リトルラバー

鏡紫郎

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第十話 動揺

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「う~ん、いい感じに撮れてる。これぞカップルって感じだね」

 小さいながらに綺麗に写る二人の姿に大変満足する奈々花であったが、彼女とは対称的にそれを後ろから覗き込む竜也の方は渋い顔を見せている。

「いや、どう見てもこの写真は親子か、援助交際してるおっさんと女子高生だろ」

「ちょっと、悲観すぎるよタッツー。素直に嬉しいって喜びなよ」

「これ見て素直に喜べるか! 如何に俺が歳とったか実感させられるだけじゃねぇか」

 竜也自身酷い発言をしている自覚はあるし、奈々花を怒らせたいわけでもないのだが、悲しいことに、どうしても彼には写真に写る自分がいかがわしい人間に見えてしかたがなかったのである。

「むー。じゃあさ、どっちが親子でどっちがエンコー?」

「肩に手を置いてるほうが親子」

「違うよ! 腕組んでる方がカップルで、後ろから迫ってる方が欲情する変態!」

「……もう好きにしてくれ」

 どうやら奈々花は徹底的にカップルに見える腕組み写真を押したいらしい。それは、彼女がそうなることを望んでいるという心の現れなのだろう。だが、彼にとってはある意味苦痛でしかなく、これ以上会話を続けても噛み合わない、むしろ話を長引かせるだけ俺へのダメージが増えていくだけだと悟り、竜也は話を切り上げることに決めた。

 彼が折れたことに奈々花は納得し、満面の笑みを浮かべる。それを見て竜也は、こういう時の女ってのは何を言っても無駄なのだということをふと思い出していた。

 それは懐かしい記憶、あいつもそうだったなと在りし日の彼女を思い浮かべる竜也だったが、すぐさま雑念としてそいつを振り払う。ここで想い出に浸るのは目の前の彼女に失礼すぎると、芽生えかけていた暖かなものを心の奥へとそっとしまいこんだ。

 それ以前に、しまい込まざるお得ない状況になってしまった、というのもあるのだが。

「後で稲美いなみさんにもリーネおーくろっと」

 先程撮った写真シールを更にスマホで撮りながら呟く奈々花の言葉に、竜也は焦りの色を濃く浮かべる。

「それだけはやめろ! あいつにだけは、いや、あいつらにだけは絶対に見せるなよ! 絶対にだぞ!」

「え~、どうしようかな~」

 普段見ることのできない本気で動揺する竜也の姿が面白く、奈々花はついからかいモードに入ってしまう。

 因みに、リーネというのはコミュニケーションアプリの一つで、特定の人間とチャットや画像の送り合いができ、無料で通話することも可能というすぐれものアプリだ。

 そして、稲美というのは竜也の同僚であり、同じ科で十年近く働く腐れ縁の女性の名前である。根は真面目で頼りになる女性なのだが、奈々花以上に他人をからかうのが好きな一面があり、竜也はいつも彼女に苦戦を強いられている。二人で写真を撮ったなどという話は彼女の絶好の餌でしかなく、耳に触れようものなら面白半分に小突き回されるだろうと彼は不安視したのである。

 そのため竜也の表情にも熱が入ってしまい、そんな彼に流石の奈々花も気圧され、すぐさま手のひらを返してしまう。

「って、冗談冗談。本気にしないでよ。私がそんな酷い子に見える?」

「意地は悪そうだよなお前」

「……怒るよ」

「冗談だよ冗談。これでおあいこだろ」

 からかう自分の振る舞いにいつになく反応の良い竜也を見た奈々花は驚き、内心動揺してしまう。そんな突然の出来事に彼女は言葉を探した。

「も、もー、タッツーってほんと子供っぽいんだから」

「子供に言われたかねーよ。それに、だから付き合ってやれてんだろ」

 間に合わせで綴った上辺だけの言葉にも歯切れの良い返しを見せる竜也。そんな彼に、奈々花はまるで踊らされているような感覚を覚え、不信と不安を抱いてしまう。普段とは違う彼の言動に惑わされ、今の竜也がよくわからないと奈々花は思った。

 とは言え、竜也自身は彼女が考えるほど深い思惑があるわけじゃない。ただ単純に、子供の戯言に子供のように付き合っているだけなのだ。

 これは彼の主観なのだが、今の世の中、子供っぽい感覚を悪いものだと捉えている大人が多すぎると思う。

 しかし、それの何が悪いというのだろうか。無邪気で素直な心は美徳だ。それをいけないことだと縛り付け自分達の都合のいい色に染めようとする。そんな大人達の考えが横行していることも、若者が生き辛い世の中になっている一因なのではないだろうか。

 長く生きてきたからという無駄なプライドを振りかざし、自分達はお前たちとは違うと舐められないように優位性を取ろうとする行為、そんな自分達の考えを押し付けるだけのやり方のほうがよほど子供じみている気がするし、それが子供たちとの間に軋轢を生み出しているようにも見える。

 子供たちは子供なりに精一杯生きているし、自分たちもまたその子供だったことを忘れ、現実が、将来がと、自分達の生き方が全て正しいと考える傲慢こそ自分勝手なエゴなのではないだろうか。

 どんなに頑張ったところで、人間は悪魔のように一万も十万も生きてはいけない。種としての責任を果たすのならば次の世代へと繋いで行かなければならないものがある。それはお金や尊厳だけでなく、何者にも縛られない自由な環境。そして、彼らの目線に立って一緒に育んで行こうという献身的な思い。

 それを忘れてしまい彼も一度は失敗した。その経験があるからこそ、目の前の無邪気な笑顔を守りたい、その頃の気持を忘れたくないと竜也は思う。素直になれない時ももちろんあるけど、あの時のように大切な者を失わないようにと。

 だが、彼のそんな気持ちを知らない奈々花はまっ良いかと楽観的に振り払い、唯一自分で持っていた手提げ袋へと右手を突っ込む。竜也にとってはそのぐらいのほうが嬉しいのかもしれないが。

「えーっと。それはともかく、早速これの出番だよね」

 ゴソゴソと中身をかき回し彼女が取り出したのは一冊のノート。表表紙にはシール手帳と書かれていた。

「お前、いつの間に買ったんだそんなもん」

「最初の服屋に置いてあったんだー。ついでに探そうと思ってたんだけど手間が省けちゃった」

 そう言いながら包装用ビニールを破ると、早速ノートを開き最初のページにシールを二種類ペタペタと貼っていく。それからすぐ、奈々花はとんでもないリクエストを繰り出した。

「タッツー、警察手帳だーして」

「あっ? なんで?」

「いいから、いいから」

 やけにニヤついた笑顔で催促する彼女に嫌な予感を覚えながらも、仕方なしに上着のポケットから手帳を取り出す竜也。

「後ろ向けて」

「……これでいいか?」

 先程とは真逆で、今度は竜也が明らかに動揺させられている。そんな彼が視線を逸らした一瞬を奈々花は見逃さなかった。その瞬間、彼女はシールを一枚剥がすと、目にも留まらぬ早業で手帳の裏側へと貼り付ける。

「いっただき!」

「なっ! おまえ!!」

「はい、私との思い出。剥がしちゃだめだかんね」

「だめって、いやこれ、まずいだろおい」

 彼女のとんでもない行動に、慌てて竜也は手帳の裏側を自分の方へと向ける。すると、そこには先程撮ったばかりの奈々花の肩に手を乗せる自分達の親子のような写真が貼り付けられていた。

「嫌なのタッツー?」

「そういう問題じゃなくてな……わかったよ」

 奈々花のおねだりする子供のような視線に、警察手帳の裏側なんてそうそう見せるものではない、裏面を見せなければ良いだけだ。と竜也は無理やり自分を納得させる。しかし、不慮の事故というものは得てして起こるものなのだが……果たして大丈夫だろうか。

「やったー! それじゃタッツー、目的の物買いに行こ」

 写真を貼ることに承諾してくれた竜也の言葉に喜びながら奈々花は走り出す。そんな彼女に腕引かれる竜也の顔には、苦笑いとも微笑みともとれる爽やかな笑顔が浮かんでいた。
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