紫ろまんす~カタブツ文学乙女と古典な恋~

川上桃園

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ケセラセラ……無理!

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 おおっぴらに人を殺してもいい場所がある。ミステリーなどはまさにそれ。いかに猟奇的に殺すか、どんな手順で殺人の謎が解かれていくか、あるいは名探偵が登場して、どんな華麗な推理を披露するのかを楽しむのは読者だけの特権だ。

 創作物に限り、殺人も読者の娯楽となる。それが許されるのは「創作物」だから。「創作物ですよ」とあらかじめマーカーされているから、遠慮なしに楽しめるというわけ。

 では逆にその創作物に不快感を覚えるのはどういうわけか。
読者の中で創作物と現実が混ざり合い、マーカーを見失う。不快な現実を強く思い起こさせるがためだ。

 往々に、自分の中にあるトラウマなどを刺激した時、「創作物」は剥き出しの「現実」になる。

 さて、ここに一人のおかめ顔残念女子がいるわけだが、残念女子であるとしても性別は女。

 変態は必ずしも容姿で分け隔てしないらしく、帰り道を自転車で引いて歩けば思いっきりお尻を掴まれた。

「神坂ぁ。隙ありっ! へいっ!」

 隣ではついさっき再会したばかりの元同級生が右手をぷらぷらさせながら「ふふん」と自慢げな息を吐く。……こんなセクハラめいたことをする人だったとは初めて知った。上京していた大学四年間に何があったんだ。

 反射的に自分のお尻を押さえたけれども、あっという間過ぎて、現実味がない。

 最近面白かった授業について話していたらこれだ。きっと彼女には楽しくなかったのだろう。別の話題に水を向ければ簡単に乗ってきた。

「神坂ぁ。あたしは彼氏よりも可愛い彼女が欲しいんだよー。そっちの方が絶対楽しいよ」

 直前まで彼女の彼氏の話をしていたはずだった。小動物系女子だからそれなりに恋愛あたりもエンジョイしているだろうと予想していたけれど、この返しは斬新すぎる。

 今の彼氏は「代替品」だってさ。冗談だとは思うが、さすがにちょっとどきりとさせられる。

 反応に困った私はあー、そうなんだー、と適当に流した。ノリが悪いと笑わんでくれ、これが基本デフォなのだ。
黒目がちな彼女の目がきらっと光った。

「神坂は彼氏いるの?」
「いないけど」
「彼女も?」
「いたらびっくりだよ」
「へー。作ってみたら?」
「作らないよ。男でも女でも関係ない」

 あ、今の名言っぽいなと思っていたら、相手は冷めた顔で足元の小石を蹴った。

「神坂は変わんないねぇ。変えないんだねぇ」

 意味深な一言を残し、彼女はバイバイと手を振って横断歩道を渡ろうとした。

「あ、そうだ」

 横断歩道の手前で立ち止まり、手を水平方向に内から外へとすばやく滑らせる素ぶりをした。少し懐かしくなるぐらいの『あの仕草』。気持ちよく狙った札が飛んだ時の爽快な気持ちが蘇る。

「またかるたやろうよ!」

 じゃね! と新米社会人は走っていった。
 院生が暇だと思うなよ、と思った。

 彼女の名前は香穂子。かほさんと呼んでいる。元同級生で、同じ部活の仲間だった。

 高校時代、私はかるた部に所属していた。後から入った後輩の方がメキメキと上手くなってやる気をなくしてしまったクズが私である。
 残念ながら私のかるたに対する気持ちはひねくれすぎているから、今になっても清々しくかるたを取る気にはなれないけれど。
 うん、気にしすぎなのだろう。



 大学院の一年目は単位取得に追われる日々である。院生発表に授業の演習発表。ゴールデンウイークは発表準備に丸ごと消えて、六月辺りからとにかくレポートとテストと格闘する。

 院生の先輩から聞いてはいたけれど、これほどとは思っていなかったというのが本音。一時間目のために六時前に起きるのが週三日もあるのが辛い。実家暮らしは家事のことを考えなくてもいいけれど、その代わり通学時間が長くなるのが難点だ。都市に住みたくなってきた。

 誰かに調子を聞かれるたびに「忙しい」と言うのにも飽きてきた。語彙のレパートリーを増やして「多忙にて御座候(ござそうろう)」と言えば受けが取れるだろうか。同じ心で眠くて寝坊してしまった時の言い訳には「春眠暁を覚えず」と言えば先生は許してくれるだろうか。怪しいな。

 たまに授業で会う美術史の友人二人は健在なようである。最近美術館でバイトを始めたのだそうだ。しかし私よりは顔の血色がいいので、現在生活に追い詰められていることはなかろう。院生はとにかくお金がないけれども、二人はなんだか安定しているようで羨ましい。

 一方の私は貯金を切り崩し生活であって、バイトする時間は前より減っている。減らしたともいうけれど、とにかくこれからさきまとまったお金が入る予定もない。交通費とスマホ代、国民保険料であらかた消えるのが辛い。

 最近になって電車に乗っていると頻繁に中学までの同級生に会う。彼女たちが「土日休みでー」と言い出すと、人生と給料の安定を得ている境遇に比べた時の自分の将来の「灰色さ」に頭を抱えたくなる。「ケセラセラ」で済ませられるほど楽観的にはなれないんだなぁ。

 ところでどうだろう。今のところ私の頭を占めるのは勉強とお金のことで、ほかに必要な要素はないはず。

 そうだ。そうとも。
 
 私の脳内会議は一秒で終了し、大学最寄りの駅の階段をリズムよく降りて、いつもの時刻、いつもの車両に乗り込むと、私は何気なく車内を見渡した。座席に座れそうか、とか考えながらやっていたことだけれども、最近ある確認も兼ねている。

 よし、いないな。それを確かめてから通路に立った。そこへ発車直前に早足で飛び込んでくる人影がいて、ほっと息をついているのを、全身が目みたいになった私は感じ取っている。

 そして、彼は見つけてしまうのだ。

 やめてくれ、「鳥足くん」。ロミジュリのロミオみたいな情熱的な視線はどこか別のところへ送ってほしい。

 しかし、週に二度三度と電車が一緒になることが続いているからと言って、「私に何かご興味でもあるんですか」と自分から尋ね返すのも色々面倒くさい。「自意識過剰だ」と言われるのもなんか癪だ。

 さりとて、地下鉄乗車中数メートル先からずっと真剣な眼差しで見られているとすると、ふいに私と目が合うこともまあそれなりの頻度であるわけだ。と、するとどうするか。

 私も心を込めて視線を送るのである。「見るな、離れろ!」と。ほとんど睨みに近い。

 自分でもこれほど可愛げのない反応はないはずでさぞや苛立つであろうと思っていた時期もあった。そんな時期もあっという間に過ぎたけれど。

 彼はどこか嬉しそうに笑いかけてくるのである。まるで路傍で赤い花を見つけた子どもみたいに。

 私にとっては彼の存在そのものが謎だ。一体何をしたいんだよ、と問い詰めてみたい気もしてきたが、その労力は別の所に回しておきたい。

 やがて空いた席に座った私は退屈しのぎに恋愛シミュレーションアプリを立ち上げ、ちまちまとストーリーを進めた。現在攻略中なのは「俺様系男子」だが、いかんせんデレが来るのが早すぎる。彼にはもっと自分のアイデンティティーを貫いてもらいたいと思う。「は? なんで俺様がお前に合わせなきゃいけないんだよ」と言い切るぐらいの横暴さでぐいぐい落としてもらわないと、ユーザーだってお金落とさんわ、と突っ込みながら無課金で進めていく。

 アプリに没頭していると、黒光りしたおしゃれな靴が目の前に入る。
 見上げると、彼がいる。まあ、これもあまり珍しいことではない。……なんだかんだで慣れてきたな、自分。

 こんな感じで私は地下鉄の二十分の道のりを過し、「鳥足くん」とは同じ駅で降りる。乗り換え先が違うらしいからそのままさようならだ。

 立ち上がる時にもまた目が合った。
 やっぱり睨みつけてしまった。性格を悪いと思うことなかれ。私は、自分のテリトリーを荒らされるのを嫌うだけなのだ。


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