5 / 15
5
しおりを挟む知らないところでだったら何といってもいいけれど、聞いているとわかっていて言われる悪口は喧嘩を吹っ掛けられたのとそう変わらない。
とりあえず彼女たちの名前を憶えてやろうとテオは出来る限り怖い顔をしながら彼女たちを睨んだ。しかし、当のオリヴィアはまったく動く気配はない。
「え~、そう言ってくれるのはうれしいけど、なんか悪いよぉ」
「そう言うな、マイ。皆、其方を認めているという事だ。自信を持てばいい」
「カルステンまでぇ……だってあの子がぁ、可哀想じゃない?」
「そんなことは無い、其方は私の天使、いや愛の女神だこの美しい黒髪はなによりも神秘的で神聖な力を感じる」
はぁっと艶っぽいため息が聞こえてきて、テオはぎょっとした。急にカルステンはマイに触れ、腰に手を回し頬に手を添えて唇にキスをする。きゃあっと周りの貴族たちから声が上がった。
同時に勢いよくオリヴィアが立ち上がった。それにテオは反射でついていく。デリアは一歩遅れて慌てた様子でついてきた。颯爽と講義室を歩くオリヴィアの後ろをついていって、少しだけ離れた位置にいたマイとカルステンの元へと向かう。
彼らは突然、勢いよくやってきたオリヴィアに若干面喰ったような顔をしていたけれども、すぐに立ち上がってオリヴィアを警戒した。しかし、すぐに警戒したような態度をとったのはカルステンだけであり、当事者であるはずのマイは被害者のような顔をして、おずおずとオリヴィアに向き合うのだった。
「…………」
オリヴィアは、少しの間沈黙を置いて後から来たデリアが、自分の後ろに到着したぐらいで「ねぇ、お前」と口にする。
「お前、今、わたくしを可哀想といいまして?」
それはとても厳しい声であり、責める様な声だった。だからか、マイはふと視線を伏せて、オリヴィアの問いに答えない。
しかし、オリヴィアは続けた。
「お前のような他人の婚約者と公衆の面前で乳繰り合うような品性のない人間に憐れまれるほど、わたくしは落ちぶれていませんことよ」
「っ、……」
「この場所は多くの学生が自分の勉学の為に使う場所。そんな場所でふざけたことばかりしていないで自室に戻って、この世界の常識でも身に着けたらいかがかしら」
「っ~……」
「何も言い返せないということは、わたくしの言葉を認めるということで構わないわね? 分かったらさっさと荷物を纏めてお帰りなさい、もちろん男子寮ではなく女子寮にね」
言い切ったオリヴィアに、マイは心底悲しそうに言葉に詰まってそれから、無言のまま動かない。しかし、しばらくするとじわっと涙をためてその真っ黒の瞳を潤ませるのだった。
「っ~っ……」
そしてやっぱり何も言わない。ひたすらに被害者のようにふるまう。しかしオリヴィアはそれにまったく毅然とした態度をとった。何か言えと圧力をかけ、目だけで射抜けそうなほどに強い眼力で彼女を見た。
ウルウルと瞳を潤ませて、しかし、その状況が長く続くと流石に気まずい空気にも限度がやってくる。
マイはぱっと瞳を動かして斜め前でオリヴィアと向き合っていたカルステンに視線を移動した。
彼はマイの視線でやっと自分にマイが何を望んでいるのかわかったらしく、叱りつけるように「何とか言いなさい」と静かにいうオリヴィアの頬を思い切り平手打ちした。
パァンと音が響く。華奢なオリヴィアの体が反動に揺れて、テオは反射的に剣に手をかけ彼女の前に出ようとした。
しかし、オリヴィアは頬を押さえながら、静かにテオを片手で制止する。そうされてしまうと護衛騎士といえども前に出ることは出来ない。それにこんな男は、簡単に切り捨てることが出来るが、それをやってしまえば罪に問われるのはテオとオリヴィアの方だ。
だから実際は剣を向けることすらできない。止められるということはわかっていた。
……でも、オリヴィア様。俺、許せないんだけど……。
いつも冷静な彼女を少し恨めしく思いながらテオはぐっと拳を握る。そんな、二人の些細なやり取りなど知らないで勝ち誇ったような顔でカルステンはオリヴィアに視線を向けた。
「見苦しいな。……いくら其方が私の愛情に飢えていたとしても、誰かを貶めていい理由にはならないと分からないのか?」
「……」
「オリヴィア、お前はいつからそんなに醜い女になったのだ。お前がそんな風に聖女マイに当たるたびに、私の愛情が薄れていっているのが分からないのか、愚かであさましい悪女め」
忌々し気にそういうカルステンは、流石幼いころからオリヴィアと交流があり、貴族とも対等に社交界をこなしてきただけあって言葉選びが秀逸である。
確かにその言い回しなら、オリヴィアの外見も相まってそのように周りに見せることは出来る。しかしながら、有能さと貢献度で言えばオリヴィアの方がずっと王妃になるためにこの国の為に貢献してきたはずだ。
それをすっ飛ばして、愛だの情だのですべてを片付けるのは強引が過ぎる。
彼の言葉をそう分析したのはいいが、テオは心の中では、腸が煮えくり返っていた。オリヴィアを傷つけるのは誰であろうと許せない。気高い彼女が、叩かれたぐらいで傷つけられるほど繊細ではないというのだと分かっていても腹が立って仕方がなかった。
しかし、そうして頭の血管がいくつか切れそうなほど怒っても何もしてはいけない事があるのが貴族であり従者職である。これが仕事なのだとわきまえてテオは口を引き結んで行く末を見守る。
「あら、仮にも教会に認められた婚約者だというのに、そのような悪態をつくなど言語道断。どのようにわたくしを悪役のように取り繕おうとも、一つのとりえ以外はまるで何もない女を重用するのは如何なものかしら」
「聖女を侮辱するのか? 恥ずかしい女め。これだから嫉妬に狂う女性というのはいつも男を困らせる」
「男女の性差など関係ありませんわ。そもそも嫉妬などではありませんもの」
「よいよい、其方のような可愛げのない女を愛でる趣味はない、さっさと私の前から消えてくれ」
二人の口論にも近い言葉の応酬は、その場に居た誰もが入ることが出来ずに重たい雰囲気が流れる。
しかし、毅然とした態度をしているが後からオリヴィアの白い頬がじんわりと赤く染まり、言いがかりをつけている心の醜い女という構図はどうにも取り払えそうにない。
「そうしてまともに取り合わず、わたくしの事を貶めても構いません。しかし、事実は事実。この場所は神聖な魔術の学び舎、風紀を乱しまともに勉学に励むものの邪魔になるのならば間違っているのはお前たち。わたくしはその考えを変えるつもりはありませんわ」
「……正論ばかりを振りかざして、それで社会が成り立つのか? 女の頭のなかは極論ばかりでいつも辟易してしまう」
「物事の事実をすり替え、話の話題をすり替え、真実から目を背ける誠実性に欠ける人間よりもよほどましですわ」
オリヴィアは真剣にカルステンを見返して言い切る。たしかに彼の言っていることは話題のすり替えだと、今までの議論と非難をきちんと聞いていた人間だったら思うのかもしれない。
けれども、カルステンのまともに取り合わない態度に、まともなオリヴィアの主張は届かずに、聖女にカルステンを取られたことが気に入らない悪女として周りからの視線は変わらない。
それに、貴族たちは見極めている。結局どちらが王妃の座に就くのかを息をひそめて見つめていて、勝ち馬が決まった途端に媚びを売る。だから表立って国中で話題の聖女と対立しているオリヴィアに加勢する者はいない。
カルステンは、真剣なオリヴィアの声を聴いて、それでも周りに、困ったいちゃもんだというように片方の眉を上げて、身近にいる自分の派閥の人間に視線を送った。
そうするとくすっとマイは笑みをこぼし、それからすぐに被害者のような表情を取り繕う。けれどもその笑みを皮切りにオリヴィアを笑う風潮が生まれて、嘲笑があたりを包んだ。
「結局、カルステンは私と運命の赤い糸で結ばれているのにぃ、婚約していたってだけで、こんなに責められるなんてぇ、すごく怖い」
「……」
またウルウルと瞳に涙を溜めて、マイはカルステンの胸の中に飛び込んだ。それに同情するようにカルステンは「マイ……」とよび、その他の人間も嘲笑から非難に瞳の色を変える。
それから、オリヴィアはまた唐突に踵を返して講義室の出口に向かって歩き出す。それをテオはすぐに追って、またデリアは一歩遅れてついてくるのだった。
45
あなたにおすすめの小説
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています
ゆっこ
恋愛
「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」
王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。
「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」
本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。
王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。
「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】悪役令嬢の反撃の日々
ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!
友坂 悠
恋愛
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」
婚約破棄され修道院に入れられかけたあたしがなんとか採用されたのは国家の魔法を一手に司る魔法省。
そこであたしの前に現れたのは冷徹公爵と噂のオルファリド・グラキエスト様でした。
「君はバカか?」
あたしの話を聞いてくれた彼は開口一番そうのたまって。
ってちょっと待って。
いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか!!?
⭐︎⭐︎⭐︎
「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」
貴族院の卒業記念パーティの会場で、茶番は起きました。
あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。
「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」
「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」
と、声を張り上げたのです。
「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」
周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。
「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」
え?
どういうこと?
二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。
彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。
とそんな濡れ衣を着せられたあたし。
漂う黒い陰湿な気配。
そんな黒いもやが見え。
ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。
「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」
あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。
背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。
ほんと、この先どうなっちゃうの?
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる