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招待 上
しおりを挟む『素敵なティーセットが届きました。あなたもいかが?』
月に一度届く招待カードはとても親しい友人からのもので、セフィーヌはいそいそとお土産持参で会いに行く。
淑女は一人で外出するのはもってのほかなので、今回は付き人のキヤも同行者として馬車に乗り込む。
目的地の東門の前で、一旦馬車が止まる。馬車の扉が開き、衛兵が許可証の確認を求めてくる。キヤが招待カードを差し出せば、恭しく受け取り、「よろしいでしょう」とすぐに返された。
セフィーヌはその年配の衛兵を見て、にこりと微笑みかけた。
「こんにちは、シャルディーさん」
四角四面の対応をしていた衛兵がびくりと肩をすくませた。
「ええ、お久しぶりです、ご令嬢」
「娘さんはお元気?」
「おかげさまで……」
「そう。よかったわ」
セフィーヌはひらひらと手を振る。再び扉が閉まり、馬車は敷地内に入る。キヤは呆れたような顔になり、
「……あの方は何番目ですか」
「確か、古株の方だから……670番目よ。相変わらず職務熱心で娘さんを大事にしていて、見ているだけでほっとする方よね」
「お嬢様は相変わらず守備範囲が広いですね……」
「そうかしら!」
褒められたわけでもないのに嬉しそうな顔になるセフィーヌ。ここ数年、キヤは怒る気さえ失せた。
そんな二人を乗せた馬車はある建物の入り口付近で止まり、御者の手を取って下りた。入り口では「ようこそいらっしゃいました」と二人の女官が待っている。
付き人であるキヤには控室で待ってもらうため、途中で別々になり、セフィーヌはキヤが持っていた手土産の入ったカバンを抱え、先導する女官とともに赤い絨毯の敷かれた階段を登っていく。
王宮はいくつかの建物の集合体なので、空中回廊のような渡り廊下もあれば、妙なところで段差もあって、まるで迷路に入り込んだような感覚になる。
そのさなか、贅が尽くされた内装とおびただしい量の絵画が展示されたギャラリーも通り過ぎる。ここは国王や王室メンバーへの謁見時の控室もかねており、ほかの女官たちや侍従たち、各省庁から派遣されてきた官僚の姿もあった。人が集まりやすいのでちょっとした社交場にもなっていた。
前を行く女官が「少しこちらでお待ちを」と言って出ていき、セフィーヌは壁際でぽつんと一人で立つ。
「まあ、セフィーヌさま! ごきげんよう!」
そこへ女官の一人が彼女に気が付き、仲間たちの輪から抜けて近寄ってきた。顔見知りだ。
「本日も妃殿下と面会でしたか?」
「ええ、そうなんです」
「……ということは、その荷物は」
若い女官が期待を込めた目を向けてくる。セフィーヌはしっと口元に人差し指を当てた。
「もちろん『ケイン・ルージュ』の新作です。……でもまだ内緒にしなくてはいけなくて。出版自体はまだ先なので」
「かしこまりました。内緒にいたします。早く私たちの手にやってくることを祈っていることにします」
神妙に頷いてみせる女官。彼女にとってそれほど恋愛小説家『ケイン・ルージュ』の新作は日々の潤いになっているのだ。
「ええ、ありがとう。……ところで今日はずいぶんとこちらのギャラリーに人が多いんですね。新しい絵画でも飾られているのでしょうか?」
セフィーヌはギャラリー全体を見渡すが、彼女が見る限り、若い女官たちが極端に多い。黄色い悲鳴まで上がっているし、なかなかに騒がしい空間だった。
その女官も頬を赤らめながらほうっと息をつきながら答える。
「なんでも本日こちらに『あの方』がお見えになると聞きまして、皆が色めき立っているのですよ。別段、見初められたいとまでは思いませんが、見目麗しい殿方に夢を見るのはどのような女性にだって与えられる権利はありますもの。……ああ、早くいらっしゃらないかしら」
「なるほど」
『あの方』と言われてもよくわからなかったセフィーヌはとりあえず殊勝に頷いた。よほどの人気者なのだな、という認識である。
「セフィーヌさまも少しだけなら一緒に『出待ち』しても許されるはずです。いかが?」
いえ、わたくしは、とセフィーヌが言いかけているうちに、さきほどの女官が戻ってきた。
「妃殿下がお待ちです」
「ありがとう」
さほど待たされないうちに会えるようだ。セフィーヌは知人の女官に「ごめんなさいね」と告げてギャラリーを後にした。
その後ろで人気俳優が舞台に登場したような、ひときわ黄色い歓声が上がった気もするけれど、彼女は気づかない。
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