を抉っていくのがうまかった。
それでもエディットには帰る当てもない。何とか城にいさせてもらおうと、自分で自分の物を洗ったり、誰にも移さないように気を払った。
……本当に大切にされている、姫や、王子妃なら、隣国の医療大国に連れて行ってもらって、そちらの秘術で治してもらえるのだけど、私はそれに値しなかった。
だとしても、すでに見捨てられているのだとわかっていても、エディットは恐ろしくてどこにも行けない。
そんなエディットにしびれを切らして、マクシムはある日突然怒り狂い、エディットを追い出したのだった。
それを誰も止めもせず、どこにも居場所のないエディットは病気の体を引きずって自分の領地へと帰るのだった。
帰ってきたはいいものの、そこにはとにかく何もなかった。
辺境伯の持ち物であった美しい家財道具や、家宝などは父と母の死後にすべて国に押収され、体を酷使できないエディットが今から大きな屋敷を整えて暮らすのには無理がある。
使用人もこのままでは雇えないし、こんなエディットが安易にそんなものを雇えば、手切れ金として渡されたお金をすべて奪われてしまう可能性もある。
もうこのまま、野垂れ死んでしまうのではないか、そんな風に思ったけれどエディットは何もない屋敷の中で、首を振って天井を見上げた。
……駄目ね。気持ちを切り替えないと、悲観したって何も始まらない、やれることを考えないと。
そう自分を励まして思考を巡らせる。
大きな本館の方に住むことはあきらめた方がいい。
いつかは生活を整えて移り住むとしても、屋敷の采配は今のエディットには出来ない。だから子供の時に暮らしていた小さな、別邸の方でひっそり暮らすのはどうだろう。
最低限の家具を入れて、療養に丁度いいように清潔にして体を休める。
それはとてもいい案のような気がして早速、足を動かした。途中で買ったパンとチーズの籠を持ち直して歩き出す。
それから使用人を雇うのはもっと先になるかもと考えた、しかし、寂しさがその選択を濁らせる。
この場所には誰もいない、こんな場所で体がむしばまれていくのを感じながら一人で終わっていくだなんて、到底成人したばかりの少女には耐えられるものではない。
……一人で死ぬのは……。
その先は考えなかった。
今は考えずに長旅でつかれた体を休めて数日間を別邸で過ごした。
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