惚れっぽい恋愛小説家令嬢は百戦錬磨の青年貴族に口説かれる→気づかない

川上桃園

文字の大きさ
6 / 34

招待 上

しおりを挟む

『素敵なティーセットが届きました。あなたもいかが?』

 月に一度届く招待カードはとても親しい友人からのもので、セフィーヌはいそいそとお土産持参で会いに行く。

 淑女は一人で外出するのはもってのほかなので、今回は付き人のキヤも同行者として馬車に乗り込む。

 目的地の東門の前で、一旦馬車が止まる。馬車の扉が開き、衛兵が許可証の確認を求めてくる。キヤが招待カードを差し出せば、恭しく受け取り、「よろしいでしょう」とすぐに返された。

 セフィーヌはその年配の衛兵を見て、にこりと微笑みかけた。

「こんにちは、シャルディーさん」

 四角四面の対応をしていた衛兵がびくりと肩をすくませた。

「ええ、お久しぶりです、ご令嬢」

「娘さんはお元気?」

「おかげさまで……」

「そう。よかったわ」

 セフィーヌはひらひらと手を振る。再び扉が閉まり、馬車は敷地内に入る。キヤは呆れたような顔になり、

「……あの方は何番目ですか」

「確か、古株の方だから……670番目よ。相変わらず職務熱心で娘さんを大事にしていて、見ているだけでほっとする方よね」

「お嬢様は相変わらず守備範囲が広いですね……」

「そうかしら!」

 褒められたわけでもないのに嬉しそうな顔になるセフィーヌ。ここ数年、キヤは怒る気さえ失せた。

 そんな二人を乗せた馬車はある建物の入り口付近で止まり、御者の手を取って下りた。入り口では「ようこそいらっしゃいました」と二人の女官が待っている。

 付き人であるキヤには控室で待ってもらうため、途中で別々になり、セフィーヌはキヤが持っていた手土産の入ったカバンを抱え、先導する女官とともに赤い絨毯の敷かれた階段を登っていく。

 王宮はいくつかの建物の集合体なので、空中回廊のような渡り廊下もあれば、妙なところで段差もあって、まるで迷路に入り込んだような感覚になる。

 そのさなか、贅が尽くされた内装とおびただしい量の絵画が展示されたギャラリーも通り過ぎる。ここは国王や王室メンバーへの謁見時の控室もかねており、ほかの女官たちや侍従たち、各省庁から派遣されてきた官僚の姿もあった。人が集まりやすいのでちょっとした社交場にもなっていた。

 前を行く女官が「少しこちらでお待ちを」と言って出ていき、セフィーヌは壁際でぽつんと一人で立つ。

「まあ、セフィーヌさま! ごきげんよう!」

 そこへ女官の一人が彼女に気が付き、仲間たちの輪から抜けて近寄ってきた。顔見知りだ。

「本日も妃殿下と面会でしたか?」

「ええ、そうなんです」

「……ということは、その荷物は」

 若い女官が期待を込めた目を向けてくる。セフィーヌはしっと口元に人差し指を当てた。

「もちろん『ケイン・ルージュ』の新作です。……でもまだ内緒にしなくてはいけなくて。出版自体はまだ先なので」

「かしこまりました。内緒にいたします。早く私たちの手にやってくることを祈っていることにします」

 神妙に頷いてみせる女官。彼女にとってそれほど恋愛小説家『ケイン・ルージュ』の新作は日々の潤いになっているのだ。

「ええ、ありがとう。……ところで今日はずいぶんとこちらのギャラリーに人が多いんですね。新しい絵画でも飾られているのでしょうか?」

 セフィーヌはギャラリー全体を見渡すが、彼女が見る限り、若い女官たちが極端に多い。黄色い悲鳴まで上がっているし、なかなかに騒がしい空間だった。

 その女官も頬を赤らめながらほうっと息をつきながら答える。

「なんでも本日こちらに『あの方』がお見えになると聞きまして、皆が色めき立っているのですよ。別段、見初められたいとまでは思いませんが、見目麗しい殿方に夢を見るのはどのような女性にだって与えられる権利はありますもの。……ああ、早くいらっしゃらないかしら」

「なるほど」

 『あの方』と言われてもよくわからなかったセフィーヌはとりあえず殊勝に頷いた。よほどの人気者なのだな、という認識である。

「セフィーヌさまも少しだけなら一緒に『出待ち』しても許されるはずです。いかが?」

 いえ、わたくしは、とセフィーヌが言いかけているうちに、さきほどの女官が戻ってきた。

「妃殿下がお待ちです」

「ありがとう」

 さほど待たされないうちに会えるようだ。セフィーヌは知人の女官に「ごめんなさいね」と告げてギャラリーを後にした。

 その後ろで人気俳優が舞台に登場したような、ひときわ黄色い歓声が上がった気もするけれど、彼女は気づかない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...