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しおりを挟む屋敷に戻ってからの数日、エディットの館は忙しなかった。
新しい二人の住人とエディット自身の家具を運び入れ、業者と食材を卸してもらう契約をしたりとやらなければならない事が様々あった。
エディットは最初、男の子の奴隷のエドワールに力仕事、女の子の奴隷であるジネットに、エディットの身の回りの世話をしてもらおうと考えていたが、ジネットは自主的に力仕事を率先してやっていた。
それを当たり前のようにエドワールは受け入れて、彼はエディットの世話を買って出た。
それはいいとして、エディットはこれから先の生活資金について不安があった。
本当は一人だけ奴隷を迎えようと思っていたのに、二人も買ってしまい、家具もそろえた。生活費、食費、衣類に屋敷の維持費、そういったものを考えると、あと半年も持たない。
やはり奴隷を買うという選択肢は最善ではなかったと思いながらも、もう買ってしまったのだから弱音は吐かないようにして、領地運営の仕事を学ぶため本館の図書室へと訪れていた。
国の運営にかかわる立場であったエディットは、そのための教育しか受けていない。勝手の違う領地の運営については知識不足であり、そのノウハウを教えてくれるようなツテもない。
そのうえ体は常に熱っぽくけだるくて勉強するのもつらかったが、あの二人を養うためにも、体に鞭打って先代の残した本を読み込む。
「やっぱりここにいた」
背後から少年の声がする。彼がいない隙に自室から出てきたのに、どうやら見つかってしまったらしい。
「エディット、また本を読んでたのか? 勉強熱心もいいけど、ほどほどにしないと病気が悪化する」
言いながら靴音を鳴らしてエドワールは近づいてくる。それにエディットは「一応、敬称をつけてほしいんだけれど……」と言いながら困り笑いで返した。
するとエドワールは、キョトンとしてそれからまったく悪びれずに、エディットの持っている本を受け取りながら、その手を取った。
「悪い。慣れなくて、気を付けるようにするな、エディット様」
「……ええ」
それから、手を引いて図書室から出る。それにエディットは仕方なくついていく。
……まだまだ、勉強しなければならない事がたくさんあるのだけど……。
そう思うけれど、今、エドワールにそういっても言いくるめられてしまうのがオチなので特に抵抗せずに自室に戻る。
奴隷として買った彼は、エディットよりも少し年下で、身分だって最底辺のはずだが、エディットは逆らえずにいつも彼のいう事を聞いてしまう。
……きっと、エドワールの性格のせいね。
そんな風に思う。それに、彼は所作もきれいで姿勢もいい。それに加えて知識も豊富だ、彼と話をしているとどうしてそんなことを知っているのか疑問になるようなことを平気で口にしたりする。
だからエディットは彼が隣国のどこかの貴族の隠し子なんかだろうと思って接していた。
「魔力障害が出ている人間は、出来る限り安静にしていた方がいいんだ。あまり動き回ると体を魔力が早くめぐって色々なところを傷つけるから」
「……物知りなのね」
「このぐらいは常識だろ?」
「……ええ」
今だって、奴隷という身分に落ちるような平民が知ってるはずのない知識を当たり前のようにエディットに言い聞かせている。
今の知識は確かに貴族の中でなら知られているが、魔力のない平民層にはまったく関係のない話だ。
……つまり、魔力を持っているのだと思うんだけど、本人は何も言わないし、隠したいのよね。
それならその秘密を暴くつもりはなかった。彼の人生を買ったのだとしても一人の人間を買ったのだから秘密の一つや二つはあるだろう。
そう結論付けて、自分の部屋へと到着してあっという間にベッドに寝かされる。
本はサイドテーブルに置かれて、エディットがすぐにその本へと手を伸ばそうとすると、無言で制止されて困った顔をエドワールに向けた。
「……」
見上げると彼はエディットの首筋に触れた。躊躇なくこうして触れてくることに、本当に病に対しての差別の無さを感じながらもエディットは息をつく。
彼の行動にうんざりというわけではなく単純に、熱が上がっているのがばれてしまって少し困ってしまったのだ。
「本は読まない方がいい、横になれ。熱が引いたころになら本を読んでいいから」
「……えっと……エドワール、私……」
真剣にそういいながらサイドテーブルから本を持っていこうとする彼を呼び止めて、エディットはなんと伝えようか考えた。
彼らを買ったからお金がなくて、これからの生活の為に無理してでも働かなければならないと伝えるのは心苦しい、しかし他に勉強を再開する方法も思いつかない。
言い淀んでいると、ノックの音が聞こえてきて扉が開く。視線を向けるとそこにはジネットがいて、彼女は野ウサギの耳を掴んでこちらに向けた。
「今夜は野ウサギのシチューがいいです」
「おう。ジネット、それなら後二匹ぐらいほしいな」
「ええ。すぐに狩ってきます」
言いながら、ジネットはエディットの元へと歩いてきて、エディットの顔を覗き込んだ。
「エディット様、今日は少し体調が悪そうですね」
「……う、ううん。大丈夫よ」
「朝から勝手に本館の図書室まで行ったからだな」
ジネットの言葉にエドワールも答えて、二人の言葉を聞いてジネットは、ほんの少しだけ笑ってから、真剣な顔をしてエディットに言った。
「エディット様、あまり早死にされては困ります。ご自分をいたわってください」
「……そうね。そうなのだけど」
「その通りだエディット様、勉強熱心なのはいいけど俺もジネットも心配してるんだ」
二人に言われてエディットはどうしようかと困り果てた。心配してくれるのは本当にうれしい、二人の言葉には嘘はないと思う。
しかし、それでも差し迫った生活の不安があるのだ。こんなにいい子の二人を路頭に迷わせないためにもエディットは命を削っても働かなかければならない。
それはとても矛盾した考えであり、エディットが無理をして死んでも、彼らは路頭に迷うことになってしまうのかもしれないが、どちらかといえば死ぬまでにできるだけ稼いで二人に残したやった方が後味がいい。
だからこそ、ここで引いては二人の為にならない。
そう決意して、エディットは真剣なまなざしを向けた。
「あのね。……とても言いづらい事なのだけど……お金が無いの……」
「……」
「……」
「もちろん、貴方たちのせいではなく私の計画性の無さの問題。だから、例え、病気を悪化させても、領地の運営を始めないと……生活のめどが立たない……ごめんなさい、二人にはできるだけお金を残せるようにするから」
尻すぼみになりながらも、エディットはそう言い切って視線を伏せた。正直責められると思っているし、こんな情けない主に買われたことを後悔するだろうと思っていた。
しかし、ジネットの平坦な声がする。
「……知ってましたけど、隠してるつもりだったんですか?」
顔をあげると不思議そうな顔をしたジネットがエディットを見つめていて、彼女は続ける。
「お肉を買えないのも。本館に住まない、それが原因ですよね。お肉は食べたいので自分で狩ってきますし、なんならエディット様の分も狩ります」
「……ど、どこで、気がついたの?」
「ご自分で仰っていたじゃないですか。奴隷市場で全財産がこれしかないと」
「あ……」
「私たちの事は気にしないでください。自分の食い扶持くらいは稼げますので」
ジネットはそう言ってからふと後ろに視線を向けてエドワールを見た。
彼は、自分の間抜けさに落ち込んでいるエディットをじっと見ていて、それを見て踵を返す。
「私はこの子をさばいてきますね。今晩の夕食が楽しみです」
言いながらジネットは出ていって、彼女が来る前のエディットとエドワールの二人だけの空間に戻る。
それから、彼らは知っているのに深刻そうに言ってしまった自分が恥ずかしくなったエディットは顔を覆って羞恥心をこらえた。
子供たちにまでお金の心配を知られてしまって、それを知ったうえで食料の調達までしてくれているのにエディットと来たら頼りなく、二人に心配されるばかり、自分が恥ずかしくて仕方がなかった。
「……駄目ね。私……主失格……」
つぶやくエディットに、エドワールがそばに寄って、両手に触れて顔から手を離させる。
それに何の意図があるのかと不思議に思ったエディットが彼を見上げると、エドワールはエディットの事を笑うでもなく、馬鹿にするでもなくただ静かに聞いてきた。
「……もう少し、エディットを見極めてからにしようと思っていたんだが、このままだと、ジネットの言い分も俺の言葉も聞かずに病気を悪化させるかもしれないから、今、言っておく」
……私を……見極める?
その言葉の意味はなんだかよくわからないけれど、エドワールはすごく真剣な顔をしていて、変な冗談ではないのかもしれないと思うが、いったい何を言うのだろう。
もしかして、彼の生まれの秘密とかだろうか。
「エディットは助かりたい? その魔力障害からくる痣の症状治す方法を俺が知っているって言ったらどうする?」
「……」
知っているのなら、もちろん助かりたい、しかし酷く警戒したような彼の態度にエディットは言葉を返せずにいた。
「その治療を受けても俺を匿ってくれる?」
何故だかそう聞かれて、エディットはまったく意味が分からなかった。匿うとか、いったい何からだろう。
「……」
「俺は割とエディットの事が気に入っているから、助けてあげたいと思う、でも、その覚悟がエディットにはある?」
……もしかして、その治療って隣国の秘術って事よね。それを外部に漏らしたエドワールを誰かに突き出したりしないって話?
そう考えれば筋は通った。なるほど確かに施す相手を見極める必要があるだろう。
隣国は医療に力を入れていて多くの利益を生んでいる。それを国外に流出させるのは喜ばれないはず。それを施せるというのにも勇気がいるだろう、それに、とても……。
エドワールは、切羽詰まったような追い詰められている者のような声音をしていた。
きっとエディットが彼が想像しているような悪い反応をしたら、彼はエディットの元からいなくなってしまうだろう。
そんなのはさみしいし、自分より年下の少年がそんな決意をできるまでにどれほどの苦悩があったのだろうと考えてしまった。
……きっと、過酷な人生を歩んできたのね。
そう考えたら、エディットは自分より少しだけ小さいエドワールを抱き寄せていた。ベッドに座ったままだったから、腕だけで優しく、包み込むように彼を抱いていた。
「……大丈夫、絶対に、エドワールを手放したりしないわ」
助けてとは、あえて言わなかった。
きっと異国の秘術といっても、彼はまだ子供、知識にも限界があるだろう。だから寄りかかるようなことはしない。
助けてくれてもくれなくても、エディットは家族に迎え入れたエドワールを守りたいと思う。
それを実感してほしくて言った言葉だった。
しかし、ばっと彼は離れていって、エディットは首を傾げた。
慌てて部屋を出ていく彼の頬が少しだけ赤かったので、子ども扱いが恥ずかしかったのだと納得してくすくすと笑うのだった。
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