運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸

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 カルステンの部屋から自室に戻ったオリヴィアは、洗面台に向かって扉を締め切り、こもっていた。テオは呼ばれなかったのでずっと水回りのある部屋の外でじっとしていた。

 心は冷静なのに、体がオリヴィアにされたことを拒絶していて、今からでもカルステンの部屋に戻って彼をどうにかしてしまいたかった。しかしそんなことが出来るはずがないと冷静な頭で考える。

 それでもと、全身に血が巡って体が熱くなる。命を奪われるような行為をされたわけではないし、たかがキスだった。それでも、テオにとってこの世で一番大切な人の初めての唇だったのだ。

 それがあんな男にこんな状況で同意もなく奪われて、怒るなという方が難しいだろう。忌々しいというオリヴィアの口癖が移っていそうだったが、仮にも国の王太子、そんな相手に心の中だけでも罵り文句を羅列するのは憚られて、テオはただオリヴィアを待って拳を握った。

 
 オリヴィアはしばらくしてお化粧を落とした状態で出てきた。髪もほどいていて、いつも背筋をピンと伸ばしてどんな時にも気丈にふるまっているのに今日ばかりは少しだけうつむいていた。

 そんな彼女にしばらく時間を置いて落ち着いたテオは、悲しくなりながらも声は掛けなかった。それをして彼女の自尊心が持ち直すとも思えないし、ただ付き従う事だけがテオの忠誠であり信頼である。

 だから今日もいつもと同じように下がっていいと言われるのだと思って彼女がベットに向かうのについていく。するとオリヴィアは不意にテオの方へと振り返った。

 くるっと振り返り、彼女はテオの胸ぐらを掴んだ。そしてそのままグイッと寄せる。それにテオはまったく反応できずに、されるがままオリヴィアがテオに唇を寄せるのを他人ごとみたいに眺めていた。

「ん」

 チュッとリップ音がなって、至近距離でテオはオリヴィアと目が合った。その深緑の瞳は宝石のようで、こんなに間近で見たことは一度もなかった。

 ぱっと手を離されて「今日はもう下がって結構よ」とオリヴィアがいつもの調子でいうのに「はい」と反射で答えて、いつもの習慣に任せて使用人用の控室に向かった。

 一礼をして部屋を出る。オリヴィアは少しスッキリしたような顔をしてベットに腰かけていた。それを流し目で最後まで追いつつ、オリヴィアの部屋を出てからきっちりと扉を閉める。

 それからちゃんと締まっていることを二回確認して、数歩歩みを進めた。一歩、二歩と歩いて、テオは呆然としたまま硬直した。

 ……。

 何か考えようとしたけれど、うまく考えがまとまらずに、ぐっと手を握りこんでみて爪が食いこむ感触に、とりあえず夢ではないのだろう事は理解できる。

 理解できるけれどだからと言って、情報を正しく処理できるとは限らない。今、自分が何をされたのかテオは受け止めきれずにいて、しかし感触がありありと残っている。

 触れた温度、小さな吐息、それから胸ぐらをつかむ力強さ。そういったものがすべて残っていて、さっきまでの怒りは煙のように簡単に霧散して姿を消す。

 代わりに驚きだけが体を支配していて、もう一歩だって動くことは出来なくて目を見開いて固まった。そのまましばらく立ち尽くして、呆然とした後にふとやっと思考ができた。

 ……口直し、みたいなものだったの、かも。

 そう思いながら自らの唇に触れて、テオはやっとキスされたという事実を受け止めて、その意味を嫌いな男に無理やりされたことを消し去るために、身近な男に唇をとりあえず重ねてみたのだという結論だった。

 しかし、真実は何であろうとも、一生触れ合うことがないと思っていたこの世で一番美しいと思っていた相手に触れられ、唇を重ねられ、その事実を受け止めた瞬間にテオは真っ赤になって、その場に乙女のようにしゃがみこんだ。

「あ……ぁあ……」

 自分はなんてことをしてしまったのだろうと思う。なんでか恐ろしくて手が震えていた。

 自分からしたわけでもなかったしオリヴィアからされることを拒否するなどそれこそテオにとってはありえないのだが、それでもなんだかやってしまったと思って、顔が熱くなるのをじわじわ感じる。

 ひどい感覚に眩暈がしそうで、こみあげてくる感情に大きな声で感情を発散したくなった。けれども隣の部屋でオリヴィアが眠っている。そんなこともできるはずがなくただ、小さく呻くぐらいがテオに出来る限界だった。



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