25 / 313
第一章 なぜ私であるのか
お前はまだ気付いていないだけのことだ
しおりを挟む
「シオン殿から聞いたが頑張っているようだなジーナ! まことに良いことだぞ」
いつもは厳格さと同居する陰気な雰囲気であるバルツ将軍の執務室が今日はやたら様子が違った。なにせ開口一番でいきなり褒めたのだから。
「言葉のやり取りや態度及び意思疎通は申し分なく、儀式の準備も驚くほどのやる気を見せておりかつ要領がよく、そのうえ非番の日だというのに庭の整備を手伝うほど。どうしたのだお前は? あれほど嫌々していたのにはじめてみるとこんなにやる気満々評価は上々とは、あれは演技か?」
そんなわけありません、と言うのも憚られる上機嫌であるのでジーナは適当に話を合わせることにした。
都合よく勘違いしてくれれば良いこともあろう、と。
「やはり俺達の見込み通りだったな。この調子で以後励むようにな。龍身様も不信仰者が感化されていくのを見るのは嬉しかろう」
「そっその件なのですがバルツ様……そのですね、実を言いますと私はその、あの御方に不興を買ってしまったようなのです。無理をし気を遣われてそのような報告をしているかと。おまけに苦行すら与えられております。ですからこのままだと更なる失礼となりますので自分をこの職から解いた方がよろしくかと」
こんなことを訴えても無意味だろうなと思いながら伝えるもバルツの満面の笑みは少しも損なわれずにいるのを見て、無駄だったなと諦めた。
「流石は龍身様……こんな無礼千万な不信仰者にも慈悲の鞭を与えて下さるとは。いいかジーナ。真実見捨てられるとしたら龍身様はお前に対して何もしないぞ。お前などいてもいなくても変わりはないからな。だからその厳しい対応もお前に気付いてほしいからだ。つまり龍を信仰しないものはどれだけこの世で苦しい思いをするかを、だ。大丈夫、お前はまだ気付いていないだけのことだ。いい、いい、反論はいらん。口は嫌だと言っても体はきちんと龍身様の敬う動きをしている。これが感化されている証拠だ。偉大なる龍の徳にな。その調子で職務に励むようにな。お前の頑張りに心から嬉しい。俺からは以上だ」
バタリと扉を閉め廊下に出たジーナは長い溜息をついた。全然違いますよバルツ将軍。あの人は戦場の指揮だと信じられない程の勘の鋭さを見せて兵隊を心服させる方であるのに、それ以外の実生活では怖いほどの鈍感さと思い込みには驚くことしきりだと。特に龍に関しては思い込みが強烈な狂信者そのもの。
どうしてこうなったと己の境遇を呪いながら兵舎を中央門から出ようとすると、眼の前の道をソグ僧の集団が通り過ぎていく。
彼らは三色の神聖なる色である赤紫黄にて染め上げた僧衣を身に着ける。その色は伝えられる龍の色であり、ソグという龍の教団地帯に相応しい色が入り乱れ混じわり流れていくのをジーナが眺めていると、誰か一人が取り残されていた。
道の真ん中に立ちこちらを見ながら近づいてくる。予感もあったせいか誰だかすぐに分かり、手を挙げると向うも手を挙げ、声を掛けてきた。
「ジーナ君。ここに来ていたのか、なら丁度良かった」
そこにはいつもと変わらぬルーゲン師がいた。その特徴的な雌雄眼も透き通った声も何もかも知っているルーゲン師であり、昨日のではないとジーナは安心した。あれもまた龍のせいなのであろう。龍は人を狂わせる、信仰しようがしまいが、人の心を支配しにくる。
「先日は講義をお休みにしてしまい申し訳ありませんでした。その穴埋めになるかどうかは分かりませんが歩きながらで良ければいかがです?」
「そのことでしたか。いえ、ルーゲン師が良いのならこちらとしては異存はありません。そもそもあの講義はバルツ様が無理矢理お願いして始まったものですからそちらの御都合で本当にいいのです。あなたみたいな忙しいお方にこんなことをさせるだなんて恐縮、というよりは無くしてしまっても良いと思います」
遠慮のないジーナの真摯な訴えもルーゲンは冗談としてとらえたのか微笑み手を振る。みんな私の望むことをしてはくれない。
「そこまで遠慮はいりませんよ。バルツ様には大きな恩義がありますし君にも借りがあります。これはいわば僕の義務感を満足させるものでもありますし時間だって空き時間に講義をしているだけですから青空教室でよければ外でもいいのです。要は聞くものと話すものがいれば成り立つのですからね。とりあえず今日は帰り道がてらで行きましょう」
それならそこまで長い講義にならなそうだとジーナは安心した。ルーゲンが悪いわけでは無いが講義は辛い衝動が身の内から湧き出でて部屋から飛び出したいとと思うことが多々あった。
龍のこと、それにずっと座りっぱなしであること。その辛さが歩くことによって幾分か緩和されるとジーナは期待したが、次の一言で希望は全て吹き飛んだ。
「今日は……まずは龍身様のお話を致しましょう。先日に様々なことをお伺いいたしました」
記憶によるとこの前の続きは龍の礼儀作法の細々した歴史の話ではなったのか? 興味は無いしひとつも覚えてはいないが、今回だけはどうかそちらに戻してください、とジーナはルーゲンを見るが彼はこちらを見ない。遠くを、見ている。
「龍身様はこれまでの龍の護衛とはあまり関わろうとはしませんでした。龍の騎士の助手として仕事をこなすのみだけでしたが、君の場合些か違うようですね。ええそうです。君ではなく、あちらが、ジーナ君ではなく龍身様がです。どうしてでしょうね。君が不信仰者であるためでしょうか、君はどう思われますか?」
空は静かであり空気は心地良く乾燥し風は穏やかに流れゆくその中をルーゲン師と歩きその綺麗な声を聞く……何ひとつとして苦しい要素はないという嫌な予感と緊張感があるのはどうして?
ジーナの心はあのヘイムと一緒にいるような、そんな苦しい気持ちになりつつあった。
「それは、あの御方は龍の信者にはお優しいでしょうが、不信仰者には少し酷なことをする気が致します。私に対する一連の御行動もそういった心理からでたものではないかと」
「すると君は龍身様に疎まれ嫌われていると考え感じているというのかな?」
「はい、そうだと思います」
一瞬風が強く吹いたような気がしジーナは目をこすりまたルーゲンを見るとこちらに目を向けていた。風で髪型が乱れ顔にかかるも、その下にはいつもの笑顔があるはずだ。
「僕は君のその見解に賛同するよ」
「これはまたありがとうございます」
それは君の勘違いだよ、とバルツ同様のことを言われるかと思っていたジーナは思わぬ賛同に嬉しくなった。
「おそらく龍身様はまだかつての部分が未だに残っておられると考えましたら、そういったことをするのかもしれませんね」
かつてとは? 今あるのが全てではないのか? 疑問を感じ考えるジーナに構わずにルーゲンは講義を始めた。
「かつてというのは龍身様はのソグ王家の王女であり皇位継承者順位末番という立場のお方でした。母がソグの王女でありその父は中央の皇帝、先代の龍ですね。その先代の龍は中央周辺主義者であられたために地方を辺境だとし、特にお力を注がれなかったのはこのことでよく分かるかと思われます。そんな立場でありましたからかつての龍身様は末番であるために皇女としての意識は薄く、ソグ王室の王女の伝統に倣い龍の巫女として結婚までの間はその身を龍に捧げる予定でした」
結婚まで龍に捧げるか、とジーナは変な不愉快さを感じ顔をしかめた。
「そんな中でこの間の春先に中央から親戚一同集っての数年に一度の恒例行事である祝賀会が催されることとなりました。末番とはいえ龍の一族であり皇女の一人であられますのでかつての龍身様は中央に向かって旅立ちました……ここから先は以前に講義でお話いたしましたよね」
はい、と言いジーナは思い出す。どうしてか、すぐに思い出せた。それは途中の城にて滞在中に突然床に伏せてしまい高熱に見舞われた、ということ。
「東シアルフィの城にて目覚められたのです。龍身様となって、です」
「……そして世界には龍は二頭となった。そういうことですね」
苦々しくジーナが言うとルーゲンは明るく言う。
「そういうことです。不明な点が多いのですが、とりあえず状況をおさらいするとこうなります。現在中央にいる先代の龍が倒れ皇位を継いだあの男、これを偽龍と呼びましょう。これが祝賀会の際に集まった皇位継承候補者たちを全員暗殺した。目的は自らの地位を確立させたいが為でしょう。理由として考えられるのは、ひとつ。自らが偽物であるという自覚故のものです」
「その可能性が……強い、ですよね」
歯切れが悪くくぐもった声でジーナが応じるとルーゲンは不思議そうな顔をした。
「強いのではなく、確実にですよ。偽龍は継承権のある龍の一族を抹殺すれば自分が本物の龍となれると思っていたのでしょうが、病気に倒れていた末番の皇女が残ったことにより龍命がそちらに降ったということです。これが世界に龍身が二人現れ龍が二頭となった経緯です」
そうだ二匹だ、とジーナは心の中でそっと呟く。心の中でだって油断せずに小声で。
「東シアフィルの城に殺戮の現場から命辛々逃げだしたものたちからの報告が届き、龍身様に刺客が向けられるのは確実だと言うので脱出する際に力を貸してくれたのが、君たちだ」
そうだ、とジーナは思い出す。あの日青年僧が我々の陣営にやってきたことを。しかも、同盟を打診してくるとは。東シアフィル解放戦線……一般的には反中央のテロリスト集団であり、バルツは将軍というよりも頭目または首魁と言えた。
「まぁ私は、その、よく知らないで参加したのであなたの説明でびっくりしましたよ」
「ハハッいつ聞いてもそれはこっちの台詞だね。僕も僕でバルツ将軍があそこまで敬虔なる信徒だとは想像もしていなかったからおあいこといえるがね。東の方で暴れている武装集団……それが解放戦線のイメージでしたが、頭目に会って話したら無学な乱暴者ではなく学識のある武人であり、その活動も龍の周囲にいる君側の奸を排除するためのものであった。まさに真の信仰者と言えるものでしたね」
平然と語るルーゲンを横目で見ながらジーナは更に思い出す、そのことを知らないというのにルーゲンがバルツのもとに現れ、説いたことを。中央にいる龍は偽物であり我々が擁する龍身こそ真の龍であり、そのためにはこの戦いに勝つ必要がある。
そうであるからあなたがたは龍身様のために戦う聖なる義務がある、と。自信満々に語るルーゲンであったがジーナは驚きつつ、見ていた。その首に伝う汗を、その表情を。以後、ルーゲンはそのような顔をしているのを見たことがないため、ジーナはあの態度の意味を察した。
バルツはその申し出を承諾したこのことがルーゲンが後に龍の護軍の論功における筆頭に選ばれた理由であった。
同盟成立後バルツは大至急全隊を率いてソグへと撤退中であったヘイム達と合流し、追撃してくる中央の軍の前に立つ盾となり戦い続け、一進一退の攻防の果てに発生したのが例のソグ山の決戦であった。
「一時は絶望的といえる状況の中、あなた方のおかげでこうして我々はソグに戻ってこれました。あの山では君は英雄でしたね。まさに最前線でしたよ」
反射的にジーナは顔を上げ北の山を見上る。雪によって真っ白に化粧された山脈、ソグ山。あそこで私は、我々は戦った……しかし
「英雄だなんてとんでもない。私は私の務めを果たしただけです。特別に褒められるものではありません」
「だから勲章を辞退したのだろうね。けれどそういった謙遜の情があるからこそ違う形での名誉として君は龍の護衛に任命されたわけだ」
それを聞いて顔をしかめるジーナにルーゲンは苦笑いした。
「君はよく分からない男だね。我々は龍のために命を賭け戦っているというのに君だけが微妙に違うのだから。まぁ信仰心の薄いものもいるし自分の生活のためというものも多いことは僕も理解しています。多かれ少なかれ正直なところはそうでありますが、どれだけ信心少なき者に聞いても、龍のために戦うことは自分の命が救われることと繋がっているとは分かっております。だが君だけにはそれが、ない」
いつもの、たまにする指摘をルーゲンをしジーナはいつもと同じ答えを出す。
「私はそういう男なだけです」
「だけどそんな男は龍のためには戦いはしません。ああ君の次の台詞は分かっています。金のためと中央の龍を倒すためですね。こんなことを言ったらいけないのかもしれませんが、まっそんな男が一人いたほうがバランスが取れるかもしれませんね。なにとなにとのバランスであるのか知りませんが。とにかくあのソグ山の戦いはこの内乱の一つの峠と言ってよいものでしょう。我々はあれを乗り越えられた。よってこの戦争はこちらの勝利が固いものとなりましたからね」
急な勝利宣言にジーナの頭は理解が追い付かずに立ち止まるとルーゲンが耳元に口を近づけ囁いた。
「戦争は僕たちの勝ちですよ。これはまず、揺るぎないものです」
いつもは厳格さと同居する陰気な雰囲気であるバルツ将軍の執務室が今日はやたら様子が違った。なにせ開口一番でいきなり褒めたのだから。
「言葉のやり取りや態度及び意思疎通は申し分なく、儀式の準備も驚くほどのやる気を見せておりかつ要領がよく、そのうえ非番の日だというのに庭の整備を手伝うほど。どうしたのだお前は? あれほど嫌々していたのにはじめてみるとこんなにやる気満々評価は上々とは、あれは演技か?」
そんなわけありません、と言うのも憚られる上機嫌であるのでジーナは適当に話を合わせることにした。
都合よく勘違いしてくれれば良いこともあろう、と。
「やはり俺達の見込み通りだったな。この調子で以後励むようにな。龍身様も不信仰者が感化されていくのを見るのは嬉しかろう」
「そっその件なのですがバルツ様……そのですね、実を言いますと私はその、あの御方に不興を買ってしまったようなのです。無理をし気を遣われてそのような報告をしているかと。おまけに苦行すら与えられております。ですからこのままだと更なる失礼となりますので自分をこの職から解いた方がよろしくかと」
こんなことを訴えても無意味だろうなと思いながら伝えるもバルツの満面の笑みは少しも損なわれずにいるのを見て、無駄だったなと諦めた。
「流石は龍身様……こんな無礼千万な不信仰者にも慈悲の鞭を与えて下さるとは。いいかジーナ。真実見捨てられるとしたら龍身様はお前に対して何もしないぞ。お前などいてもいなくても変わりはないからな。だからその厳しい対応もお前に気付いてほしいからだ。つまり龍を信仰しないものはどれだけこの世で苦しい思いをするかを、だ。大丈夫、お前はまだ気付いていないだけのことだ。いい、いい、反論はいらん。口は嫌だと言っても体はきちんと龍身様の敬う動きをしている。これが感化されている証拠だ。偉大なる龍の徳にな。その調子で職務に励むようにな。お前の頑張りに心から嬉しい。俺からは以上だ」
バタリと扉を閉め廊下に出たジーナは長い溜息をついた。全然違いますよバルツ将軍。あの人は戦場の指揮だと信じられない程の勘の鋭さを見せて兵隊を心服させる方であるのに、それ以外の実生活では怖いほどの鈍感さと思い込みには驚くことしきりだと。特に龍に関しては思い込みが強烈な狂信者そのもの。
どうしてこうなったと己の境遇を呪いながら兵舎を中央門から出ようとすると、眼の前の道をソグ僧の集団が通り過ぎていく。
彼らは三色の神聖なる色である赤紫黄にて染め上げた僧衣を身に着ける。その色は伝えられる龍の色であり、ソグという龍の教団地帯に相応しい色が入り乱れ混じわり流れていくのをジーナが眺めていると、誰か一人が取り残されていた。
道の真ん中に立ちこちらを見ながら近づいてくる。予感もあったせいか誰だかすぐに分かり、手を挙げると向うも手を挙げ、声を掛けてきた。
「ジーナ君。ここに来ていたのか、なら丁度良かった」
そこにはいつもと変わらぬルーゲン師がいた。その特徴的な雌雄眼も透き通った声も何もかも知っているルーゲン師であり、昨日のではないとジーナは安心した。あれもまた龍のせいなのであろう。龍は人を狂わせる、信仰しようがしまいが、人の心を支配しにくる。
「先日は講義をお休みにしてしまい申し訳ありませんでした。その穴埋めになるかどうかは分かりませんが歩きながらで良ければいかがです?」
「そのことでしたか。いえ、ルーゲン師が良いのならこちらとしては異存はありません。そもそもあの講義はバルツ様が無理矢理お願いして始まったものですからそちらの御都合で本当にいいのです。あなたみたいな忙しいお方にこんなことをさせるだなんて恐縮、というよりは無くしてしまっても良いと思います」
遠慮のないジーナの真摯な訴えもルーゲンは冗談としてとらえたのか微笑み手を振る。みんな私の望むことをしてはくれない。
「そこまで遠慮はいりませんよ。バルツ様には大きな恩義がありますし君にも借りがあります。これはいわば僕の義務感を満足させるものでもありますし時間だって空き時間に講義をしているだけですから青空教室でよければ外でもいいのです。要は聞くものと話すものがいれば成り立つのですからね。とりあえず今日は帰り道がてらで行きましょう」
それならそこまで長い講義にならなそうだとジーナは安心した。ルーゲンが悪いわけでは無いが講義は辛い衝動が身の内から湧き出でて部屋から飛び出したいとと思うことが多々あった。
龍のこと、それにずっと座りっぱなしであること。その辛さが歩くことによって幾分か緩和されるとジーナは期待したが、次の一言で希望は全て吹き飛んだ。
「今日は……まずは龍身様のお話を致しましょう。先日に様々なことをお伺いいたしました」
記憶によるとこの前の続きは龍の礼儀作法の細々した歴史の話ではなったのか? 興味は無いしひとつも覚えてはいないが、今回だけはどうかそちらに戻してください、とジーナはルーゲンを見るが彼はこちらを見ない。遠くを、見ている。
「龍身様はこれまでの龍の護衛とはあまり関わろうとはしませんでした。龍の騎士の助手として仕事をこなすのみだけでしたが、君の場合些か違うようですね。ええそうです。君ではなく、あちらが、ジーナ君ではなく龍身様がです。どうしてでしょうね。君が不信仰者であるためでしょうか、君はどう思われますか?」
空は静かであり空気は心地良く乾燥し風は穏やかに流れゆくその中をルーゲン師と歩きその綺麗な声を聞く……何ひとつとして苦しい要素はないという嫌な予感と緊張感があるのはどうして?
ジーナの心はあのヘイムと一緒にいるような、そんな苦しい気持ちになりつつあった。
「それは、あの御方は龍の信者にはお優しいでしょうが、不信仰者には少し酷なことをする気が致します。私に対する一連の御行動もそういった心理からでたものではないかと」
「すると君は龍身様に疎まれ嫌われていると考え感じているというのかな?」
「はい、そうだと思います」
一瞬風が強く吹いたような気がしジーナは目をこすりまたルーゲンを見るとこちらに目を向けていた。風で髪型が乱れ顔にかかるも、その下にはいつもの笑顔があるはずだ。
「僕は君のその見解に賛同するよ」
「これはまたありがとうございます」
それは君の勘違いだよ、とバルツ同様のことを言われるかと思っていたジーナは思わぬ賛同に嬉しくなった。
「おそらく龍身様はまだかつての部分が未だに残っておられると考えましたら、そういったことをするのかもしれませんね」
かつてとは? 今あるのが全てではないのか? 疑問を感じ考えるジーナに構わずにルーゲンは講義を始めた。
「かつてというのは龍身様はのソグ王家の王女であり皇位継承者順位末番という立場のお方でした。母がソグの王女でありその父は中央の皇帝、先代の龍ですね。その先代の龍は中央周辺主義者であられたために地方を辺境だとし、特にお力を注がれなかったのはこのことでよく分かるかと思われます。そんな立場でありましたからかつての龍身様は末番であるために皇女としての意識は薄く、ソグ王室の王女の伝統に倣い龍の巫女として結婚までの間はその身を龍に捧げる予定でした」
結婚まで龍に捧げるか、とジーナは変な不愉快さを感じ顔をしかめた。
「そんな中でこの間の春先に中央から親戚一同集っての数年に一度の恒例行事である祝賀会が催されることとなりました。末番とはいえ龍の一族であり皇女の一人であられますのでかつての龍身様は中央に向かって旅立ちました……ここから先は以前に講義でお話いたしましたよね」
はい、と言いジーナは思い出す。どうしてか、すぐに思い出せた。それは途中の城にて滞在中に突然床に伏せてしまい高熱に見舞われた、ということ。
「東シアルフィの城にて目覚められたのです。龍身様となって、です」
「……そして世界には龍は二頭となった。そういうことですね」
苦々しくジーナが言うとルーゲンは明るく言う。
「そういうことです。不明な点が多いのですが、とりあえず状況をおさらいするとこうなります。現在中央にいる先代の龍が倒れ皇位を継いだあの男、これを偽龍と呼びましょう。これが祝賀会の際に集まった皇位継承候補者たちを全員暗殺した。目的は自らの地位を確立させたいが為でしょう。理由として考えられるのは、ひとつ。自らが偽物であるという自覚故のものです」
「その可能性が……強い、ですよね」
歯切れが悪くくぐもった声でジーナが応じるとルーゲンは不思議そうな顔をした。
「強いのではなく、確実にですよ。偽龍は継承権のある龍の一族を抹殺すれば自分が本物の龍となれると思っていたのでしょうが、病気に倒れていた末番の皇女が残ったことにより龍命がそちらに降ったということです。これが世界に龍身が二人現れ龍が二頭となった経緯です」
そうだ二匹だ、とジーナは心の中でそっと呟く。心の中でだって油断せずに小声で。
「東シアフィルの城に殺戮の現場から命辛々逃げだしたものたちからの報告が届き、龍身様に刺客が向けられるのは確実だと言うので脱出する際に力を貸してくれたのが、君たちだ」
そうだ、とジーナは思い出す。あの日青年僧が我々の陣営にやってきたことを。しかも、同盟を打診してくるとは。東シアフィル解放戦線……一般的には反中央のテロリスト集団であり、バルツは将軍というよりも頭目または首魁と言えた。
「まぁ私は、その、よく知らないで参加したのであなたの説明でびっくりしましたよ」
「ハハッいつ聞いてもそれはこっちの台詞だね。僕も僕でバルツ将軍があそこまで敬虔なる信徒だとは想像もしていなかったからおあいこといえるがね。東の方で暴れている武装集団……それが解放戦線のイメージでしたが、頭目に会って話したら無学な乱暴者ではなく学識のある武人であり、その活動も龍の周囲にいる君側の奸を排除するためのものであった。まさに真の信仰者と言えるものでしたね」
平然と語るルーゲンを横目で見ながらジーナは更に思い出す、そのことを知らないというのにルーゲンがバルツのもとに現れ、説いたことを。中央にいる龍は偽物であり我々が擁する龍身こそ真の龍であり、そのためにはこの戦いに勝つ必要がある。
そうであるからあなたがたは龍身様のために戦う聖なる義務がある、と。自信満々に語るルーゲンであったがジーナは驚きつつ、見ていた。その首に伝う汗を、その表情を。以後、ルーゲンはそのような顔をしているのを見たことがないため、ジーナはあの態度の意味を察した。
バルツはその申し出を承諾したこのことがルーゲンが後に龍の護軍の論功における筆頭に選ばれた理由であった。
同盟成立後バルツは大至急全隊を率いてソグへと撤退中であったヘイム達と合流し、追撃してくる中央の軍の前に立つ盾となり戦い続け、一進一退の攻防の果てに発生したのが例のソグ山の決戦であった。
「一時は絶望的といえる状況の中、あなた方のおかげでこうして我々はソグに戻ってこれました。あの山では君は英雄でしたね。まさに最前線でしたよ」
反射的にジーナは顔を上げ北の山を見上る。雪によって真っ白に化粧された山脈、ソグ山。あそこで私は、我々は戦った……しかし
「英雄だなんてとんでもない。私は私の務めを果たしただけです。特別に褒められるものではありません」
「だから勲章を辞退したのだろうね。けれどそういった謙遜の情があるからこそ違う形での名誉として君は龍の護衛に任命されたわけだ」
それを聞いて顔をしかめるジーナにルーゲンは苦笑いした。
「君はよく分からない男だね。我々は龍のために命を賭け戦っているというのに君だけが微妙に違うのだから。まぁ信仰心の薄いものもいるし自分の生活のためというものも多いことは僕も理解しています。多かれ少なかれ正直なところはそうでありますが、どれだけ信心少なき者に聞いても、龍のために戦うことは自分の命が救われることと繋がっているとは分かっております。だが君だけにはそれが、ない」
いつもの、たまにする指摘をルーゲンをしジーナはいつもと同じ答えを出す。
「私はそういう男なだけです」
「だけどそんな男は龍のためには戦いはしません。ああ君の次の台詞は分かっています。金のためと中央の龍を倒すためですね。こんなことを言ったらいけないのかもしれませんが、まっそんな男が一人いたほうがバランスが取れるかもしれませんね。なにとなにとのバランスであるのか知りませんが。とにかくあのソグ山の戦いはこの内乱の一つの峠と言ってよいものでしょう。我々はあれを乗り越えられた。よってこの戦争はこちらの勝利が固いものとなりましたからね」
急な勝利宣言にジーナの頭は理解が追い付かずに立ち止まるとルーゲンが耳元に口を近づけ囁いた。
「戦争は僕たちの勝ちですよ。これはまず、揺るぎないものです」
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる