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しおりを挟むエディットは数年前の彼らの事を思い出していた。
ジネットもエドーワルも買った時にはエディットよりも小さくて、まだまだ子供らしい短い手足をしていたのだが、数年して、成人の歳を迎えるころにはエディットの身長をゆうに越して、美しく育っていた。
彼らは、エディットの病気が治った後の領地運営も手伝ってくれたしエディットの社交界復帰も手助けしてくれた。
病気については自然に治癒したということにしてエディットは未来の不安のない日々を送っていた。
しかしある日の事。
それはエディットが追い出されたような憂鬱が雨目が降りしきる日、突然元婚約者であるマクシムがエディットの屋敷を訪れた。
彼は、憔悴しきっていて落ちくぼんだ瞳でエディットに縋るような瞳を向けていた。
エントランスホールで使用人たちに止められて中へと入ることが出来ない彼は、報告を聞いてすぐにやってきたエディットに声をかけた。
「エディット、ああ! 私の最愛のエディット!入れてくれ、どうしてもお願いしたいことがあるんだ!」
離れた位置にいるエディットに、そういい募る彼の頬には大きな痣が広がっている。話を聞かなくとも何が言いたいのかそれだけで察することが出来た。
あまりいい思い出がない彼との再会に、眉間にしわを寄せると隣にいたエドワールが「大丈夫か?」と問いかけてくる。それに頷いて返して、エディットはマクシムに答えた。
「……今更、なんの用?」
「あの日の私の行いを今でもずっと悔やんでいるんだ! 本当に悪い事をした、心の底から謝る!」
「……」
「それでもずっとお前を愛していた! 信じてほしい、いとしのエディット!」
見え透いた嘘にエディットの心に苦い気持ちが広がっていく。俯くエディットのその仕草に、マクシムは言葉に感動しているのだと勘違いして続けた。
「よりを戻そう。見ての通り今の私なら、お前の気持ちを一番に分かってやれる! エディット! 愛してるんだ!」
彼が手を伸ばす、しかし主に触れらせまいと使用人は強引に彼をエントランスホールの外へと押し出していく。
ただそのままそれを見ていることもできた、しかし、エディットはどうしても腑に落ちなくてあることを口にする。
「……そんな嘘をつかなくても、隣国に行って治療をしてもらえばいいでしょう? 気分が悪いわ」
愛してるなんて言って、エディットが同じ病から復活したのを聞いてその恩恵にあやかろうとしているのは明白だった。
だから、そう聞いたのだった。しかし、マクシムは唾を飛ばして大きな声で言い返す。
「何言ってる! 魔力の病を治す隣国の秘術は、王位継承権争いで負けて行方不明になった王子がすべて持ち去り消えた!! 希望はもうないんだ! お前以外ないんだ!!」
「……」
「でも、そもそもお前が原因のはずだ! きっと私はお前の病がうつったんだ! 責任を取ってくれよ!」
話を聞いてエディットは驚きに固まる。
しかし、ここ数年で手に入れた毅然とした態度を今ここで出さなければと気合いをいれて、未だにエディットを利用しようとするマクシムに厳しい瞳を向けた。
カツカツをヒールを鳴らして歩き、やせ細った彼の頬に触れる。
「マクシム。そもそもこの病は感染しない。私は自分の力で治したわ。貴方にもきっとできる」
「頼む! 助けてくれ! エディット!」
「……私を助けてくれなかった貴方がそんなこと私に言うのね。連れて行ってください、この人の顔など見たくありません」
そういってエディットは踵を返して自らの部屋へと歩き去る。
背後からはひどい罵り文句が聞こえてきたが、そんなことはどうでもよく、急いで部屋に入った。
後ろからエドワールがついてきて、彼を部屋に入れてから人払いをしてエドワールと二人きりになった。
エドワールはとても機嫌がよさそうにしていて、ベッドに腰かけたエディットの前に立ち口を開く。
「あの人、元婚約者なんでだったよな? 病気になったエディット様を捨てたやつ。自業自得だな」
そういって、少し自慢げに続ける。
「魔力障害の病気は自然治癒することもあるから、このままそれで通していけばいい」
「ええ」
「ああ、一応言っておくが、故意にこんなことになったわけじゃない、王族だっていう話は知ってると思うが、治療法は代々王になる人間にのみ、教えられるもので俺はそれを教えられていた。ただ、兄弟たちは俺が王位を継ぐことを許さなかった」
彼の言葉にひとつ頷いて、続きを聞く。
「だから、匿ってくれてエディット様には感謝してる。いつ殺されてもおかしくない場所は気が狂いそうだったんだ」
「……そうなの」
「そうだ。……ただ、優しいエディット様の事だから、治療法を持ってるって明かさずに、元婚約者さんに治療薬を間接的に与えようと思ってるなんて想像してるんだけど、どうだ?」
「いい考えね」
「だろ、じゃあさっそくジネットに彼の足取りを負わせるな」
「ええ」
そういって彼は、部屋の外にいるジネットに声を掛けるために扉に向かう。視線を外された瞬間に、エディットは泣きそうな顔をして、瞬間的に思考を繰り出す。
……ええ、ええええ!!! わ、わああああ!!!……え、ええ??!!
エドワールに絶対に気取られないように抑えていたが彼が見ていない瞬間に、ぐるぐる思考が巡る。
……たたた、たしかに、私は、匿うって言ったわ、匿うって言ったけれど、別に何か特別、刺客から守ったりしていないし、何なら治療してもらっただけで何もしてあげてないのだけど!!
どど、どうしたらいいのかしら。こういう場合どうしたらいいのかしら。王子なの?
隣国での治療ってそんなに特別なものだったの? それを彼しか知らないというのなら確かに、マクシムには気がつかれないように治療薬を与えるっていうのはいい案だわ。
でも、それにしても、私、罪、え、罪に問われない? 何罪?何罪なの? 誘拐? 監禁? いったい何の罪なの??
一瞬の間に混乱する思考でそんな風に考えた。急なことに泣き出してしまいそうだったし、正直怖くともあった。
けれども扉越しにジネットと話をして、笑っている彼を見るとすっと混乱する気持ちが冷めてくる。
たしかに、異国の王子だというのは大きな事実だったが、それでもリスクを冒してエディットを助けてくれて、さらにはずっと仕えてくれている。
高貴な身分なのにエディットの事をよく理解してくれて、すっかり生活に馴染んでいた。
それに、王子とまではいかなくても、彼が何か特別なのは今まで見ていて知っている。
それなのに、王子だったからと手のひらを返して彼を拒絶することなどできるはずもなく、エディットはエドワールのそばまで行って、彼を背中からぎゅっと抱きしめた。
「……大丈夫、きっと守るわ」
「っ、ちょ」
決意を新たに、エディットはそう口にして、振り返って頬を赤くしている彼をみて笑みを浮かべた。
おどおどしていて、あまり上手くやれない事も多いエディットだったが、守るものがあると少しだけ強くなれる気がするのだった。
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