リトルラバー

鏡紫郎

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第十六話 私のために怒らないで

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 しかも、当然のように写真を撮り出す輩もいて竜也もほとほと困り果ててはいるのだが、奈々花の手前大声を出すわけにもいかず、非常に難儀させられていた。そこへ、ゆっくりと追いついてきた松木が、大きな声を上げながら人混みをかき分け近づいてくる。

「は~いすいませんね~、警察ですよ~。ちょっと離れてくれませんかね~。あと、撮った写真は消してくださいね~。早速SNSにアップしたとかいう人は拡散先まで含めて消しといてくださいよ~。でないと、公務執行妨害、肖像権の侵害諸々で逮捕されるんで注意してくださいね~。特定されないから大丈夫だろうとか甘っちょろい考えは持たないほうが身のためなんで、そこんところよろしくですよ~」

 警察手帳を高々と掲げ大声で行われる恫喝まがいの警告を聞き、五十人近く集まっていた野次馬達は一斉に踵を返し、僅かの間に散り散りとなっていった。松木の機転の利いた行動に助けられた竜也は後輩に軽く目配せをすると、優しくも真剣な表情で奈々花へと声を掛ける。

「それで、何があった?」
 
「あのね、バイトに行こうとしたらね、変な視線感じて、それでね、ずっとずーっと付いて来るの。それが怖くてね、タッツーに連絡しようとしたらね、スマホ置いてきちゃって、それでね、直接会いに行こうって。でも、とちゅうで動けなく、うごけなく」

「わかった。大丈夫だから。大丈夫だからもう泣くな」

 彼女を取り囲んでいた多くの人間の視線から開放され、より一層安心した奈々花は子供のように泣きじゃくり、要領を得ない回答を繰り返す。だが、今の彼女ではそれもやむなしと、更に力強く竜也は彼女を守るようにその華奢な体を抱きしめた。

 今の話でわかった事と言えば、彼女がストーカー被害にあっていたということなのだが、彼女が何故そのような被害にあっているのか……わからないと言えば嘘になる。そして、次の松木の一言が彼の確信となった。

「付いてくる……それってもしかして、奈々花ちゃんがロウの服用者だったからっすかね?」

「あん? 松木、そりゃどういう意味だ」

「えっとですね。バイヤーが殺されてる以外にも、服用者が行方不明になってるって事件も起きてるんすよ。比率にすればこっちのほうが多く――」

「てめぇ! なんでそれを早く言わなかった!」

「せ、説明する前に田山先輩の乱入とかあって言いそびれたと言うか、資料見て認識してないんすか」

「軽く目通しただけでそこまで理解できるか! それなら、歩いてる間に説明すればいいだろうが!」

「捜査中に他の事件の雑念を入れたくないって、いつも言ってるの先輩っすよね」

「今回のは事件に関係ある話題だろうが!」

 突然始まった二人の争い。話だけ聞いていると圧倒的に竜也が悪いようにしか聞こえないのだが、頭に血が上りきっている今の彼には何を言っても無駄のようだった。そして、情緒不安定に陥っている奈々花には二人が自分のせいで争っているように見えてしまい、震える声で必死に竜也を止めようとする。

「タッツー、マッキーいじめないで。私のために、怒らないで」

 そんな奈々花の心からの叫びに、竜也は冷静さを取り戻す。彼女の証言が曖昧な以上、今のこの瞬間さえも安全とは限らないのだ。のんきに仲間割れをしている場合じゃない。そうして竜也は松木へと視線を送り、松木もそれに答えるように周囲を隈無く確認する。

「松木、怪しい人影は」

「いえ、見当たらないっす」

 二人が見渡す限り、範囲数百メートル圏内にはそれらしい人影は見当たらない。とはいえ、このままここでじっとしているわけにもいかない。いつ、その怪しいやつが現れるのかわからないからだ。そんな奴に負けるつもりは竜也にはないが、奈々花はきっと怖がるだろうし、いつまでも怯える彼女を見ていたくない。

 そこで、竜也はこの付近で一番安全な場所へと移動しようと、奈々花を抱えながら立ち上がる。犯罪者にとっては踏み込むことすら許されない聖域、先程飛び出してきたばかりの獅子上署へと。

「とりあえず、奈々花を署に連れてく。お前は周囲の警戒を頼む」

「了解っす」

 そう松木へと命令すると、立ち上がらせた奈々花の肩から竜也はゆっくりと手を離した。

「奈々花、立てるか?」

「う、うん。だいじょ、あっ」

 しかし、彼女の足にはほとんど力が入っておらず、再びバランスを崩し竜也の胸元へと倒れ込んでしまう。そんな奈々花の姿見て、竜也はある提案を彼女へと申し出た。

「無理すんな。ダメそうなら昨日みたいに俺がおぶってやるぞ?」

 竜也としては背中に背負うつもりだったのだが、昨日のという言葉を聞いた奈々花はお姫様抱っこの事だと思い込み、顔を真っ赤にしながら彼の申し出を突っぱねる。

「だ、だだだだだだいじょうぶ! だいじょーぶだから! ほ、ほら、もう元気ピンピン」

 こんな人混みの中でお姫様抱っこなんてされたら、私がもたないよぉと体をふらつかせながらも、奈々花は一歩一歩しっかりと大地を踏みしめ歩きだした。

「ったく、変な所意地っ張りだなお前も。ほれ」

「あっ……タッツーにだけは言われたくない」

 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、竜也はさり気なく奈々花の前へと左手を差し出した。彼の気遣いに彼女の胸は一瞬高鳴り、ハニカミながらその左腕を抱きしめる。

 自分の左腕を支えとして寄りかかるいつも以上に細く頼りない感触を確かめながら、ゆっくりとした歩調で竜也は元来た道を辿り始めた。
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