龍を討つもの、龍となるもの

かみやなおあき

文字の大きさ
24 / 313
第一章 なぜ私であるのか

なにゆえ苦しみをもたらす元凶にこんなことを言われないといけないのか

しおりを挟む
「優しく、だぞ。そなたの力だとせっかくのものが粉みじんになってしまうからな」

「分かっています」

 二本の指で抓み受け取り掌に乗せる、その一欠けらのもの。形を崩さぬよう慎重に口に運び入れ噛むと脆く砕け溶け儚さのように消えた。

 甘味は感じられず雑穀の苦味だけが口中に広がる。苦行の味。僧が修行のために食べていそうな代物であり、殆どの欲望を捨て去ることを目的としたこの味。

 そうだというのに、ジーナは自分の目頭が熱くなっていくことに気づき指先で拭った何故涙が出るのか、それはきっと、これのせいだと、それ以外にはない、何もないはずだ。

「うまいですね、これ」
「なぬ?旨いというのか?」

 驚き困惑しつつヘイムが問うとジーナは頷く。

「はい。旨いです。ちょっと感動するレベルで」

「おっおぉそうかそうか。よほど腹が減っていたのか」

「そういうわけでは……いえ、そうです」

「そのな、妾はもういらん。そこまで食べたいのなら、ほれ食え」

 ヘイムは自分の手に持っていたそれをジーナに渡した。ヘイムはどこか気まずそうな顔でジーナが食べているところを見ている。

 涙が落ちぬよう顔をあげながらジーナは自分の咀嚼音だけを聞きながら考え続けている。私はとてつもなく腹が減っていたのだろう。

 自覚がないだけでそういえば昼は過ぎているし、仕事も頑張ったうえにこんなストレスフルな残業も苦労しつつだいたいこなしきったことによる解放感も手伝って私は、泣いているのだ。

 この焼き菓子がこんなに旨いのもそれのせいだ。絶対にそうだ。いいやそうでなければならない。

 結論と共に焼き菓子を呑み込み、素早く涙を拭って顔を向き直すとどうしてかヘイムの顔が恥ずかしげであった。自らの悪に恥じ入っているのだろうか?

「たいへんに美味しゅうございました」
「そうか……よかったな」
「はい良かったです」

 何だ急におとなしくなっているがこの人は躁鬱気味なのかなともジーナは訝しむ。

「それで今のはなんというものですか? 食べたことのないものでしたが」

「ああそれはな、その、ソグの家庭料理というか、簡単な菓子でな、茶請け用というもので、
そのまま食べてもそう旨いものでも何でもないが……旨いというのか……そうか」

 こんなもので感激するとはこいつどんだけ貧しい出自なのだという声が聞こえてきそうだがジーナは無視した。

「私の舌が貧しいのでこれで十分旨いのです。いやとても良いものでした。今度街で買うことにします」
「待て」

 声より早く先にヘイムの右手がジーナの左手に被さり押し付けられ、その眼は大きく見開いている。なんて大きな瞳だろうか。

「これは店で売るようなものではないから、ないぞ。だからそのな、ここで龍の館で食べるがいい。この味はここでしか食べられないものだからそうするがよい、そうしろ。次は多めに焼いておくから……あっ女官がだぞ、女官が焼くから安心しろ」

「それは楽しみですが、そこまでして頂くことも」

 ジーナは正気を取り戻しつつあった。菓子に釣られてこんな仕事をしていいのかと? 駄目に決まっている。駄菓子で釣るとは子供だましであり、私は子供ではないのだから、騙されてはならない。

「気にするなどうせ苦しい思いをするなら、少しでも良いことがあった方が良いであろうに。これもまた慈悲心だ」

 なにゆえ苦しみをもたらす元凶にこんなことを言われないといけないのか? 分からないもののジーナは思うしかなかった。思わなければやっていけない。

「その慈悲心で今日の苦労が報われた、と思うこととします。嫌なことばかりでしたからね」

「一言多いが、それもまた許してやる」

 その時、半端な空模様が割れちょうど陽射しがヘイムの周辺に降り注ぎ、その瞬間の表情をジーナは見ることができなかったが、きっと笑っていたのだなと察した。よく笑う女だ。この人はいま自分が笑っているという自覚はあるのかな、とジーナは思い、そのうえで自らを思う。

 こっちはずっと苦しい顔をしているというのに……うん? とジーナはいまの自分の考えに違和感を覚える。本当に? 見えてはいないのにどうして分かる? そう、自分の顔は見えないがヘイムの顔は見える、笑顔だけ、見える。 

 もしかして自分はいま微笑んでいるのでは?  
だからあっちは笑っているのでは?
 そうだとしたらまさか今日私が見たこの人の笑顔とはつまり、その可能性があるとしたら……だがそれは問うてはならない、とジーナは息を呑んだ。

「龍身様?」

 不意の声に驚き一呼吸ズレながら反応し振り向くとそこにはルーゲン師が立っていた。

「ルーゲンか。そろそろ時間だというのか?」

 誰の声? と低く重々しい声の方をジーナはまた慌てて振り返るとヘイムが立ち上がっていた。なんだ急に調子を変えて、やはり躁鬱症気味なのだなとジーナは認識を深めた。

「そのためにお迎えに参りました。龍の間におられませんでしたので探しましたところ……このようなところにおられるとは意外なことで」

 そう言いながらルーゲンはジーナの方を視線を向け目が合うとルーゲンの方が目を逸らした。見たこともない暗い瞳だった。

 おかしい、とジーナは何故か焦燥感に駆られた。ルーゲン師のこんなよそよそしくバツの悪そうな態度は、なんだ?

 この人のこんな姿は初めて見た。あれか? ヘイムが近くにいるから、こうなのか?ああそうか、それならそうだし、もしかして私が外に連れ回したと誤解して怒っているのかも……それは違う、とジーナは立ち上がる。

「あっルーゲン師、これはですね、その」

 ジーナが話し出すとヘイムが手でそれを制した。

「歩かぬと体力が落ちる一方であるからな。だからこうして昼に運動したわけだが、龍の騎士が多忙なためにこの龍の護衛を代理にしたまでのことだ。それともこの程度のこともそちらに連絡せねば具合が悪いとでもいうつもりか?」

 声どころか人が変わったようなその言葉と姿にジーナは戸惑った。この人は……ヘイムではないのでは、と。いや、半分はそうなのだが。

「いえ。敷地内を歩くというぐらいのならなんら連絡の必要がございません。ただ二人だけでの外出は危険でありまして」

「龍の騎士と龍の護衛がいれば十分では無いのか?」

「……そこは龍身様のご判断にお委ね致します。もう儀式のお時間ですのでどうかご準備を」

 ルーゲンは右手を差し出し龍身は左手を出しその手を取り、立った。

 待ちに待った解放の時が来た、とジーナは歩き出す二人のその後姿を見ていると、ヘイムの右腕に自分の上着が掛かっている。盗人、いつの間に! 「あっ!」と小さな叫び声を出すとその声を待っていたようにヘイムは上着を揺すった。

 為す術もなく見送り遠ざかる中でジーナは次回もまためんどくさいなと不安を覚えるもこれで今日は終わりだと息を吐いた。

「ああ良かった」と声に出して言うと不快の破片が身体のどこかにあるのか鈍い痛みを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...