龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

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第一章 なぜ私であるのか

互いに不幸を願い憎み合っている。そういう関係

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「そういうことを聞いてはおらん! そんなのは脱いだところから見ておるからわかっている」

 ああ、どうも意味がまったく通じていないのだとジーナは理解した。それはそうだ、風習というものが違うのだろう。

「私の故郷……西の方と言っておきましょう。西の方では」
「西の方では!」

 ヘイムの合いの手は叫び声に近かった。

「地位が上の婦人と同行する際に休憩となったら地べたや岩の上に直には座らせません。必ず椅子か敷物を用意しなければなりませんが、無い場合は男が自分の服を敷きその上に座って貰います」

「服が無かったら自分の上とか言い出しそうな勢いであるな」

「よく分かりましたね。最終手段は膝の上となりますね」

「ハッなるほど。それが西の貴婦人に対する礼儀であるのか。なんというか過保護的で呆れるな。いちいち大変だろうに」

「いやそこまでは。こちらは西はですねこっちと違って男女が頻繁に歩くことはそうありません。そういう関係は限られております。こういうことをするのは基本的に親類の目上の女かまたは結婚相手で、やたらめったらするものではありませんし。これも別に男側にも利点がありまして、使用された上着は座った女が持って帰り綺麗にして後日返すのが返礼でして、あっ」

 ペラペラと無意識に話しているうちにジーナは事の重大さにやっと気づいた。これではまずヘイムは服を綺麗にする義務が発生してしまう。

 聞いた途端に無言で素早く上着に向かおうとするヘイムを手で止め、振り向けてくるその表情は楽しげであった。悪がいる。

「落ち着いてください。どうか早まらないように」

「あー疲れたぞぉ、はやく座って休みたいのだがなぁ。せっかく用意してくれたのだから、座ってやる」

 全然疲れてなさそうどころか元気な様子に見えることにジーナは腹が立った。おまけに分かっていてやっていると。

「まず確認したいのですがその上着の上にお座りになっても、綺麗になさる必要は決してありません」

「なぬ? 礼儀だというておっただろ。西のルールでやるのなら西の流儀に従うぞ。妾は礼儀知らずではないからな。そなたなんぞと違って礼儀作法にしきたりはきちんとするぞ」

 面倒な嫌がらせを、する気か? そうだ本気でやって私を苦しめる気だ。絶対にそうだ。

 何故私はあのようなことをして、あのようなことを言ってしまったのか? いつもそうだ。言わなきゃ良いことを言ってしまうそんな人生。

「あなたは最もエライ人というものでして」

「そうだが、現在妾は西のルールによってそなたから礼儀を受けている一人の女に過ぎん。そういうルールでやっておるであろうに。逆に特別扱いは許されんぞ。だから、ほれ、手を離せ、座らせい」

 ジーナは想像する。上着をこのまま回収されヘイムが綺麗に手を入れているのをシオンや女官が見るところを。どうして龍身様がこのような上着のお手入れを? 誰のです? えっ! あいつの? どうして? 無理矢理に? これは報告もとい抗議をしないと……こうなったら私は苦しむことになり、それは結果的に陰気な楽しみとなる。そうかそれが目的か、それなら理解できるし阻止しなければならない。

「あっそうだ。祖母の場合はその返礼はしなくてよいとされますね」

「おいこらそなた。妾を祖母役とするのか? いくらなんでもそれはないだろうに。母親役も同様な理由で却下だ。おっそうなると妾は、いまは、何役であるのだ? 言え」

 またこの人は分かってて聞いてくる。黒い笑顔のヘイムの憎たらしくてしょうがないとジーナは感じる。私の口から、言い難いことを聞き出そうとして、遊んでいる。

 一難去ってまた一難というより自ら災厄を招き入れている感が酷いと苦々しい気分に陥るしかなかった。

「……夫を亡くした未亡人の伯母役ということで」

「不吉な役にするな。だいたい伯母だと? そなたと妾は歳の差は無いと思えるが、生まれて何年ぐらいだ?」

「こちらと数え方では差はありましょうが、二十と少しぐらいでしょうか」

「それならほとんど同い年であるから、伯母や叔母設定は駄目となると次はなんだ」

 婚約者だと言えば簡単に解決するのであるのが、そう答えることにジーナは心の底から抵抗感があり言えるはずもなかった。

 言ったら最後、このことは嫌がらせの種にされ明日からも余計に苦しみが増えるのだから避けねばならない。

 この状況をどうにか、言葉に、早くとせがむヘイムの呪いの声を乗り越えるべくジーナは考え、それから閃いた。

 今ここにある関係をそのまま現す言葉を。

「じゃあ、こうしましょう」
「どうするのだ?」

 ヘイムの声は空へと弾んでいく音であり、ジーナの声は地面を転がり沈む音であった。

「すごく仲が悪いが親族婚しかできない理由で仮婚約しているものの、互いに不幸を願い憎み合い了解しあっている。そういう関係で」

 閃きとは? とその心がすぐに疑問を感じるぐらいにそれは不吉どころか呪われた関係のものでしかなく怒りの言葉が来るかと思いきや。

「ふーむ。そなたにしてはそこそこ良いではないか。褒めてつかわそう」

 なんでそうなるんだこの女はやはりおかしいのでは? とジーナは混乱しながらも安心し手を離すとヘイムは腕を三度叩いてきた。

 これは何を表しているのだろうか?

「そんな設定ですから、上着の上には無理して座らなくて良いですし、ましてや綺麗にするだなんて考えなくて、ってちょっと」

 腕を叩いたのはカモフラージュかヘイムは中腰半回転しながら上着へ尻を着地させ座り、勝ち誇った目をジーナに向いた。

「そのような設定の女だって世間の目があるからその礼儀は守ると思うぞ。さて諦めよ。それとも妾を無理矢理力づくでここから引き剥がして上着を回収するとでもいうのか? どうした往生際が悪いぞ、ほれ座れ」

 ヘイムは隣を右手で叩き催促してきたのでジーナは諦め座った。

 見上げる空には広く薄雲が漂い微妙に流れていく。なんて半端な空模様だなとジーナは思った。ソグの秋空はぼやけがちだ。すっきりとしない。

「それにしても西は古臭いのぉ。因習でがんじがらめそうだな。こうやって異性と歩くことにも制約があるとは、中央に来てよかったな」

「ヘイム様のキツめのソグ訛りのほうが古臭く思えますよ」

「黙れ。妾は別にこれでいいのだ。そもそもなんでそなたは流暢にこっちの発音で話せるのだ?しかも馬鹿みたいな丁寧語を。上っ面は礼儀正しいだけの礼儀知らず。だからバルツら騙されてはここに派遣したのだろうがな」

 あなたの前だけこうなのですよとジーナは心の中で呟く。

「言葉に関しては仕事の関係でしてね。以前は旅の商人のもとで働いていましてそこから……あのそろそろお時間では? 早目に切り上げた方がよろしいかと」

「焦るなサボるな。まだまだだろうに何か用でもあるのか? 無いだろう? まっそなたにとって妾の護衛以上に大事な用などありはせぬしな。妾の隣に侍ることがそなたの使命であろう」

 そうですよ。なにも無いけどここにいるよりかはマシだから離れたいんです、と心の中で思うとやはり返される。

「妾といるよりかはマシだから早く解放されたいと顔に書いておるぞ」

「さすが読めるのですね。口に出した方が良いですか?」

「開き直るでない。どこまでも正直に言いおってからに」

「シオン様がいる場ではこのような口は利きませんので。あなたといる時だけこんな話し方をします」

「ハハッそれではシオンの方が上であるようではないか。あまりにも調子に乗り過ぎているようだが、妾は今日は機嫌が少しだけ良いから勘弁してやろう」

 えっそうなのかとジーナはヘイムを見ると確かにどこか満足気に見える。しかしここまでのことを思い出すと、どこをとっても機嫌が悪くなるようなことばかりだった気がするが、これは自分をいたぶっていたから機嫌が良くなったと解していいのだろうかとジーナは気を滅入らせつつ溜息を吐いた。なんて性格の悪い女なんだ。良心を母親の腹の中に置き忘れて生まれて来たのか?

「なんだ腹でも減ったのか。では今日の褒美だ。これでも食っておけ」

 勘違いしたヘイムは懐から包みを取り出し結び目を解くと中から様々なものが現れその中から菓子を取り出した。

 そんなところにそんなものが入っていたとは。

「おっこれがいいな。上手い具合に割れておる。ほれこっちの小さい方をあげてやる」

「菓子だけに下賜でしょうか」

「そなたはとんでもなくつまらぬことを言うのだな。なんてつまらない男だ。憐れんでやる」

 そうだ私は可哀想な男だ。こんな女にいたぶられてしまってからに。

「いりません」
「聞こえません。どうだありがたいだろ。感謝を言え」

 拒絶反応で身体が固まるが時間を少しおいてからヘイムは表情を変えずに、また言った。

「言え」

 弱みを見せたらどこまでもどこまでも突いてくるんだなとジーナは抵抗を諦めた。もういい、ここにいる自分とは護衛として、女と共にいる男として、義務を果たすものであるのだと。

「ありがとうございます」

 おそるおそる手を伸ばすその先にあるそれは、欠片みたいな焼き菓子であり抓んだら今にも崩れて零れそうであり、指先で触れると一部が砕け、より小さくなった。
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