13 / 15
13
しおりを挟むそんなに気にする必要なんかないと、部屋に付いたらオリヴィアに言ってやろうと考えたが、ふと夏休みの記憶がよみがえった。
ただ会話の一部としてアマーリエが言っていた聖女の力についての事だ。
運命の女神の聖女の加護は、運命を信じる人間を突き動かす力、だとすると天罰だなんて大それたことを言っていても所詮は人間にできる行為の範疇の何かが起こる可能性があるというぐらいだ。
……でも可能性があるだけで、それは大貴族で将来の約束されたオリヴィアを狙った悪漢どもに対する対処と同じでいいはず。
だからこそそんなに警戒する必要性もない。だってオリヴィアは風の魔法の使い手だ。四元素の魔法の中でも一番強い魔法を持っている。だから警戒さえしていれば何か決定的な事件が起きるはずもない。
そうたしかに思う。
オリヴィアの部屋へと到着して、部屋付きの侍女が静かに扉を開けた。ろうかも部屋も、空が暗いせいで少しばかり薄暗く、雨がガラスの窓にぽつぽつと当たってしずくになって落ちていく。
そんな状況の中オリヴィアは警戒したように真剣な顔付きのまま部屋の中を見渡す。彼女は天啓を受けてい未来を知っていると言っていた。そのオリヴィアの様子がおかしく、天罰の運命を気にしている。
つまりはそういう事なのだろうと、テオの中の直感が告げる。しかし、オリヴィアの部屋には誰も侵入した痕跡もなければ気配もない。薄暗い部屋の中で、後ろから部屋に入って来たデリアが「上着をお預かりします」と小さな声で言った。
気の弱い彼女の事だ、この張りつめた状況に怯えているのだろうと思いながらテオは彼女の方を見た。
「ええ、お願い」
短く返すオリヴィアは、部屋の中を視線で一周見回して何もいないということに安心してから、少し気の抜けた声でそういった。
しかし、振り返らない。
……あ。
デリアを振り返ったテオにだけは見えていた。
デリアが普段からオリヴィアの世話をするように、当たり前に距離を詰めていく、その手にはぬらりと光を反射するナイフが握られている。
それは、オリヴィアに差し向けられていて、鈍い銀色をしている。両手で強く握られていて、刺すのだという意思が感じられた。理解してテオの体は反射で動いた。
デリアとオリヴィアの間に体を滑り込ませる。デリアを仕留めることよりもオリヴィアがほんのかすり傷でも負わないようにという判断だった。
テオは護衛騎士をしているけれど、その本領を発揮したことはこれまで一度もなかった。それはひとえにオリヴィアの方がずっと戦闘力が高いからだ。テオが敵を倒す前にオリヴィアが風の魔法で吹っ飛ばして解決している。
だから、いざという時がもし来たら、テオにできることはきっと肉の壁になってオリヴィアの代わりに傷を受けることぐらいしか出来ないのかもしれないと何となく思っていた。
ドンッと衝撃が走る。咄嗟の事だったが警戒していたためか体の重心をずらして急所を避ける。体全体でぶつかられて、揺らぎそうになるけれども踏ん張って耐えた。それから熱く重たい感覚がずしんと体に広がって、鈍い声を漏らす。
「ぐっ……」
デリアは驚いたような顔をして、しかしそれから酷く歪んだ笑みを浮かべつつ、ずるりとテオに突き刺さったナイフを引き抜く。痛みがあるような気がするけれどもよくわからない、ただ変な汗が出て患部を押さえると傷口から染み出した血液がぬるりとして手に絡みつく。
「ふっ、あははは。天罰ですよ、天罰っ」
高らかにデリアは笑って、テオではなくその後ろのオリヴィアを見て口にする。
「運命は決まっているんです、天罰が下ったんです」
……何を、言ってるんだ……。
まったく理解できないデリアの言動に、テオはそんな風に思いながらも次第に思考が難しくなってくる。ふらりと眩暈がして膝を折ってしゃがみ込むようにして床に膝をつけた。
それを支えるようにオリヴィアはすぐに手を伸ばし「テオ」と焦ったような声を出した。
「聖女様の言葉のとおり、天罰が下ったんです。運命はあの方の思うままっ!」
感極まったように言ったデリアは、血にぬれたナイフをオリヴィアに差し向ける。しかし、そんなことはお構いなしにオリヴィアはテオを自分に寄りかからせて顔を覗き込んだ。
「オリヴィア様も、ここで天罰にあってもらいま━━━━
ナイフを構えて突っ込んでくるデリアに、オリヴィアは魔法を使って彼女を吹っ飛ばした。
あっという間に部屋の壁に体を打ち付けて失神するデリアだったが、その様子を見るでもなく、オリヴィアはテオの腹に触れる。
それから傷口を圧迫するように押さえつけながら、彼女は眉間にしわを寄せてその鋭い瞳を悲しみに染めながら漏らすように言う。
「テオ、ああ……ああ、どうして。何もかも捨てたというのにどうしていつも、お前はわたくしを置いていこうとするの」
「……」
「お前さえいれば、わたくしは何もなせなくとも惨めではないのに」
顔を覗き込まれて柔らかな金髪がテオの頬を撫でる。大きなエメラルドから大粒のしずくがテオの頬にぽたりと音を立てて落ちた。
…………オリヴィア、さま。……俺の、ためなんかで、泣かないで。
きっと大丈夫だからそう口にしたいのに、上手く体が動かずに視界がかすむ。
「運命だなんて認めない。認めないわ。お前がいないのならわたくしの人生など意味もないのよ。テオ」
今まで、一度も言われたことがない言葉を言われて、テオはまるでこれでは本当に自分が死んでしまうみたいじゃないかと思う。それに痛みと遠のく意識の中で、妙に納得してしまった。
らしくないとアマーリエに言われていたオリヴィアは、この事態を回避するためにこれまで争いを避けてきたのだと思う。そして気高いオリヴィアは自分の命なんかに拘らない。命よりもプライドと気高さを優先するような人間だ。
「お願い今度こそ、置いてゆかないで、わたくしはお前と過ごす未来の為ならすべていらないわ。だから、テオどうか」
そんな彼女がこだわった命、それがつまりテオの命であり、彼女の受けた天啓はテオが死ぬ未来。それを回避するための行動が今までのすべてであるのだろう。
これがただの使用人だったらおこがましい思考かもしれなかったが、テオはオリヴィアの特別な騎士だった。だから、テオはオリヴィアを誰よりも大切にしていたし、オリヴィアはテオを一番に信頼している。
「生きていてほしいわ」
泣きながら縋るようにいうオリヴィアはとても心細そうで、こんな風に泣くのなんて幼いころ以来見たことなかった、だから傷つけてしまって申し訳ない気持ちと、やっぱりオリヴィアが傷つかなくてよかったという気持ちにさいなまれて曖昧に笑ってテオは重たい瞼を下ろす。
瞳を閉じると、「ああっ」と堪えられないような泣き声が耳に届いた。
80
あなたにおすすめの小説
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
その婚約破棄喜んで
空月 若葉
恋愛
婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。
そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。
注意…主人公がちょっと怖いかも(笑)
4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。
完結後、番外編を付け足しました。
カクヨムにも掲載しています。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜
白崎りか
恋愛
私の婚約者は、妹に夢中だ。
二人は、恋人同士だった賢者と聖女の生まれ変わりだと言われている。
「俺たちは真実の愛で結ばれている。おまえのような偽物の王女とは結婚しない! 婚約を破棄する!」
お好きにどうぞ。
だって私は、偽物の王女だけど、本物だから。
賢者の婚約者だった聖女は、この私なのだから。
婚約破棄される前に、帰らせていただきます!
パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。
普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。
婚約者を奪われるのは運命ですか?
ぽんぽこ狸
恋愛
転生者であるエリアナは、婚約者のカイルと聖女ベルティーナが仲睦まじげに横並びで座っている様子に表情を硬くしていた。
そしてカイルは、エリアナが今までカイルに指一本触れさせなかったことを引き合いに婚約破棄を申し出てきた。
終始イチャイチャしている彼らを腹立たしく思いながらも、了承できないと伝えると「ヤれない女には意味がない」ときっぱり言われ、エリアナは産まれて十五年寄り添ってきた婚約者を失うことになった。
自身の屋敷に帰ると、転生者であるエリアナをよく思っていない兄に絡まれ、感情のままに荷物を纏めて従者たちと屋敷を出た。
頭の中には「こうなる運命だったのよ」というベルティーナの言葉が反芻される。
そう言われてしまうと、エリアナには”やはり”そうなのかと思ってしまう理由があったのだった。
こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる